ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が起こした武装反乱。
1日で事態は収まりましたが、実はウクライナ侵攻の前線で戦闘が一時的に収まるなどの影響が出ていた可能性が、衛星画像の分析から見えてきました。
さらに反転攻勢が続くなか、ロシア軍が占領地域で飛行場を建設する兆候も。
急展開する反転攻勢の最前線で今、何が起きている?
(国際部記者 杉田沙智代/おはよう日本ディレクター 後田麟太郎 /おはよう日本アナウンサー 小野文明)
分析したのは「衛星画像」解析の専門家
今回、分析にあたったのは、東京大学大学院の渡邉英徳教授です。
渡邉教授は、アメリカやヨーロッパの政府機関や企業などが撮影している人工衛星の画像データなどを収集して、今回のロシアによる軍事侵攻について、どこで何が起きたか分析を続けています。
ワグネル反乱で前線に変化?
民間軍事会社ワグネルの代表プリゴジン氏による武装反乱が起きたのは、今月23日でした。
翌24日には、ワグネルの部隊が南部ロストフ州にある軍の司令部を占拠。一時はモスクワを目指しましたが、夜になって一転、進軍を中止し、部隊を撤収しました。
これまで激戦地の東部バフムトなどで戦闘を続けていたワグネルによる反乱。
この時、前線はどうなっていたのか?
渡邉教授は、反乱による影響で、各地で戦闘がいったん収まった可能性を指摘します。
分析で使ったのは、人工衛星が観測した地上の熱源のデータです。通常は森林火災の発生場所などを把握するために活用されていますが、戦闘で起きた火災も多く反映されています。
地図上の赤い点が火災の発生、つまり戦闘が起きていたとみられることを示しています。ワグネルによる武装反乱が起きる前は、東部ドネツク州の各地で確認できました。激しい戦闘が行われていたとみられます。 しかし、反乱が収束した直後の23日からは、赤い点の数が減っていました。
東京大学大学院 渡邉英徳 教授
「やはり武装反乱の影響が出ていたと思います。
反乱の発生によってロシア軍の戦意が下がったのか、あるいはプリゴジン氏が言っていたように前線からワグネルが引き上げるという動きが、実際に起きた可能性があります。
いずれにしてもウクライナ軍としては、目の前の戦う相手がその場からいなくなれば、当然、戦闘もおさまり、それによる火災も少なくなったとみられます」
ダム決壊の現場では戦闘再開か
さらに渡邉教授が着目したのが、今月上旬に決壊した南部ヘルソン州のダム周辺の状況でした。
この場所ではダムの決壊によって、ドニプロ川の流域で大規模な洪水が発生し、広い範囲で浸水被害が起きていました。
決壊直前の6月5日時点の衛星画像。緑色に見える川の中州がロシア側が占拠していた地域です。
決壊後の画像では、その中州は完全に水没していました。
しかし、決壊から3週間近くたった今月25日時点では、中州の形が確認できるまで水が引いているのがわかります。
そして、さきほどの熱源のデータを見てみると、ドニプロ川周辺で赤い点が多くなっていることが確認できました。渡邉教授は水が引いたことでダム周辺での戦闘が再び始まったと分析します。
渡邉教授
「ロシア軍はもともと中州から北のウクライナ領内に向けて攻撃をしていました。
中州が水没したため、南側にいた部隊は撤退しています。水がないところに行く必要があったんです。6月9日時点では、ほとんどが水につかっている状態でしたが、いまはだいぶ水が引いています。
このため一時、撤退していたロシア側が、戻ってきているわけです。そして、ウクライナ側も水が引いたので、川を渡れる機会がめぐってきたんですね。
水が邪魔しないので歩兵や車輌をロシア側の南に送ることができる状態に徐々になってきて、再びここで戦闘が激しくなっていることが考えられます」
かつての激戦地で戦闘再び
今月から始まったウクライナ側の反転攻勢。そのなかで連日注目されているのが、東部ドネツク州の要衝バフムトの攻防です。
しかし、渡邉教授は、地上の熱源のデータの分析から、バフムト以外でもかつて激戦が起きた複数の場所で再び激しいせめぎあいが起きているとみられると指摘しています。
注目するのが、同じドネツク州北部の要衝リマンや隣のルハンシク州の要衝セベロドネツクなどです。
リマンは1年前の2022年5月にロシア軍が掌握しましたが、10月にウクライナ軍が奪還。セベロドネツクは2022年6月からロシア軍が占領しています。
渡邉教授
「1年前の今ごろ、リマンやクレミンナ、ルビージュネ、セベロドネツクの辺りが大変な攻撃を受けました。
これが1年たって、再び同じ場所で戦闘がおこなわれて、またせめぎ合いの場所になっています。ここから見えるのは一度実効支配したからといって、将棋ではないので、ゲームオーバーではないということです。
今、激しく戦闘が起きているのは、よくバフムトやトクマクの北とか言われますが、そういうところだけではなくて、かつて激戦が繰り広げられていた場所でも同じようにせめぎ合っています。
全体として見ると、ロシアが実効支配しているエリアと、ウクライナが奪い返そうとしているエリアで戦闘が行われているということが見えてきます」
ロシア軍の後方拠点を攻撃か
反転攻勢を進めるウクライナ軍。実際どのような戦術を展開しているのか。
「前線より後方の相手の支配エリアを遠くから効果的に攻撃する動きが見える」
渡邉教授が注目したのが、ロシアが占拠を続ける南部ザポリージャ州の、ある弾薬庫です。
今月16日時点の衛星画像では、複数の建物が並んでいるのが確認できますが、19日時点では跡形もなくなっています。渡邉教授は、18日にウクライナによるミサイル攻撃で破壊されたと指摘します。
この弾薬庫は、そばを通る線路と道路を使ってメリトポリやクリミア半島に弾薬や兵器を運搬するためのロシアの重要な拠点だったといいます。
ウクライナ軍のこうした後方拠点への攻撃は、ほかの場所でも…。
分析したのはザポリージャ州とクリミア半島を結ぶ道路です。橋の上に白く映っているのが、通行する車の様子です。
しかし、22日には橋の2か所が黒っぽくなり、損壊している様子が確認できます。
翌23日には、真ん中に新たな橋のようなものがかかっています。渡邉教授は、ロシア軍が橋そのものの修理はすぐにできないので、浮き桟橋をかけて車両を通れるようにしたとみています。
渡邉教授
「ウクライナは西側諸国から提供された飛び道具(巡航ミサイル)を使ってピンポイントで相手の拠点を攻撃することが実際にできています。
巡航ミサイルであれば射程距離が長いので、前線よりはるか後方にある拠点を効果的に狙い撃ちできるのです。弾薬庫を破壊すれば弾薬が無駄になりますし、線路も壊れればすぐには復旧できません。復旧には労力とコストがかかるわけです。
両軍が前線でせめぎ合っているというのに加えて、後方を攻撃する戦法が、かなり有効に働いているように見えます。長期的な効果が見込めます」
ロシア軍、占領地域で飛行場建設!?
一方、ウクライナ側の反転攻勢を受けるロシア軍。渡邉教授は、ロシア軍の占領地域での“ある動き”を指摘します。
ロシア側が占領する東部ルハンシク州の南側、国境からおよそ65キロメートルの場所の衛星画像です。
5月3日と6月20日の衛星画像を比べると、幾何学的な模様が現れたのがわかります。
渡邉教授は、飛行場が建設されている可能性を指摘します。
渡邉教授
「まっすぐ伸びているところが滑走路だとみられます。距離は1.4キロほどと短いですが、ヘリコプターであれば滑走する距離はいらないので、ここを使うことができます。
1か月ほどでどんどん工事が進んでいます。もしここが完成してしまうと、ウクライナ側は非常に困るわけです。
これまでは国境を越えてロシア領内の基地から攻撃が行われていたんですが、ウクライナ領内でロシアが支配している場所に新たに攻撃のための拠点ができてしまうおそれがあります」
マリウポリで“ロシア化”の兆候
今回の分析で、渡邉教授が驚くほどの変化が確認されたのが、ドネツク州のマリウポリです。
アゾフ海に面した湾岸都市で、2022年5月激しい戦闘の末、ロシアに占領されました。
ロシアにとっては2014年に一方的に併合したクリミアとロシア本土を結ぶ線上に位置する戦略的な要衝で、インフラ整備を進めるなど実効支配を着々と進めています。
衛星画像からは、ここ2か月で、さらに次々と新しい建物が建設されている様子が確認できるといいます。
東京大学大学院 渡邉英徳 教授
「去年は大変な侵攻が起きて悲劇のまちなどと言われましたが、どんどん建物ができています。このマリウポリはロシアが完璧に抑えている港町なので、おそらく手放したくないんだと思います。
建物が何に使われるのかその用途は不明ですが、体育館くらいのサイズで相当大きい。およそ2カ月で、これだけの規模の建物がたくさん建っていくのは、ただごとではないと思います。おそらくは軍事目的のものだろうと思われます」
取材後記
衛星画像などの分析から見えてきた各地の前線の最新状況。
これ以外にも渡邉教授は、ドネツク州のダムが破壊されていることを確認しています。衛星画像では、水がなくなり底が見えている状況で、農業用の灌漑設備にも影響が出ているといいます。
さらに戦闘が激しくなることが懸念されるなか、今後、どこで、どこまで被害が拡大するのか。
様々な分析ツールでその実相を明らかにするとともに、衛星画像などに映ることのない一般市民の営みがそこにあることも忘れてはならないと、改めて思いました。