2022年12月26日
ウクライナ ロシア

「生きていた証を残したい」戦地で捉えた写真が伝えていたもの

「侵攻を受けた者として、戦争のありのままを、そこにいる当事者の感情を、伝えたいと思っています」

そう話すカメラマンがレンズを向けたのは、領土防衛部隊の隊員たち。

当時、火炎瓶を投げる訓練をしていました。

しかし、隊員たちの何人かは、その後の戦闘で命を落としたといいます。

今はこの写真が、彼らが「生きていた証」となっています。

(ウクライナ現地取材班 佐野圭崇)

侵攻後に撮影された数々の写真

ロシアによる軍事侵攻から半年がたとうとしていた8月。ウクライナの首都キーウでは、写真展が開かれていました。

展示されていたのは、侵攻開始後に撮影された写真50点。

まず目に留まったのは、ロシア軍の攻撃を受けたキーウ近郊ボロジャンカの高層アパートの写真。

黒く焼け焦げたアパートの前に洋服やがれきが散乱する中を、小型の台車を持った1人のお年寄りの姿がありました。

写真の説明として次のような文章が添えられていました。

「占領者(ロシア)が消防隊員の活動を許可しなかったため、アパートは爆発し、燃え尽きた」

また、思わず立ち止まり見入ったのは、破壊されて屋根のなくなった建物の前で、ピアノを弾く男性の写真です。

よく見ると、男性は胸にウクライナの国旗があしらわれた防弾チョッキを着用して、演奏していました。

破壊された町と、そこに置かれたグランドピアノを弾くピアニスト。そのギャップに目を奪われました。

「写真でウクライナを支える」

「戦争のありのままを伝えるのが、写真家としての私の仕事です」

こう話すのは、写真展に作品を提供した1人のウクライナの写真家、ミコラ・ティムチェンコさん(43)です。

フリーランスの報道写真家として活動していたティムチェンコさんは、ロシアの軍事侵攻以降、激しい戦闘が続く東部の戦線など各地で撮影を続け、海外メディアにも写真を配信してきました。

ティムチェンコさんが、今回、提供したのは、先ほどの破壊された町で演奏するピアニストの写真。

そして、火を噴く火炎瓶を投げようとする領土防衛部隊の隊員の写真です。

軍事侵攻が始まって間もない3月、首都キーウで撮影し、隊員たちにも話を聞いたといいます。

実戦経験はなかったという隊員たち。俳優、科学者、バリスタ。

侵攻が始まる前にしていた職業は、それぞれでした。

一方で、領土防衛部隊に入隊した思いは同じで、「祖国を守りたい」という願いからだったと、ティムチェンコさんは話しました。

しかし、レンズを向けた隊員たちの何人かは、その後、キーウ近郊の戦闘で命を落としたということです。

「彼らが亡くなったと聞いて、言葉になりませんでした。せめて、彼らが生きていたという証を、写真という形で残したいと思っているのです。そして、その写真でウクライナ軍を支えるのが、市民としての義務なんです」(ティムチェンコさん)

写真が兵士の命を救う

会場には、ティムチェンコさんを含めて12人の写真家の作品が展示されていて、作品の中には「売却済」という札が付いているものもありました。

写真展を企画した、イベントホール運営会社の代表を務めるミロスラバ・アンドレーワさんに話を聞くと、ウクライナの兵士を支援するため、写真を販売した売り上げで、応急処置キットを確保しているのだといいます。

ティムチェンコさんが言っていた「写真で軍を支える」というのはこのことでした。

キットを見せてもらうと、分厚い戦闘服を素早く安全に切るはさみ、包帯、傷口近くを締め上げて血を止める止血帯などが入っていました。

キットは1個100ドル。この日の写真展では16枚の写真に買い手がつき、キット17個を確保することができたといいます。

アンドレーワさんによると、写真展は、その後も賛同した写真家から作品を提供してもらいながら、ウクライナ各地を巡回することになっているということでした。

「写真を買った人が自宅に飾れば、その写真を目にした人にも関心を持ってもらうことができます。そして、写真の売り上げは、兵士の命を救うのです。ウクライナ国内だけでなく、世界各地でこの活動を広げていきたいと思っています」(アンドレーワさん)

そんなアンドレーワさんは、侵攻が始まってから続けている“日課”があると教えてくれました。

スマートフォンで見せてくれた画像を見ただけでは何が写っているのかわかりませんでしたが、空の缶詰に燃料などを詰めた「簡易トーチ」なのだといいます。

前線の兵士たちが、これを使ってお湯を沸かしたり暖をとったりすることができるそうです。

毎朝、仕事に行く前に「簡易トーチ」を作って、ウクライナ軍に寄付しているということでした。

麦畑にたたずむ少女

会場に展示されていたのは、戦争がもたらす破壊だけではありませんでした。

その中の1枚に、頭に花冠をのせ、麦畑で笑顔を浮かべてたたずむ少女の写真がありました。

少女は、ウクライナの伝統的な刺繍が施された民族衣装ヴィシヴァンカを着て、こちらを見つめていました。

写真家のティムチェンコさんが言っていた「戦争のありのままを伝える」という言葉。

写真が捉えた、少女の笑顔と破壊された町は、どちらも同じウクライナの“今”です。

それらの写真を見つめながら、多くの人が心から笑顔でいられるような日が一日でも早く訪れてほしい、そう心から願いました。

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