2023年4月6日
NATO ウクライナ

ロシアのミサイル攻撃に変化?「キーウの幽霊」が語る空の戦況

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって400日超。

大規模なミサイル攻撃など空からの攻撃が続くなか、その最前線に立つウクライナ空軍の隊長が取材に応じました。

隊長は侵攻初期に首都の防衛を担い、「キーウの幽霊」とも称された部隊の1人です。

「ロシアは攻撃の戦術を変えてきている」

初期の首都防衛に成功したパイロットが指摘する空の戦況の今とは?

(国際部記者 山下涼太)

取材に応じた空軍パイロット「ビー・キーパー」

「わたしの任務については詳しくは明かせませんが、主に敵の戦闘機の迎撃、ウクライナの重要施設の防衛、そしてウクライナ全体の防空を担っています」

オンラインでのインタビューで、こう語ったのはウクライナ空軍で戦闘機部隊を率いる隊長です。

安全上の理由から素性は明かせないとしつつ、自身のことを「養蜂家」を意味する「Beekeeper」と紹介しました。ハチミツが好きなことにちなんだ無線上の名前だといいます。

ウクライナ空軍の戦闘機

ウクライナ防衛のためロシア機やミサイルを迎撃するなど最前線での任務にあたっている隊長。このインタビュー前にもロシア軍のミサイル攻撃があり、被害が出たことを明らかにしました。

ミサイル攻撃の被害を受けるキーウ(2023年3月)

ウクライナ空軍 隊長
「プレッシャーを感じています。侵攻後、毎日毎日ミサイル攻撃の危険性が高く、疲れがたまってきています。昨夜も大きなミサイル攻撃がありました。ミサイルとドローンを打ち落とすことができましたが、死者とけが人が出ました」

“キーウの幽霊” 侵攻直後の首都陥落を防ぐ

ともに戦った多くのパイロットが命を落とし、自身もロシア軍の戦闘機と交戦中に、地上からミサイル攻撃を受けるなど幾度となく死線をかいくぐってきた隊長。

自分たちは、ウクライナで「キーウの幽霊」と呼ばれ、英雄視された空軍部隊の一員だといいます。

ウクライナ空軍 戦闘機部隊の隊長 右側にはパイロット用のヘルメット

「キーウの幽霊」とは当初、侵攻初期にキーウ上空でたった1人でロシア軍の戦闘機を次々に撃墜したとして、SNS上で話題となったパイロットを指していました。

ただ、その後、ウクライナ軍などは「架空の人物だ」とその存在を否定。今では侵攻直後に首都キーウの防衛を担った複数の戦闘機部隊の総称だとしています。

戦意高揚の意味もあるとみられますが、大国の侵攻から首都を守った軍に対する誇りも感じられます。

ウクライナ空軍 隊長
「侵攻の直後、特にわれわれの部隊に所属する戦闘機のパイロットはものすごく多くの任務をこなさなくてはなりませんでした。ロシアは侵攻直後にウクライナのすべての戦闘機と防空システムを破壊したと主張していましたが、実際にはキーウに近づくロシアの戦闘機は破壊されていました。このためウクライナ国民は、どこの戦闘機が、どうやって敵を倒しているのか分かりませんでした。その結果、国民は『キーウの幽霊』というものを考え出したのです。しかし、実態としては、侵攻当初、ロシアのパイロットは防空システムが破壊されていると自国のプロパガンダを信じきって無防備だったので、われわれがロシアの戦闘機を打ち倒したのです」

ロシア軍のミサイル攻撃に変化!?

しかし、いま、ロシア軍は攻撃の方法を変えていると隊長は指摘します。インタビューの直前まで続いていたウクライナ各地への大規模なミサイル攻撃を例に挙げ、次のように話しました。

ミサイルを発射するロシア海軍の艦船(2022年)

ウクライナ空軍 隊長
「ロシア軍はこれまでの経験から学んできています。以前はイラン製の無人機と巡航ミサイルのみを発射していましたが、いまではさまざまな兵器を組み合わせるようになっています。きょうもそうした複合的な攻撃があり、われわれは戦闘機で多くの巡航ミサイルを撃ち落としましたが、迎撃できないミサイルによってキーウに被害が出ました。以前に比べて頻度は減っていて、数も100発~150発から50発ほどへと減っています」
「しかし、油断はできません。頻度が減ってもミサイルの種類が増えています。ロシア軍はミサイルの種類を組み合わせることにより、ウクライナの弱点を探っているので、こちらは常に防衛の準備ができていなければなりません」

さらに、ロシア軍はウクライナ側の防空体制を軽視していたかつての経験を踏まえて、ミスをしなくなり、ウクライナ空軍の苦戦する要因につながっているとも指摘しました。

必要なのは新しいタイプの戦闘機

ロシア側が戦術を変えるなか、ウクライナ側が戦況の打開のため、支援国に期待しているのが戦闘機の供与です。

3月には、各国がロシアを刺激することなどから、戦闘機の供与をためらうなか、ウクライナの隣国スロバキアが、ウクライナ空軍が使っているソビエト製の「ミグ29戦闘機」4機をNATO=北大西洋条約機構の加盟国として初めて供与しました。
ウクライナ軍関係者は取材に対して「これまでの戦闘で失われた戦闘機の穴が埋まる。スロバキアはいい意味で『パンドラの箱』を開けてくれた」と期待感を示しています。

スロバキアの「ミグ29戦闘機」

ただ、隊長がいま必要だと訴えるのは、より性能の高いアメリカの「F16戦闘機」です。その理由として隊長は以下の3点を指摘し、性能面のメリットを挙げました。

「F16戦闘機」を必要とする理由_
① 「ミグ29戦闘機」では搭載できない弾薬を載せることが可能
② 強力なレーダーを搭載し、ロシア軍の戦闘機をより早く探知できる
③ F16戦闘機どうしの瞬時の情報共有が可能

アメリカの「F16戦闘機」

しかし、アメリカのバイデン大統領はF16の供与を何度も否定していて、今のところ、前向きに検討する姿勢は見られません。費用対効果でほかの兵器の供与を優先すべきだとする意見に加え、訓練期間などを含めると配備までにおよそ1年半もかかるという技術的な理由も指摘されています。

隊長は、最前線でロシア軍と向き合うパイロットとして切実な思いを語りました。

ウクライナ空軍 隊長
「ウクライナ空軍が使っているミグ29戦闘機は古く、修理はしていますが、すでに1年間戦っているので、故障したり、破壊されたりしています。ロシアは大きな国で、多くの戦闘機や兵器を持っています。ウクライナが勝利するには、高度な軍事装備が必要です。欧米の政治家はこうした状況を理解すべきです。政治家たちが決断を先延ばしにしている間にもウクライナでは毎日、血が流れています」

取材の最後に鳴ったサイレン

質問を終え、インタビューも終わりに近づいたそのとき、画面の向こうで防空警報が鳴り響くのが聞こえました。表情が変わった隊長。すぐさま隣に置いていたパイロット用のヘルメットを取り立ち上がりました。同席していた軍の広報官が「もう、行かなければなりません」と私たちに急いで告げて立ち去り、インタビューは終わりました。

その後、広報官から慌ただしくインタビューを終えたことを謝罪するメールが届きました。そのメールの続きにはこう書かれていました。

「隊長はすぐに対応のため基地に向かいました。ロシア軍はもう最新の戦闘機も投入しています」

さきほどまで穏やかに話していた彼らが常に戦場と隣り合わせの環境で生きている。戦時下のウクライナの現実を改めて突きつけられた瞬間でした。

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