2023年4月18日
ウクライナ

ロシア侵攻 弟の戦死…それでも「苦しみこそ強さに」姉の覚悟

「どんなに苦しくても、その苦しみが強さを与えてくれる」

そう信じ、生きようとする女性に会いました。軍事侵攻が続くウクライナで。
大切な家族を失っても、誰かの役に立ちたいと、女性はきょうも前を向いています。

(国際部記者 山澤里奈)

あなたの存在には価値がある…

毎日のように空襲警報が鳴り響く首都・キーウで、その女性と出会いました。

ウクライナの心理カウンセラー アントニーナ・ヴィソーツカさんと娘

心理カウンセラーのアントニーナ・ヴィソーツカさん(37)。

自宅の部屋でスマートフォンの画面に向かって、穏やかに、優しく語りかけていました。

体や心の不調を訴える人たちに、無料でカウンセリングを行っているのです。

いま、どんな気分か。どんな気持ちか。無理せず、急かさず、相手のことばを待ちます。

スマートフォンでカウンセリングをするヴィソーツカさん

画面の向こうにいるのは、侵攻で家族を亡くしたり、仕事を失ったりした人たち。

気分が落ち込み、生きる意味を見失いそうな人たちに、こんな言葉をかけていました。

「あなたの背中に天使の羽が生えて、支えてくれることを想像しましょう。『自分の存在には価値がある』『誰かが支えてくれている』と」

ヴィソーツカさん
「心に不調を訴えている人にとって、自分の心が何を求めているのか、耳を傾けることはとても重要です。『あなたには何の問題もありませんよ』『自分の心に聞いてみてください』と言ってあげることが、とても重要なんです」

弟の戦死を抱えながら

大学卒業後、いったんは銀行などで働いていたヴィソーツカさん。人の役に立ちたいと、大学で心理学を学び直し、5年前に心理カウンセラーの資格を取得しました。

そして2022年、ロシアによる侵攻が始まると、すぐに仲間とともにオンラインでのカウンセリングを始めました。

誰かの役に立てればと思って始めたカウンセリング。いま、その気持ちはより強まっています。

その理由を打ち明けてくれました。この軍事侵攻で2歳下の弟が戦死したのです。

弟のオレクサーンドルさんが亡くなったのは去年12月。激戦が続いていた東部の戦線に出ていたといいます。

ヴィソーツカさん
「おいから電話が来て『オレクサーンドルが戦死した』と伝えられました。そのときの悲しみを絶対に忘れることは出来ません」

弟のオレクサーンドルさん

弟のオレクサーンドルさんは、去年2月の侵攻開始の直後に軍に志願したそうです。そして、戦闘が最も激しい東部ルハンシク州に配置されていました。

去年10月に会った時のことを話してくれました。軍から出た一日だけの休暇を使って弟が会いに来てくれたそうです。お茶を飲みながら、「部隊に友達はいる?」などとりとめもない会話をして、姉と弟の穏やかな時間を過ごしたといいます。

しかし、これが弟のオレクサーンドルさんとの最後の時間でした。

3日前の最後のメッセージ

ヴィソーツカさんのスマートフォンには、亡くなる3日前に弟から届いたメッセージが残されています。

弟との最後のメッセージのやりとり

「やあ、元気?今週末はお父さんとお母さんのところに行く?」

優しく家族思いらしく、両親を気遣うことばが並んでいました。

ヴィソーツカさん
「弟は優しくて、優秀で、大勢の人に愛されていました。両親や私にとって天使のような存在だったんです。姉と弟だったのであまり会うことはありませんでした。もっとたくさん会っておけばよかったと後悔しています」

目の前の人たちのために

弟が亡くなったあと、一時は何も手にすることができず、無力感に襲われたヴィソーツカさん。しかし、いまは、一人でも多くの人の役に立ちたいと強く思っています。大切な家族を失った苦しみがわかるからこそ。

この日、月命日に合わせて弟のオレクサーンドルさんの墓を訪れました。花を手向けたあと、この苦しみから逃げないことこそが、大事なことだと打ち明けてくれました。

ヴィソーツカさん
「私の心の中には人々が感じているのと同じ悲しみがあります。でもどんなに苦しくても、その苦しみが強さを与えてくれます。逆説的ですが、苦しみこそが“誰かの役に立ちたい”という思いの源になるのです」

相次ぐ心身の不調

長引くロシアによる侵攻。ウクライナ国内では心と体の不調を訴える人が相次いでいます。

侵攻から1年にあわせて、2月にNHKが現地の調査会社と共同で行った世論調査では、

およそ8割が「心身に不調がある」と回答しています。

「心身の不調が大きく カウンセリングや医師の診察などを受けた」… 8
「心身に不調があり 日常生活に支障を感じることがある」… 35
「心身に不調はあるが 日常生活に影響はない」… 35

遺族でもある自分が寄り添うことが、同じ悲しみを抱える人たちのためになると話してくれたヴィソーツカさん。国のため、ウクライナの人たちのために戦った弟。その死をむだにしないために前を向き続けるという強い意志が、彼女を突き動かしているのだと感じました。

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