2023年4月3日
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“盗まれた”子どもたちの将来 戦時下で心に傷を負う子どもたち

「ロシア軍の攻撃で両親が死んだことを知った8歳の男の子は、夜中に、自転車で両親が亡くなった場所に行ったそうです」

空爆で家族全員を失った子どもや、目の前で親を殺された子ども。

そうした経験から深刻なトラウマを抱える子どもたちに、セラピーを行っているウクライナの女性がいます。

ロシアによる軍事侵攻が続く中、ウクライナの子どもたちは、どんな状況に置かれているのか?

女性に話を聞かせてもらいました。

(国際部記者 近藤由香利)

セラピーを行っているのは?

ウクライナ人の女性、オレクサーナ・レベデワさんです。

ロシア軍のウクライナ侵攻後、子どもたちのために何かしたいとNGOを設立して、親を亡くすなどした子どもたちにセラピーを行っています。

セラピーは、ウクライナから遠く離れたスペイン南部で、キャンプの形で行われ、2022年の夏と冬に開いた2回のキャンプに、あわせて60人ほどの子どもたちが参加したということです。

以下、レベデワさんの話です。

参加するのはどんな子どもたちですか?

ロシアの軍事侵攻によって、精神的に深いトラウマを抱えている子どもたちです。年齢やトラウマの深刻度が似たような子どもたちを対象にしています。

マリウポリ、ブチャ、イルピン、チェルニヒウといった特に激しい戦闘が行われた地域で家族を失った子どもたちを、警察などと連携して探し出しています。

参加者の約8割は、私たちが警察などと連携して見つけた子どもたちで、残りの2割は保護者からの連絡を受けて参加した子どもたちです。

子どもたちの中には、家族全員が燃える車の中で亡くなるのを目の前で見たり、両親の遺体の隣に残されたりした子もいます。

なぜスペインで行っているのですか?

ウクライナから遠いからです。スペインでいい宿泊施設が見つかって、窓からは海が見えて、天気のいい日には海辺にも行けるんです。

心のケアやリハビリには、よい環境やよい天気も大切です。

子どもたちが新しい環境で過ごすことで、次の目標を見つけられると思ったので、まずは、この場所を選びました。

具体的なセラピーの内容はどのようなものですか?

私のほかには、心理学者や教師など11人がいます。そして、子どもたちにグループセラピーと個人セラピーなどを行います。

グループセラピーでは、子どもたちがグループに分かれて、自分たちの体験を話します。お互いに似たような経験をしているので、子どもたちはその場で悩みを共有するのです。

グループで触れられなかった部分については、個人セラピーの中で話してもらっています。

参加した子どもたち

1回目のキャンプは2022年の8月から9月にかけて30日間行い、8歳から12歳まで30人が参加しました。

12月に21日間行った2回目のキャンプでは、6歳から11歳までの子どもたち31人が参加しました。

子どもたちはどんな状態にありましたか?

多くの子どもたちが、集中できる状態にはなくて、あまり眠ることもできず、よく悪夢を見ていました。

私たちは、グループセラピーと個人セラピーを繰り返し行う中で、子どもたちに自分の体験を話してもらい、悲しみを思い出して涙を流し、その悲しみと向き合うことで、乗り越える力を身につけられるように取り組んでいます。

印象に残っているケースはありますか?

東部ドネツク州のバフムトから参加した、ボクダンという8歳の男の子です。

父親と妊娠7か月の母親を、ロシア軍の攻撃で失いました。彼の両親は、ロシア軍の攻撃で亡くなった親戚の葬式に向かうところで攻撃を受けたのです。

ボクダンは、両親が亡くなったことを知ったとき、夜中に自転車に乗って亡くなった場所まで行ったそうです。

警察に救助されたときのボクダンくん

ボクダンがその場所に行ったときには、両親の遺体が残されたままだったといいます。

攻撃が絶え間なく続いていて、運べなかったのだとみられます。

ボクダンに関する記事を見つけ、警察に連絡し、彼にセラピーに参加してもらうことができました。

ボクダンくんの様子はどうでしたか?

彼は、激しい戦闘が行われた地域から来た子どもたちと一緒にセラピーを受けました。

ボクダンは、私たちスタッフに損傷した親の遺体の状況を教えてくれましたが、大人でも精神的に耐えられないような経験でした。

ですから、当初リハビリは難しいものになると思いました。

航空機の音にもおびえるんじゃないかと心配しましたが、キャンプの中では、航空機におびえることもなく、生まれて初めて海を見たのですが、そのときにはうれしそうな表情を浮かべていて、ほっとしました。

キャンプに参加したときのボクダンくん

彼は現在、父親の前の妻と一緒に暮らしていて、私たちスタッフは定期的に、彼の状況を確認するために連絡を取っていますが、落ち着いています。

今後もキャンプ形式のセラピーを続ける予定ですか?

4月中旬に、今度はウクライナ西部で行います。

これまではスペインで実施していましたが、パスポートの準備や出国手続きなどが思った以上に大変だったからです。

また、子どもたちがスペインに行くにはバスで3日間かかりますし、攻撃が続く地域にいる子どもたちは集合場所にたどり着くことができませんでした。

キャンプ形式のセラピーをスタートした目的は、軍事侵攻が終わったあと、子どもたちの生活をどう取り戻していくかということです。

私は兵士として戦うことはできませんが、子どもたちに悲しみを感じても、生き抜いていくためのすべ、そして気持ちを安定させる方法を教えることはできます。

本人たちには、将来は絶対によくなると信じてもらい、子どもたちの盗まれた将来を取り戻すのです。

(以上、レベデワさんの話)

キャンプに参加した子どもと親は?

レベデワさんが主催するキャンプ形式のセラピーに参加した子どもと、その母親にも話を聞かせてもらいました。

話を聞かせてくれたのは、現在はドイツに避難しているナターリア・ピメノワさん(38)とイリヤ・ピメノブくん(10)です。

母親のナターリア・ピメノワさんと息子のイリヤ・ピメノブくん

以下、母親のナターリアさんの話。

イリヤくんは参加する前どんな状態でしたか?

私たちは、首都キーウ近郊のブチャやイルピンの近くの町に住んでいました。

イリヤの父親は、軍事侵攻が始まってすぐに、領土防衛部隊の隊員になりましたが、侵攻開始4日目で亡くなりました。

亡くなった夫の写真を見せるナターリヤさん

イリヤは父親とのつながりが非常に強く、亡くなったことが彼にとって大きなトラウマになったのです。

年老いたようにすぐに疲れたり、夜中に突然起きてずっと泣いたりすることもありました。

私が抱きしめると泣きながら眠りにつくこともありましたが、朝起きると、全く覚えていませんでした。

どうやってこのキャンプを知りましたか?

知人がこのキャンプについてのSNSを教えてくれたので応募しました。

キャンプに参加する前、NGOのスタッフに「イリヤは夜中に泣いたり叫んだりすることがあります」と伝えると、「夜中にほぼ全員が泣いていて、精神的に不安定な子どもが多いです」という説明を受けました。

キャンプに参加してから、変化を感じていますか?

まるで別人のようです。落ち着いて成長した様子なんです。

行く前は父親のことを思い出しずっと泣いていましたが、今は泣かなくなりました。すぐに疲れることもなくなり、前のようにたくさん走ることができるようにもなりました。

また、1人で寝ることを嫌がって私と一緒に寝ていましたが、今は1人で寝られるようになりました。

ドイツでは、ウクライナの子どもたちが集まる学校などに通っていますが、キャンプに行く前は全く勉強しなくて、勉強のカリキュラムにも遅れていましたが、今はやる気があって勉強をするようになりました。

キャンプには大変感謝しています。

以下、イリヤくんの話。

キャンプに行ってどうでしたか?

よかったです。

キャンプでは仲のいい友達もできて、一緒にスポーツしたり、海辺で遊んだりしました。

その友達とは、今でもグループチャットでやりとりしています。

キャンプにはまた行きたいです。

キャンプに参加したときのイリヤくん

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