この時間が永遠に続いてくれたらいいのに。
その願いが叶わないことはわかっていました。
だから、夫と一緒にいられる一瞬一瞬に集中して、これからのことは考えないようにしました。
夫と過ごせたのは5日間。久しぶりに取り戻すことのできた“日常”でした。
(ウクライナ現地取材班 吉元明訓)
「ずっと離れたくない」
「大切な人を抱きしめる時、ずっと離れたくないって思うんです」
こう話すのは、ウクライナからポーランドに避難しているユリアさん(36)です。
ロシアによる軍事侵攻が始まる前、ユリアさんは夫のミハイロさん(37)と10年あまり一緒に暮らしてきました。
勤める会社も一緒でした。
テレビ会社で勤務していた2人。夫はスポーツ、ユリアさんは政治が専門のジャーナリストでした。
時間に追われ、決して楽な仕事ではありませんでしたが、互いの存在が支えになっていました。
大切にしていた日課
そんな2人が大切にしていた日課がありました。
首都キーウの自宅近くにある公園での散歩です。
仕事帰りによく立ち寄ったそうです。長時間の勤務で疲れていても、15分も歩けば緊張がほぐれてリラックスできました。
美しい鳥の鳴き声、ときおり木陰に顔をのぞかせるリス。
立ち並ぶ美しい木々を眺め、澄み切った空気を吸う。
手をつないで2人で過ごす静かな散歩が、とても大切なひとときでした。
軍事侵攻が引き裂いた2人の時間
去年2022年2月、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始。
攻撃がいつまで続くのかわからない。さらに激しくなるかもしれない。
そんな不安を抱え、ユリアさんは夫と話し合って、隣国ポーランドに避難することにしました。
知り合いもいない、言葉も違う。そして何よりも、10年以上寄り添って一緒に過ごしてきた夫と離れて過ごさなければならない。
夫のいない暮らしに耐えられるかどうか、ユリアさんは不安でなりませんでした。
ひとりぼっちの暮らし
ひとりポーランドでの暮らしを始めたユリアさん。現地でジャーナリストの仕事を見つけることができました。
軍事侵攻で失った仕事を取り戻すことはできましたが、夫との時間は奪われたままです。
毎日、30分ほどビデオ通話などで夫の顔を見て、声を聞くことはできます。
ただ、大切な公園での散歩でつないでいた夫の手に触れることはできませんでした。
8か月ぶりの帰郷
ユリアさんは、年末年始に休暇を取って夫に会いに行くことにしました。
その数か月前から、首都キーウでもロシアによるミサイル攻撃が激しくなっていました。
ただ、ウクライナでは、成人男性は原則、国外に出られないことから、ユリアさんが帰らなければ、夫に会うことはできません。
数日間でもいい、ほんの少しでもいいから、夫と過ごしたい。
そんな思いから、危険があることは承知で、8か月ぶりにキーウに戻りました。
取り戻した5日間の“日常”
ユリアさんがキーウに帰って夫と過ごしたのは、5日間。
訪れたのは思い出の公園でした。
軍事侵攻の前と何も変わっていなかった公園。2人は、散歩をしたり、ベンチに座っておしゃべりしたりしました。
その間、ユリアさんは片時も夫の手を離しませんでした。
この時間がずっと続いてほしい。このまま終わらないでほしい。
大切な時間に終わりがこないように、ユリアさんは“これからのこと”は考えませんでした。
2人にとって、公園の中で過ごす時間は、軍事侵攻の前のままでした。
「覚悟はしている、でも…」
取材の最後、翌日には避難先にポーランドに戻り再び夫と別れなければならないユリアさんは、ときおり言葉を詰まらせながら、こう話しました。
「私はとても感情が表に出やすいので、何かあるといつも泣いてしまいます。また、夫と離ればなれになるのは自分のためだとわかっています。覚悟もしています。でも、あす夫と別れる時は、必ず泣いてしまうと思います」
ユリアさんが取り戻すことができた夫ミハイロさんとの時間は、ほんのわずか。
ロシアによる軍事侵攻が続く限り、また会えたとしても、その再会の時間にはすぐに終わりが来てしまいます。
いつになったら、2人には「日常」が戻ってくるのだろう。
取材を終え2人を見送りながら、やり場のない憤りが消えることはありませんでした。