
イラクとアフガニスタンでの2つの戦争をアメリカ軍の現地司令官として戦い、CIA長官も務めたデイビッド・ペトレアス氏。
「ロシア軍は首都キーウを制圧できない」と早い段階で予見したペトレアス氏の目には、ウクライナでのこの6か月の戦闘はどう映っているのか。
ウクライナ軍による反転攻勢で注目を集める東部戦線とともに、今後の戦いを左右すると見られてきた南部では何が焦点となっているのか。
そして、この戦争を終わらせるためのカギは?
国際関係学の博士号を持ち、“軍人学者”とも呼ばれる元司令官に話を聞きました。
(聞き手 ワシントン支局長 高木優)
Q. ウクライナの最前線では何が起きている?
ウクライナ軍に対して、アメリカや西側諸国から膨大な量の兵器や弾薬が送られました。とりわけ、誘導型の多連装ロケットシステム(GMLRS)によって、ウクライナ軍は正確にロシア軍の弾薬補給拠点や燃料庫、作戦拠点を攻撃することができるようになりました。

その結果、最近、特に、目にするようになっているのは、ウクライナ軍による破壊的な攻撃です。これにより、ロシア軍は補給拠点をロケットシステムの射程の半径70キロ圏の外に置かざるを得なくなっています。
これはロシア軍にとってはたいへん頭の痛い問題になっています。ロシアが支配するクリミア半島にある飛行場は、70キロよりもさらに遠いところからの攻撃にさらされ、ロシア軍は空軍の航空機などを名実ともにウクライナから完全にロシア領内に移すことを余儀なくされたようです。


これにより、ウクライナ軍は攻勢を仕掛けられる状況になりました。特にドニプロ川西岸の南部ヘルソンの奪還に向けた攻撃です。
ポイントは、ロシア軍が、攻撃を継続するためにドニプロ川を越えるための十分な装備を持ち込めるかどうかです。なぜなら、ドニプロ川にかかる橋はウクライナ軍によって破壊され、補給のために使用できない状態だからです。
ドニプロ川は幅が何百メートルもあり、ロシア軍は浮桟橋かフェリーを使って行き来するしかない状況なのです。
この先、数週間から数か月の注目点は、ロシア軍が、この6か月で大きな損害を被った兵員や弾薬、そして兵器を継続して前線に送り続けることができるかどうかです。
そして、ウクライナ側が、新たな戦闘能力を生み出し続けることができるかどうかです。それはすなわち、兵員の採用、訓練、組織化などです。
ウクライナはそれを非常にうまくやってきましたが、果たして続けられるかどうかが気になるところです。
Q. アメリカ、バイデン政権によるウクライナへの軍事支援をどう見る?
非常に素晴らしいと思っています。
私は政治的に中立で、バイデン政権によるアフガニスタンからの軍撤退をめぐっては、かなり批判的な立場をとってきました。しかし、バイデン政権は今回、見事な仕事をしていると思います。

それは単に大量の兵器や弾薬を提供してきたというだけでなく、NATO諸国を束ね、民主主義や市場経済という価値観を共有する西側諸国をまとめ続け、非常に効果的な経済制裁をロシアに科してきたからです。
ロシア経済の成長はことしマイナス10%となり、ロシアの人々の生活の質は劇的に悪化しています。ロシア経済は低迷状態に陥っているのです。
通貨ルーブルは人工的に下落を止められても、それは非常に高い金利と為替の操作によるものです。
こうした状況により、アメリカや西側諸国の1000以上の企業がロシアから撤退するか企業活動を縮小させ、投資は減少しています。経済・財政面での打撃は非常に大きなものです。
Q. 半年がたち、アメリカ国内でも「戦争疲れ」を指摘する声もあるが?
その指摘に同意していいのかわかりません。ただ、アメリカ議会では、ウクライナ支援に超党派の強力な支持があるということは重要な点です。

ホワイトハウスの400億ドルの支援パッケージは上下両院が圧倒的に支持し、この支援によりウクライナはことしの暮れまで、アメリカの支援を受け続けることができます。
私はアメリカの支援について心配はいらないと思っていますが、少し心配なのは、ヨーロッパです。パイプラインのノルドストリームで、ドイツやほかの国々へのロシアからのガスの供給が始まらない場合は特に心配です。
Q. こう着状態を打開するためのカギは何か?
ウクライナ軍はドニプロ川西岸の地域を奪い返すことが可能な状態です。
もし、川を渡る機材が十分にあれば、ウクライナ軍はロシア軍の防衛ラインを背後から攻撃し続けることができます。そうすれば、ロシア軍の防衛ラインに亀裂ができ、防衛態勢を崩せるかもしれません。

したがって、今こそ、さまざまな兵力を統合して攻撃を仕掛ける必要があります。それはすなわち、戦車と歩兵、工兵、防空システム、大砲、ロケット砲、航空機による空からの支援、攻撃ヘリコプターなどすべてを動員した攻撃です。
そうすることで、ロシア軍の防衛態勢に穴を開けるのです。
Q. 戦争終結にはどれほどの時間がかかるのか?
さまざまなファクターによって決まってきます。
まずは、ウクライナがどれだけ継続して兵力を生み出し続けることができるのかによります。

そしてロシアが、失った兵力の埋め合わせとして、国内の各地に兵力を出すよう要求しているような状況にあって、兵力を継続して生み出せるのかにもよります。
また、ロシアが強力な経済制裁にさらされる中で、どこまで持ちこたえられるのかにもよります。
さらにアメリカや西側諸国が、ウクライナへの実効性のある支援をどこまで継続できるのかにもよります。
Q. 戦争を終わらせるためには徹底抗戦か停戦交渉どちらがいいのか?
徹底抗戦と停戦交渉は互いに相いれないものではないと思います。武器や弾薬を提供しながらでも、交渉にオープンであることは可能です。
課題は、ウクライナの97%にも及ぶ人々が、失った領土を取り戻すため、戦争の継続を望んでいるということです。交渉は望んでいないのです。
一方のプーチン大統領も交渉を望んでいるようには見えません。
私たちが「停戦に向けて交渉すべきだ」と言っても、結局のところ、交渉のテーブルに着かなければならないのは、当事者どうしなのです。
Q. 戦争を終えるためのカギは何なのか?

戦争をやめなければ敗北すると、プーチン大統領に悟らせることです。
必要なのは、ウクライナに対して、非常に強力な武器支援と、経済・財政面や人道上の支援を続けることです。兵器システムや弾薬、軍用車両や機材だけでなく、包括的な、より大規模な支援です。
ウクライナ経済は戦闘により明らかに大打撃を受けています。だから私たちは、ウクライナが国として持ちこたえられるように、そして、軍事作戦を続けられるように支援する必要があるのです。
そうすれば、ロシアに十分な圧力をかけることができ、「このひどい状況から抜け出すには交渉を行うしかない」とロシアに気づかせることができるでしょう。
※インタビューは2022年8月16日に行われました。