2023年1月13日
シリア ウクライナ

妹の義足を買うため 兄が向かったのは“戦場”だった

両足を失った妹がもう一度歩けるように、義足を買ってあげたい。

彼を駆り立てたのは、家族への思いだけだった。

そして、義足の費用を工面するため、彼が向かったのは戦場だった。

(イスタンブール支局長 佐野圭崇、カイロ支局記者 スレイマン・アーデル)

家族を失った兵士

「俺の人生を変え、今生きているこの悪夢を乗り越えるためなんだ」

こう語気を強めて話すのは、シリアの首都ダマスカスに暮らすムハンマドだ。年齢は20代半ばだという。

内戦で荒廃した町を眺めるムハンマド

内戦が続く母国で、両親ときょうだい2人を失い、唯一残った妹のヤスミンも両足を失っている。

その彼は、ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナへ向かおうとしていた。

妹の義足を買う金のため、傭兵として。

戦争、飢え、破壊の日々

ムハンマドの人生の半分ほどは、戦争、飢え、破壊の日々だったという。

そんな毎日をムハンマドは「自分の人生は途中から闇に変わった。暗い人生だ」と表現した。

生活環境は厳しく、行商人の父親は少しでもいい収入を求めて、各地を転々とした。まともな教育を受ける機会などなく、この10年ほどは家族でおなかいっぱいになるまで食事をした記憶もない。

内戦前の家族 ムハンマドは左から2番目(2008年撮影)

ムハンマドの家族を、そのような状況に追い込んだのは、シリアで続く内戦だ。

40年にわたって続いてきた独裁的な政権に対して、2011年、中東諸国で起きた「アラブの春」が波及。シリア各地で市民が民主化を求めてデモを行った。

しかし、政府はデモ隊を武力で押さえようとし、それに対して市民たちも武器を取って抵抗。内戦状態になった。

その後は、欧米各国や湾岸諸国、それに隣国のトルコなどが反政府勢力を支持し、イラン、ロシア、中国はシリア政府を支援した。

さらに2013年頃からは、過激派組織イスラミックステート(IS)も台頭し、一時、北部ラッカなどを掌握した。

シリアの破壊された街(2015年)

こうして様々な国や組織の思惑が交錯し、今も混とんとした状況が続いていて、終結への道筋は全く見えない。

ムハンマドは、子どものころからこんな世界しか知らなかった。

生きるため

2015年頃、18歳になろうという時、ムハンマドはシリア政府軍に志願した。

収入を得られるような仕事はなく、生きるためには、軍隊に入る以外の選択肢はなかったと話した。

政府軍では、ISなどの過激派組織と対峙たいじしてきたというムハンマド。

そんな中、2019年、戦闘機による爆撃が、家族の暮らす北部ラッカの村を襲った。この爆撃で、ムハンマドの両親ときょうだい2人が亡くなり、妹のヤスミンは両足を失った。

ムハンマドによれば、家族の命を奪った攻撃は、ISの残党を掃討するため、アメリカ主導の有志連合が行った空爆だという。

以来、家族を失い妹の足を奪われたムハンマドの怒りの矛先は、欧米に向かった。

「ウクライナで戦えば心が休まる」

その後、2022年2月24日に、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始。

復讐する相手を探していたムハンマドは、ロシア側の傭兵としてウクライナに向かうことを決めていた。

なぜ、ウクライナに行くのか?

その理由を尋ねると、ムハンマドは次のように答えた。

「ロシアは、母国シリアを守り、シリア軍とともに戦っている。そして、ウクライナに行けば、少しは心が休まる。あの悪夢を乗り越えられるし、家族を殺した奴らに復讐できる」

家族の命、妹の足を奪ったのは欧米。ロシアが侵攻しているウクライナは、欧米から軍事支援を受けている。だから、ロシア側の傭兵としてウクライナを攻撃することで、復讐心を満たせるのだと、ムハンマドは真剣に話した。

加えて、ロシア側の傭兵になれば、月2000ドルから3000ドルの収入が得られるという。シリア軍で得ている給料の50倍もの金額だ。

その金で、妹ヤスミンのため、義足を買ってやりたいと、ムハンマドは話した。

「足がないままの方がいい」

しかし、兄と離れて親戚と暮らしている妹ヤスミンは、ムハンマドがウクライナに行くことに強く反対している。

兄は、残された唯一の家族。ウクライナでもしものことがあったら、この先、生きていくことができない。

そんな思いから、毎日のように電話をして、思いとどまるよう訴えている。

兄ムハンマドと電話をするヤスミン

「もう家族はあなたしかいない。兄さん、行かないで」(ヤスミン)
 

「復讐のために行くんじゃないよ。また2人で暮らすために、お金を稼いでくる。義足を買って、お前がまた歩くところを見たいんだ」(ムハンマド)

 
「兄さんが死んで帰ってくるくらいなら、足がないままの方がいい。帰ってきて、無事に帰ってきて、何もいらないから」(ヤスミン)

しかし、ムハンマドの決意は、変わらなかった。

「なぜ死をおそれないといけないのか」

2022年11月下旬、ムハンマドは、シリア北西部にあるロシア軍が駐留する空軍基地に向かった。そこからロシアに渡るのだ。

ムハンマドにこんなことを尋ねたことがある。「もし戦地で命を落としたら、ヤスミンのことは誰が守るのか」と。

それに対し、ムハンマドは次のように話した。

「そんなことにはならないし、なぜ俺が死をおそれないといけないのか。毎日、俺は死の中で生き、何千回と死んできた。何も悪いことをしていない家族は死に、妹の人生は完全に破壊された。これが俺を戦地に、そして復讐に駆り立てるんだ。それに妹には親戚がいる。ロシア人とともに戦わなければならない。彼らは我々の母国を守り、自分たちの血を捧げてくれたのだから。同時に、俺の人生を変え、今生きているこの悪夢を乗り越えるためなんだ」

増え続けるロシア側の傭兵志願者

シリアではこれまでも、アサド政権の支配地域でロシア側の傭兵の募集が行われてきた。

しかし、そのスピードはロシアがウクライナ東部と南部の4州の併合を一方的に宣言した2022年9月以降、加速している。

シリア第2の都市アレッポにある軍関連施設や学校などを訪れると、そこには多くの男たちの姿がある。ロシア側の傭兵として応募するために集まっているのだ。

傭兵に応募するため集まった男たち

男たちは、「月収3000ドル」「ロシア国籍取得の可能性も」などといった触れ込みを聞いてきているのだという。

現地の情報を集めているシリア人権監視団によると、11月の時点でロシア側の傭兵として登録を完了させたのは約6万人。このうちすでに約2000人がウクライナで戦っているということだった。

「俺たちは奴隷だ」

高い収入を期待して傭兵となったシリア人たち。

しかし、すでにロシア側の傭兵として戦っている人たちから聞こえてきたのは、毎日が死と隣り合わせのような過酷な現実だった。

その中の1人、アレッポ出身のアフマド(35)。

妻と3人の子どもを養うため、2022年7月にロシア側の傭兵としてウクライナに向かった。今も激しい攻防が続いている東部ドネツク州の前線に派兵された。

10月、シリア国内にいる彼の友人を介して、現地の状況を聞くことができた。

「俺たちは奴隷のように扱われている。今思えばシリアでの生活が天国のようだよ」

アフマドは、こう切り出した。

どういうことなのか?

話を聞くと、毎日の食事は午前7時と夜6時頃の2回。しかし、出されるのは中身に何が入っているかもわからないような缶詰だという。

常に空腹のため、夜な夜な民家に忍び込んでは食べ物を探したり、家畜を食べたりすることで、なんとかしのいでいる。

さらに、ウクライナ軍の攻撃や厳しい寒さで、ロシア側には連日多くの死者が出る中、これだけの危険を冒しているにもかかわらず、給料は支払われていないというのだ。

「シリアでの説明は全部うそだった。約束されていた3000ドルのうち、シリアで500ドルをもらって以降、1ドルももらえていない。ここの状況は“カオス”だ。ここに来ていいことなんて、何一つない。絶対に来るなんて考えるな。いつになるかわからないが、俺もシリアに戻るチャンスがあったらすぐに戻りたい」

「傭兵の命の価値は低い」

シリア人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表は、ロシアにとって、傭兵は“使いやすい存在”で、たとえ何人失っても、国内世論だけでなく、国際的にも大きな問題にならないと指摘する。

シリア人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表

「シリア人傭兵は、ロシア兵を守るために現地に派遣されている。ロシアにとっては、傭兵の死は、ロシア兵が亡くなるよりも“軽い”。多くのロシア兵が亡くなれば、国内世論に影響するが、シリア人が亡くなっても誰も気にしない」

一方、アブドルラフマン代表は、ロシア軍の戦術的にはシリア人傭兵が、重要な役割を果たしていると分析している。

「シリア人傭兵が後方支援に徹することで、ロシア軍は前線を広げ、ウクライナ軍との戦闘に専念できる。戦況によっては、さらにシリア人傭兵が派遣される可能性がある。シリア情勢が安定しない限り、傭兵を志願するシリア人は後を絶たないだろう」

負の連鎖はいつまで続くのか

始まりは民主化を求めたデモだった。

しかし、それが内戦につながり、それぞれの思惑を持った国や組織が絡み合って、内戦は収束するどころか10年も続き、人口の半分を超える1300万人以上のシリア人が国内外に避難している。

シリア北部にある避難民のキャンプ(2022年)

一方で、内戦によって国内経済は疲弊し、内戦が始まる前8.6%だった失業率は、2015年には48%にも上り、直近でも20.9%だ。

加えて、世界食糧計画(WFP)によれば、2022年時点で人口の9割が貧困ライン(※)を下回る生活を余儀なくされているという。

こうしたシリア国内の現状が、ムハンマドやアフマドのような収入を求める人たちを生み、生きるために傭兵という選択をせざるを得ない状況を生み出している。

ふるさとを壊され、家族を奪われた憎しみ。それが、世界の別の場所で起きている紛争で、誰かの命を奪う動機につながってしまっている。

「私の唯一の夢は、兄さんと一緒にいること。兄さんが死んだら、たとえ私の体が生きていても、魂は死んでしまうのです」

家族と一緒に暮らしたいというムハンマドの妹ヤスミンのささやかな願いは、いつになったら叶うのだろうか。

銃を手にして歩くムハンマド

※貧困ライン
世界銀行は、最低限の栄養、衣類、住まいのニーズが満たされなくなるレベルとして「国際貧困ライン」を設定。取材した時点での貧困ラインは1日1.9ドルで、2022年9月に2.15ドルに改定された。

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