2023年6月16日
ウクライナ ロシア ヨーロッパ

ウクライナのダム決壊 反転攻勢に影響は?地元州幹部が語る

今月6日、ウクライナ軍が南部ヘルソン州にあるダムが破壊されたと発表しました。
ドニプロ川の流域で大規模な洪水が発生。多くの死者・行方不明者が出ていますが、いまだ被害の全容は分かっていません。
「ロシアが支配する地域では、ロシア軍の妨害で住民に飲料水さえ届けることもできない」
そう語るのは、地元ヘルソン州の幹部です。
現地はいま、どのような状態にあるのか。
ロシアの占領が続く地域の被害は、どうなっているのか。話を聞きました。

(国際部記者 野原直路)

決壊したダムとは?

決壊したのは、ウクライナ南部のヘルソン州のドニプロ川にある水力発電所のダムです。

地元メディアなどによりますと、ダムが建設されたのは旧ソビエト時代の1956年、ダムの貯水池にためられた水の量は、およそ18立方キロメートルにのぼるということです。これは、日本の琵琶湖のおよそ3分の2に相当する規模です。

2014年にロシアに一方的に併合されたクリミアや、ロシアの支配下にあるザポリージャ原子力発電所の冷却用の水の供給源でもあります。

  • 決壊前(6月5日)
  • 決壊後(6月7日)

いつ、何が起きた?

ウクライナ ヘルソン(2023年6月7日)

決壊が起きたとみられるのは今月6日の午前2時50分ごろ。大量の水が流れ出て、洪水が発生し、広い範囲で浸水被害が出ています。

ヘルソン州の知事は8日、東京23区の面積に匹敵する、600平方キロメートルで浸水被害が出ていると明らかにしました。そのおよそ7割はロシア側が支配するドニプロ川の南東側の地域だとしています。

決壊の原因は明らかになっていませんが、ノルウェーの研究機関は、ダムが決壊した時間に、爆発の発生を示す特徴的な「揺れ」を観測したと発表。

また、ウクライナ保安庁は9日、ロシアの工作員が爆破に関与したことを示す通話を傍受したとして、音声を公表しています。一方で、ロシア側もウクライナによる破壊工作だと主張するなど、情報戦の様相を呈しています。

話を聞いたのは州の報道官

話を聞いたのは、ヘルソン州の報道官、オレクサンドル・トロコンニコフ氏です。

緊急事態への対応に追われるなか、現地の実情を伝えたいと、9日にNHKの取材にオンラインで答えました。

ヘルソン州 オレクサンドル・トロコンニコフ報道官

(以下、トロコンニコフ氏の話)

現地はどのような状況?

  • 決壊前(5月15日)
  • 決壊後(6月6日)

当初は、ヘルソン州で5メートル80センチほどの水深がありました。いまは水は引き始めていますが、状況は依然として深刻です。一番ひどいのが、ドニプロ川の中州に位置する町で、ほぼ完全に水没しました。

9日の時点で2300人以上※が避難を強いられています。

※13日時点 避難者2700人以上、死者10人、行方不明者41人 ウクライナ内務省

救助活動の状況は?

(9日まで)ここ3日間、ロシア軍が住民の避難やボランティアによる支援活動を妨害しました。ボランティアが、ロシア軍の占領が続く川の対岸へ渡って住民を避難させることも、飲料水さえ届けることもできないのです。

ロシア軍が、川を渡ろうとする人に攻撃をしてくるためです。

しかし、ロシア軍の支配地域で避難や支援を必要とする人は、1万人にのぼると見られます。水没した地域の割合でみると、ロシアが支配しているドニプロ川の南東側の地域が68%に上っているからです。

懸念される影響は?

流域の汚染が心配されます。感染症の恐れがあるほか、肥料の材料も流出する可能性があります。破壊された発電所からも、およそ150トンの機械用の油が流れ出しました。いま、きれいな飲料水の確保が重要になっています。

また、ダムの上流では、ドニプロ川の水位が大幅に低下しました。地下水まで減ってきていて、ヘルソン州以外でも水の確保が問題になっています。

さらに、こうした状況下で多くの魚も死んでしまいました。生態系にも長期にわたって影響が及ぶでしょう。漁師には漁業の停止を求めています。

ダムの決壊による強い流れで、川の付近にロシア軍が埋めていた地雷も、流出してしまいます。水が引いても、住宅街に地雷が残っているおそれがあり、それを撤去しなければなりません。

掘り起こされた地雷(ヘルソン州 2022年11月)

ヘルソン州では、農業用水を川から取っていましたが、汚染などによって水が使えなくなってしまいました。広い範囲で農地が浸水してしまい、私たちにとって非常に大きな損失です。

※ウクライナ農業食料省は12日、ダムの決壊による被害額は日本円で5700億円を超えるという試算を公表

ウクライナ軍による反転攻勢への影響は?

私たちの反転攻勢の計画を妨害するために、ロシア側がダムを破壊したのだと思います。ロシアが支配する川の対岸に、私たちが渡れなくなるように。

また、ロシア軍は、(2014年にロシアが一方的に併合した)クリミアと、ヘルソン州との境にある化学工場にも、地雷を設置しました。

この工場では大量のアンモニアを貯蔵していて、もしそこが爆破されれば、クリミアやヘルソン州などに汚染が広がってしまうでしょう。それは悲惨な環境破壊のテロ行為です。

日本にできることは?

日本にはこれまでも、トラックや建設機械を支援してもらいました。日本の友人たちに感謝しています。ダムの決壊からの復旧と復興を進める際も、日本から送られた機材を活用することになります。

日本が供与した重機

日本は高い技術力を持つ国で、その水準はおそらく世界一です。

こうした支援を、さらに頂けたら嬉しいです。

直近で必要なのは、電力の確保や、避難のためのモーターボート、そして排水ポンプなどです。

取材後記

取材に応じたトロコンニコフ氏は、ダムの決壊による被害は、ロシアが占領する川の南東側の方が深刻だと、繰り返し訴えていました。

死者や行方不明者の情報も少しずつ出てきていますが、こうした地域の被害状況はつかみ切れていないのが現実です。

川のすぐ向こう側にいる同じヘルソン州の住民なのに、ロシア軍が占領していることで、十分な支援が届けられない。

そんないらだちをにじませるトロコンニコフ氏の姿に、この戦争の残酷さを改めて思い知らされました。

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