2023年3月22日
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ロシアに“連れ去られる”子どもたち その実態とロシアの狙いは

「もう、会えないかと思った」

3か月半ぶりに母親と再会したウクライナ人の少女は、涙を流し母親に抱きつきました。

“サマーキャンプ”に行くだけのはずだったのに、帰る予定の日が過ぎてもロシアから帰れませんでした。

国際刑事裁判所(ICC)は3月17日、占領した地域から子どもたちをロシア側に移送したことをめぐり、国際法上の戦争犯罪の疑いで、プーチン大統領に逮捕状を出しました。

今ウクライナでは、“ロシアによる子どもの連れ去り”とみられる事案が相次いでいます。

(国際部記者 松田伸子)

“サマーキャンプ”のはずが…

「娘を見て、私は何も言うことができず、ただただ泣いて娘にキスをしました」

13歳の次女ベロニカさんと3か月半ぶりに再会したときの様子について、こう話すのは、ウクライナ東部ハルキウ州在住で3人の子どもを持つリュドミラさんです。

リュドミラさん(右から2番目)の家族写真、ベロニカさんは一番左

ロシアによる侵攻が始まってから半年ほどがたった2022年8月。

ベロニカさんは、“サマーキャンプ”に行きたいと、リュドミラさんに伝えてきました。

“サマーキャンプ”はロシア政府が主催し、ウクライナの子どもたちをロシアの保養地に連れて行くというものでした。

リュドミラさんは、ロシア政府が主催していることから不安を感じ、当初は、行くことに反対していました。

しかし、ベロニカさんは「クラスメートも行くから自分も行きたい」などと、リュドミラさんに何度も行きたいと言って聞きませんでした。

リュドミラさんが暮らす地域は当時ロシア軍に占領され、10キロあまり離れた所にはクピヤンシクという激戦地があり、昼も夜も砲撃の音が鳴り響いていました。

ときに命の危険も感じていたリュドミラさんは、娘が少しの時間でも戦争のことを忘れ、精神的なストレスから解放されればと、キャンプに送り出すことを決めました。

キャンプの期間は3週間。すぐに戻ってくるはずでした。

いつになっても帰ってこない

“サマーキャンプ”の行先は、ウクライナの国境に近いロシア南部の黒海に面した保養地、ゲレンジク。

“キャンプ”先から送られてきたベロニカさんの写真

8月28日、子どもたちを乗せたバスが出発しましたが、その直後の9月上旬、ウクライナ東部の戦況が大きく変わります。

ウクライナ軍は、リュドミラさんたちの暮らすハルキウ州のほぼ全域を奪還したと発表し、その地域はロシア軍から解放されることになったのです。

ハルキウ州がロシア軍の占領地域でなくなったからか、ロシア側からは「子どもたちを帰す手段がない」と一方的に告げられ、ベロニカさんたちは、予定していた3週間を過ぎても戻ってきませんでした。

スマートフォンでベロニカさんと連絡を取ることができたときもありますが、インターネットの接続が不安定になることもあり、何日も連絡を取れなかったこともありました。

もうこのまま娘に会えないのではないか。

リュドミラさんは、不安と心配に押しつぶされそうになり、毎日泣いていました。

「もう、会えないかと思った」

リュドミラさんはベロニカさんをなんとか助けに行きたいと思いましたが、ロシア側からは「親子関係を証明する書類などを持って、ロシアに引き取りに来れば返す」などと伝えられたといいます。

しかし、戦時下で書類を用意することが難しい上、パスポートの取得に必要な費用を工面することもできず、途方に暮れていました。

そんなとき知人からの情報で、ロシアによって連れ去られたとみられる子どもたちを連れ戻す支援を行っているウクライナの人権団体の存在を知ります。

そして2022年12月、その団体の助けで、キャンプに子どもたちを送り出したほかの13人の親と一緒に、子どもたちを迎えに行くことになりました。

バス2台で、ポーランドとベラルーシを経由して、5日間かけてロシア国内の子どもたちがいる施設に到着。

子どもたちを連れてくる場所として指定された部屋で待っていると、ベロニカさんがほかの子どもたちとともに部屋に姿を見せました。3か月半ぶりの再会でした。

ベロニカさん(左)と再会したリュドミラさん(右)

「娘は、私たちがいる部屋に入ってきて私を見つけると、はじめは笑顔を見せました。次の瞬間、私に飛びついてきて、抱きしめながら『もう、会えないかと思った』と言って泣きました。私は何も言うことができず、ただただ泣いて娘にキスしました」(リュドミラさん)

“キャンプ”でベロニカさんたちは、午前中、動物園や海に行くなどの活動をしたあと、午後は3時間から4時間、ロシア語での授業を受けていたということです。

“連れ去り”はほかにも

ベロニカさんのようにロシアに行ったきりウクライナに戻って来られなくなりそうになったり、戻って来られなくなったりするケースは、ほかにも起きているといいます。

リュドミラさんたちを支援した人権団体「セーブ・ウクライナ」によると、ロシアによる侵攻が始まって以降、“サマーキャンプ”に行った子どもたちが戻って来られなくなるケースが起きているとしています。

団体では、これまでに子どもたちを3回迎えに行き、あわせて50人近い子どもたちを連れ戻すことに成功したということです。

団体の弁護士を務めるミロスラバ・ハルチェンコさんによると、親たちの中には「なぜロシア側の“サマーキャンプ”に行かせたんだ」「行かせた方が悪い」と非難されると思い、子どもたちが戻ってこないことを言い出せない人も多いのだそうです。

こうしたことから、ハルチェンコさんは実際にはロシアに留め置かれている子どもたちの数は、さらに多いとみています。

また、ハルチェンコさんは、ウクライナ国内でロシアに占領された地域には、ロシア軍に協力するウクライナ人がいて、子どもたちの名簿を持っていると指摘します。

家族構成、家庭内の事情、経済状況を把握していて、“サマーキャンプ”に行かせない親の所に行って説得しているのだといいます。

ミロスラバ・ハルチェンコさん

「母親がキャンプの参加に反対すると、ロシア軍の協力者は『戦闘が続く場所に子どもを置いておきたいのか。ロシアに行かせれば、明るくぬくもりのある生活が送れる』と説得するのです。脅すこともあります。両親が亡くなり、祖母が親権を持っていたケースでは、電話で『行かせないなら親権を取り上げることになる』と言ったといいます。これは脅しです」

孤児たちを連れ去ろうとするケースも

子どもたちが“サマーキャンプ”に行って戻れなくなるケースに加え、ロシア軍がウクライナの孤児たちを連れ去ろうとしたという証言も出てきています。

その一部始終を見たと話すのは、ウクライナ南部のヘルソン州で、親のいない孤児や複雑な家庭の事情を抱えた子どもたちを一時的に預かる施設の施設長を務めるボロディーミル・サハイダクさんです。

2022年3月中旬、ロシア軍によって州全体が一時掌握されたとみられるヘルソン州。そのとき、施設にいたのは、3歳から18歳の子どもたち52人。

サハイダクさんと子どもたち

安全な場所に移すため、親や祖父母、それに遠い親戚にまで手当たり次第に連絡し、子どもたちを引き取ってもらいました。

複雑な事情を抱える家庭もありましたが、施設に残ってロシア軍に見つかるよりは安全だと考え、サハイダクさんは判断したといいます。

それでも、親も親戚もいない子どもたち5人が残ったので、地下室に隠れさせたり、近所の家にかくまってもらったりしました。

その施設にロシア軍がやってきたのは6月。彼らは施設に来るなり「子どもたちはどこだ」と聞いてきて、サハイダクさんが「いない」と言っても信じずに、個人情報の入ったファイルやパソコン、監視カメラのデータさえも持っていき、子どもたちを見つけようとしていたといいます。

さらにロシア軍は、ヘルソン州の隣にあるミコライウ州の孤児院から施設長と15人の子どもたちを連れてきて、サハイダクさんの施設で生活させたのだといいます。

なぜ連れてきているのか、理由はわからなかったそうです。

その後、ウクライナ軍がヘルソン州を解放すると、ロシア軍は撤退する際に、15人の子どもたちを連れて行ってしまったということです。

ボロディーミル・サハイダクさん

「子どもたちは、ロシア軍に連れて行かれることをとても怖がっているように見えました。なんとかして連れて行かれないようにしたかったのですが、何もできませんでした。彼らが我々の土地で行っていることは犯罪です。我々は、これらの犯罪を許しません」

ロシア側の狙いは何なのか

ロシアは、なぜウクライナの子どもたちを自国の領土内に留め置いたり、連れ去ろうとしたりしているのか。

ウクライナ東部のドンバス地域で2014年から人権保護の活動を行ってきた弁護士や法学者で作る「東部人権グループ」は、2022年12月、ウクライナの子どもたちの「連れ去り」について報告書を出しました。

「東部人権グループ」などが出した報告書

この調査を行ったパベル・リシャンスキーさんは、ロシアの狙いについて、「子どもたちのロシア化」だと指摘しました。

パベル・リシャンスキーさん

「ロシアは自国の人口を増やすため、その中でもスラブ系の人口を増やすために、同じスラブ民族のウクライナの子どもたちを連れ去っているのです。ロシア側は、『子どもを避難させている』と主張していますが、子どもたちにロシアのパスポートを発給していて、ウクライナのアイデンティティーを守ろうとしていません。ウクライナのアイデンティティーを破壊し、ウクライナ人を減らそうとしています。これらの行動は違法であり、戦争犯罪です」

その上で報告書では、「連れ去られた」子どもたちを主な3つのカテゴリーに分類して、いずれの子どもたちも、ロシア人の家族の養子などにさせられているとしています。

①孤児

ドネツク・ルハンシク州の親ロシア派が実効支配する地域で、孤児院や社会福祉施設にいた子どもたちを「避難」という名目でロシア側に連れて行った。侵攻が始まる前の2022年2月18日から始まっている。

②保護者が養育権を奪われた子ども

ドネツク・ルハンシク州では、父親が強制的に動員され、母親も出稼ぎに行くなどして、祖父母や知人に預けられている子どもたちについて、経済的な理由などから養育に適切な環境でないとして、社会福祉施設などに収容し、その後ロシアに移送する。

③親と離ればなれになった・なっている子ども

例えば、ロシア側が設置した、思想信条などに基づいてウクライナ人を「選別」する「フィルターキャンプ」と呼ばれる施設で、「選抜」の結果、親が収容所に送られた子ども。

ロシア側「連れ去りではなく、保護」

こうした状況に対して、ウクライナ政府は「CHILDREN OF WAR」というサイトを立ち上げて、ロシア側に「連れ去られた」とされる子どもたちなどの数を公表しています。

「CHILDREN OF WAR」のサイト

それによると、2023年3月19日の時点で、ロシアに「連れ去られた」とされる子どもたちの数は1万6226人。

これに対しロシア側は、強制ではなく戦地の孤児らを保護するためだと主張し、「連れ去り」を否定しています。

また、プーチン政権は、今回の軍事侵攻の目的としてウクライナ東部に住むロシア系住民の保護を掲げ、子どもたちを戦闘地域から避難させるのは当然とも主張してきました。

その上で、ウクライナ国籍の子どもをロシア人の養子にする取り組みを進めたほか、プーチン政権の主張に沿った愛国教育を行ってきました。

プーチン大統領はこうした取り組みを後押しするため、2022年5月、大統領令に署名し、ウクライナの孤児がロシア国籍を取得したり、ウクライナ国籍の子どもを養子にしたりする手続きを簡素化しています。

ロシア側は、これまでに70万人以上のウクライナの子どもたちを「保護」したとしています。

「子どもたちの未来のために戦う」

一方のウクライナ側は、「連れ去られた」子どもたちを取り戻すため、ロシア側と交渉を続けていくとしています。

ロシアは国連の子ども権利条約に加盟しているため、養子縁組をする際には、子どもの出身国と合意しなければならないとして、ロシア側に対して明らかな違法行為だと非難しているのです。

しかし、ひとたびロシア側に子どもたちが渡ってしまうと、ロシア全土に散らばってしまい、把握することができなくなってしまうケースも多いといいます。

それでも、子どもたちの未来のために戦い続ける必要があると、ウクライナの子どもの人権に関する大統領顧問のダリア・へラシムチュクさんは強調します。

ダリア・へラシムチュクさん

「ロシアは、ウクライナから最も価値あるものを奪おうとしています。それは私たちの遺伝子、つまり私たちの子どもたちです。私たちの世代、全世代を奪うため、国家としてのウクライナの発展を否定するため、ウクライナの子どもたちを連れ去っているのです。今は、子どもたちの死や連れ去りを悲しんだり嘆いたりするときではありません。私たちはできる限り団結し、子どもたちを救い、連れ去られた子どもたちを取り戻すのです。私たちの国の未来のため、子どもたちの未来のために、戦う準備ができているのです」

プーチン大統領に逮捕状

この事案をめぐっては、国際刑事裁判所(以下、ICC※)が3月17日、占領した地域から子どもたちをロシア側に移送したことをめぐり、国際法上の戦争犯罪の疑いで、プーチン大統領に逮捕状を出しました。

同じく逮捕状が出されたマリヤ・リボワベロワ大統領全権代表と会談するプーチン大統領

裁判所のホフマンスキ所長は声明を発表し、この中で「国際法は、占領した国家に対し住民の移送を禁じている上、子どもは特別に保護されることになっている。逮捕状の執行には国際社会の協力が必要だ」と述べました。

これに対して、ロシア大統領府のペスコフ報道官は17日、ロシアメディアに対して「言語道断で容認できない。この種のいかなる決定も法律上の観点からロシアでは無効だ」と述べ、すぐさま非難しました。

一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、SNS上に公開したビデオメッセージで「歴史的な決断だ。テロ国家の指導者が公式に戦争犯罪の容疑者となった」と述べて歓迎。

また「子どもたちを家族から引き離し、ロシアの領土内に隠す行為は、明らかにロシアの国策であり、国家的悪事だ」としてプーチン大統領の責任を厳しく追及していく姿勢を強調しました。

裁判所は、プーチン大統領が署名した大統領令によって法律が改正された結果、ロシア人の家庭がウクライナの子どもを養子にしやすくなり、連れ去られた子どもたちの多くがロシアで養子になっているとして、大統領自身の関与を立証できると判断したものとみられます。

しかし、ロシアはICCの管轄権を認めておらず、逮捕状の執行に協力するとは考えられないことから、プーチン大統領が実際に逮捕される可能性は低いとみられます。

※国際刑事裁判所(ICC)
オランダ・ハーグにある世界各地の戦争や民族紛争などで非人道的な行為をした個人を訴追して裁くための裁判所で、日本を含む123の国と地域が参加。しかし、ロシア、アメリカ、中国などは管轄権を認めていない。

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