
いつも家族4人で過ごしてきた年末年始の食卓。
この冬はひとりでした。
クリスマスの時期、部屋を明るく照らしていたクリスマスツリーもありませんでした。
ウクライナで暮らす男性は、家族と再び食卓を囲める日を、待ち続けています。
(ウクライナ現地取材班 吉元明訓)
誰もいない家で
「ひとりで新年を迎えなければいけないのは、とても悲しかったです。でも、しかたありません。これが今、私たちの国で起きていることなのです」
こう話すのは、ウクライナの首都キーウに暮らし、軍需工場で働くビクトルさん(41)です。

去年2022年の2月に始まったロシアによる軍事侵攻の前は、妻と、15歳と10歳の2人の娘と一緒に暮らしていました。
ただ、ビクトルさん以外の家族は、侵攻開始の直後から、隣国ポーランドに避難しています。
防空警報が鳴ると子ども2人のことが心配で仕方なかったというビクトルさん。
家族を国外に避難させることにためらいはありませんでした。
ツリーのないクリスマス
ビクトルさんにとって、毎年のクリスマス休暇も含めた年末年始は、家族と一緒に過ごせる大切な時間でした。
新しい年を迎えるのを前に、早くから準備を始め、家族と一緒に買い物に行き、食卓には、妻が作る手料理が所狭しと並びました。
部屋を明るく照らすクリスマスツリーを飾るのも、毎年のことでした。
ただ、今回のクリスマスには、ツリーを飾らなかったといいます。
そこにいない、妻と娘2人のことを思い出してしまうのが、つらかったからです。
味気ない、新年の食事
年が明けた1月2日。
ビクトルさんの家を訪れると、1人分の食事を作っているところでした。

作っていたのは缶詰のソースを使ったパスタだけ。侵攻が始まってから、それまではほとんどしてこなかった自炊を続けているといいます。
日々の活力になっていた妻の手料理。
テーブルに並べられたおいしい料理が恋しいと、ビクトルさんは話しました。
「妻の料理は、どれもおいしかったですが、特にボルシチが最高でした。自分で作る料理は、正直おいしくありませんね」
楽しみな家族との通話
そんなビクトルさんが楽しみにしているのが、家族とのビデオ電話です。家族の大切な日課だといいます。

「今日は1月2日。2023年も本格的にスタートだね」(ビクトルさん)
「料理はしたの?」(妻)
「パスタをゆでただけ」(ビクトルさん)
「新年にボルシチを作ったけど、あなたにも送ることができればいいのに」(妻)
「そっちで楽しんでもらえばいいよ」(ビクトルさん)
その日、ビクトルさんたちが話したのは、妻が作った料理のことのほかに、避難先ポーランドでの娘たちの学校生活などについてでした。
娘たちはポーランドの生活にも慣れ、ポーランド語も話せるようになっているといいます。
そんな妻や娘たちと話しているとき、ビクトルさんの顔は自然とほころんでいました。

戻らない日常
ロシアによる軍事侵攻が始まって以降、ウクライナの成人男性は原則として国外に出ることができません。
ビクトルさんの妻は、一時ウクライナに戻ることも考えていましたが、ロシアによるミサイルや無人機での攻撃が相次ぎ、避難生活を続けることを決めたといいます。
妻はビクトルさんの体を気遣い、早く帰国したいと話しますが、家族の安全のことを考えて、ビクトルさんは、家族には避難生活を続けてもらうことにしています。

「家族と一緒にいたら、どうしても頼りすぎてしまいます。離れて過ごす時間が続き、気丈に振る舞えるようになりました。人は少しずつ変わっていけるものですね。それでも、ビデオ電話で顔を見たり声を聞いたりすると、感傷的な気持ちになってしまいます」
「勝利があって初めて家族が戻る」
「願っているのは、勝利だけです。勝利があって初めて家族が戻ってこられるのです」
取材の最後、ビクトルさんは力強く今の願いを語ってくれました。
ウクライナでは、クリスマス休暇を含む年末年始は、家族や友人で集まり、同じ時間を共有することが大事にされてきたといいます。
ただ、軍事侵攻が始まったことから、ビクトルさんのように国外に避難した家族に会えずに年末年始を過ごしたという男性は、ほかにも何人もいました。
そして、ビクトルさんと同じように、本音では家族と会えないのは寂しいと思いながらも、ウクライナが勝利するまでは我慢すると話す人たちも、何人もいました。
ビクトルさんを取材している途中、部屋に飾られた2枚の絵が目に留まりました。

気になって聞いてみると、次女がビクトルさんの誕生日に合わせて避難先のポーランドから贈ってくれたものなのだと笑顔で話してくれました。
「贈ってくれた絵を見たときは、平和な時間を思い出しました」
1日でも早く、平和な時間が戻ってきてほしい。ビクトルさんの笑顔を見ながら、心からそう思いました。
