2022年12月20日
プーチン大統領 ロシア ヨーロッパ

ロシア「敗北すればすべてが失われる」プーチン政権の賭け

「いま起きていることは第1次世界大戦に匹敵する戦争だ。仮にロシアが敗北すればすべてが失われる」

こう言い切るのはロシアの著名な国際政治学者のドミトリー・トレーニン氏です。
トレーニン氏は、プーチン政権が今や国家の存亡にも関わる『賭け』に出ていると指摘。

プーチン大統領がみずから始めたウクライナへの軍事侵攻。
その長期化は何を引き起こし、今後どうなるのか?

政権側がどのような論理で動いているのかを知るために、政権への外交アドバイスも行うトレーニン氏にインタビューで聞きました。

(聞き手:モスクワ支局長 権平恒志)
※以下、トレーニン氏の話

ここまでの長期化は予想していたか?

ありえると考えたかどうかといえば、そうは考えていませんでした。私は、ロシア指導部は持っていたカードを違うふうに配置すると考えていました。

ロシアの国際政治学者 ドミトリー・トレーニン氏

私たちは現在、1年前とは違う世界に住んでいると言っていいでしょう。

この30年間、この国がいた一つの状態から、非常に異なる別の状態に移行しました。国際的な関係の観点だけでなく、国内の構造や経済、そのほか多くの社会状況を変えています。なぜなら、およそ80年間で初めて、動員兵の招集が実行されているのですから。そして、動員兵が戦うために派兵されています。これは大祖国戦争(第2次世界大戦)以来、なかったことです。

訓練を受けるロシアの動員兵(2022年11月)

軍事侵攻がもたらしたものは何か?

私は「断絶」という言葉を使います。

ロシアはソビエト連邦の崩壊後、西側の価値観を志向するようになりました。実際の理解においても、思考においても、社会の意識においてもです。これも終わろうとしています。これは国際関係の観点からみれば新たな状況です。

西側との関係は壊れています。転換ではありません。ロシアが歴史的にも文明的にも最も緊密に結びついていたヨーロッパを含む西側との間の「断絶」です。

砲撃から避難するウクライナの市民(2022年3月、キーウ郊外)

ロシアによる、世界における全く新たな場所の模索です。そしてこれらの出来事はすべて、いま目の前で起きていることだけではなく、向こう数十年にわたる変化ということです。いずれにしても、このすべての出来事が始まる前の地点に、ロシアが戻ることはありません。

プーチン氏は今の事態を予期していたか?

プーチン大統領がこうなることを見越していたかというと、そうではないと思います。

ロシア プーチン大統領

当初行おうとしていたのは、ロシアに友好的な政治勢力が政権を奪取して、ゼレンスキー政権と親西側勢力、民族主義者を追放するための支援でした。その先、ロシアと緊密な協力関係にあるウクライナ政治を構築するためです。だからロシア軍は最初の時期、ウクライナ軍に対する軍事活動を始めませんでした。ウクライナの兵舎を攻撃せず、ウクライナ国旗を外さず、地方の行政府を変えないよう指示が出されていました。

ウクライナ ゼレンスキー大統領

しかし、現在では、まったく別の目標に変わっています。

それはプーチン大統領がウクライナにおける反ロシアの飛び地と呼ぶものを排除するというものです。これは当初の目的とは全く異なりますし、はるかに複雑です。実現しようとすると長い時間を要するでしょう。

米ロの関係どう見る?

今起きているのは、ロシアとウクライナだけの戦争ではありません。それは最も表面的なレベルです。これはロシアとアメリカの代理戦争です。

輸送機に積み込まれるウクライナへの軍事物資(2022年8月・ 米 デラウェア州)

ロシア兵はアメリカの砲弾やミサイルで死んでいます。アメリカはウクライナがロシアの司令部を攻撃し、艦船を破壊することを可能にした情報を渡しています。黒海艦隊の旗艦「モスクワ」は、アメリカが偵察情報をリアルタイムで渡した後に撃沈されました。

アメリカは、供与した兵器をウクライナがロシアの目標に対して使用することを許可しています。つまり、アメリカは戦争に参加しているのです。これは深刻で、非常に危険なことです。これは長期的に続くでしょうし、私は、人類の滅亡を意味することになる、武装したロシアとアメリカが直接、衝突に至ることがないよう願っています。

NATO諸国との対立どうなる?

NATO加盟国は現在ではロシアに対して極端に敵対的な立場をとっています。これは冷戦時代にはありませんでした。かつてのヨーロッパはこれほど過激ではありませんでした。

NATO=北大西洋条約機構の本部(ブリュッセル)

かつてはソビエト連邦と妥協する用意があり、何らかの相互協力をする用意もできていました。今ではそれはありません。しかも、バルト三国、ポーランド、チェコ、スロバキア、ルーマニアといった一連の東欧諸国は、非常に過激な、激しい反ロシア的な立場をとっています。

事態がエスカレートする危険性はあります。NATO諸国の領土に戦争が及ぶというシナリオまで想像してしまいます。ロシア領にも戦争が及ぶ可能性があるのとまったく同様にです。

冷戦中、ソビエト連邦とアメリカの直接衝突を招くおそれのある危機がいくつかありました。こうしたことを念頭に置いておかなければならないのは当然です。その危険性は存在していますし、現実味があります。

紛争が拡大して直接の衝突、戦争に発展し、ロシア軍といずれかのNATO加盟国の軍が衝突したら、違う状況になるでしょう。そうならないことを願っています。ですが、その危険性はあります。

核兵器の行使の可能性は?

ロシアには公式な核ドクトリン(基本原則)があります、事実上、国家の存亡の危機に関するものです。ロシアとアメリカ、ロシアと西側諸国の戦争に発展するようなことがあれば、おそらく核兵器の使用につながります。しかも戦略核兵器です。ただ、私は、これは起こらないと思います。

ですが、2022年2月24日のプーチン大統領の声明や、秋のプーチン大統領の核兵器の使用への警告の主な意味はまさにそれでしょう。この時、西側のプロパガンダによってロシア側からの核の脅威であると解釈されました。

これは脅威ではありません、これは抑止です。抑止は、もちろん脅威でもありますが、脅威の意味は、これを使用するということではなく、脅威によって敵のさまざまな活動を抑止することです。

ロシアによる ICBM=大陸間弾道ミサイルの発射実験(2022年4月)

ロシアには、核兵器を使用せずにウクライナでの自らの目標を達成するのに十分な手段があると思います。そして同時にロシアには、アメリカとその同盟国のウクライナの紛争への直接介入を排除するのに十分な核兵器があります。私に言えるのはここまでです。

停戦交渉の見通しは?

ロシアの立場で言えば、ロシアにとってもろい場所からアメリカの足をどけるには、ウクライナで意味のある軍事的成功を収める必要があります。実のところ、これが課題のすべてです。容易ではないものの、それしかありません。

ウクライナに関して外交での妥協が達成される可能性があるとは思えません。いま、交渉や何らかの停戦協定について多くのことが言われていますが、一切、現実味がないでしょう。双方のうち一方が自分の考えを押し通すことができるか、相手がそれをするのか、そのいずれかです。

ロシアにとって、根源的な問題は、ウクライナ領内にこの先、反ロシアが存在するようになるか否かです。

戦争は当分の間続くのではないでしょうか。その期間は答えられません。ですが、数か月ではありません。もしかすると2年になるかもしれません。これは深刻な戦争であり、相当、長引くでしょう。

ロシア社会に変化は? 政権基盤は?

今回の「特別軍事作戦」を支持している人も、疑問を持っている人も、反対している人も、親族が軍に動員された人も、親族が従軍している人も、皆一様に「不安」を抱いています。

それは当たり前のことです。大祖国戦争(第2次世界大戦)以来、つまり、およそ80年で初めて、人々は国益のために命を犠牲にする必要性に直面したのですから。

これまで人々は、すべては過去のことであり、今や生活はますます良くなり、楽しくなり、より自由に生きて、国家に対する義務は最小限になる方へ向かっていると思っていました。

いま、私たちはこの意味で80年前に戻り、これが社会にとって非常に深刻なストレスとなっています。ですので、ひと言で言うなら、これは不安、動揺です。

ウクライナへの軍事侵攻に抗議する市民ら(2022年2月 ロシア サンクトペテルブルク)

その中でも、政権が権力の維持に成功しているのは、当初から社会の雰囲気をとても注意深くフォローしてきたためです。政権は多岐にわたるテーマで、さまざまな地域で、さまざまな分野の人々に対する大量の社会調査を発注しています。

政権は国内の現状をよく理解していて、自身の政策を成功させ、社会の不安が政権に向かないように構築しようとしています。

政権にとって国内の前線はいつでもあらゆる外部の前線よりはるかに重要なのです。

今後の行方は? ロシアが向かう先は?

仮にロシアが、アメリカの望むかたちで敗北すれば、ロシアにとって運命を決定づけることになるかもしれません。つまり私たちがいま見ているロシアは存在しなくなるかもしれません。

ロシアが敗北すれば、すべてが失われます。この戦争は、ロシアの国家(государство)、そしてロシアの国家性(государственность)の存在をかけたものであることを理解しなければなりません。

とにかく、かなり重大な賭けであると言えるでしょう。損失はもちろん非常に深刻です。この戦争は第1次世界大戦に匹敵するものです。

プーチン大統領は、もちろん戦争を終わらせたいと思っているでしょう。

ただ、彼は戦争を勝利で終わらせたいのです。戦争をいま終わらせることには意味がありません。勝利の中で戦争を終わらせることに意味があるのです。勝利をどう定義するかは別の議論ですが、成功や勝利がどんな定義であっても、ロシアの世論に支持されなければなりませんし、いずれにしても、事実上、国際世論に支持されなければなりません。それはまだ遠い先のことです。

私の見方では、プーチン大統領が目指しているものは、かつても、そして今も、ただ一つです。アメリカが、ロシアの国益の合法性を承認することです。そして解決者は2人います。1人はモスクワにいて、もう1人はワシントンにいます。この2人だけが、何らかの形で戦争を決着させることができるのです。

アメリカ バイデン大統領

この戦争によって、ロシアは社会を変え、内政と外交政策を変え、国際関係などすべてを変えました。この国がよくなるのか悪くなるのかは、見てみましょう。もちろん、よくなることを願っています。この国が肯定的な方向に変貌することを願っています。

ですが、この肯定的な方向は、西側のモデルに従ったものではありません。これは終わりました。私たちがいるのはここしかないのです。いま私たちは断絶、激変、破壊といった地点に立っているのです。

日本が果たす役割はあるか?

正直に答えます。私は、日本には戦争の終結に何らかの形で影響を及ぼすことはできないと思います。

一方で、日本がロシアに対して、そしてロシアが日本に対して、一線を越えて、お互いに敵対的なものにならないことが非常に重要になってくると思います。政治関係は一時休止していても構いません。

私たちは隣国です。お互いから逃げられません。

ロシア国内では日本に対して確執や敵意はありません。これは非常に重要です。日本は戦略的に状況を見なければなりません。そして戦略的な点で、私は、日本とロシアには、お互いに好意的で正常なパートナー関係を構築するための大きく幅広い土台があると思います。 両国が、将来発展することのできる潜在的可能性をまずは維持することを願っています。

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