
「支援してくれるのはEUだ!ロシアが何をした?」
「ロシアは面倒を見てくれた!」
ウクライナの隣国モルドバで取材をしていると、人々が突然言い争いを始めました。
ロシアによるウクライナ侵攻を受けてEU加盟を申請したモルドバ。しかし、現地では“脱ロシア”は容易ではないとの声も聞かれます。
いったいなぜなのか。そこにはロシアとの、切っても切れない関係がありました。
(ブリュッセル支局長 竹田恭子)
モルドバってどこにある?

ウクライナとルーマニア(EU・NATO加盟)の間にあり、面積は九州よりやや小さいぐらい。
人口はおよそ260万です。
豊かな土壌と昼夜の寒暖差を利用したブドウ栽培が盛んで、ワイン発祥の地の1つともされています。

そもそもモルドバってどんな国?
旧ソビエトの一部でしたが、1991年8月に独立を宣言しました。
ただ、東部のウクライナとの国境沿いにある「沿ドニエストル地方」は、1990年にモルドバからの分離独立を一方的に宣言。モルドバ政府軍との間で紛争となりました。

1992年に停戦で合意しましたが、ロシア軍が今も駐留するなど、ロシアの強い影響下にあります。
停戦合意のあと、憲法で国の中立を定めたモルドバですが、ロシアとの関係を重視するのか、欧米との関係を重視するのかで揺れてきました。
モルドバで何が起きている?
ウクライナの隣国であるだけに、モルドバはロシアの侵攻の影響をさまざまな形で受けています。
ロシアのミサイルがモルドバの上空を通過したほか、去年の秋には電力の供給に支障が出て、一時、大規模な停電が発生したこともあります。
2020年に誕生した欧米寄りのサンドゥ政権は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった直後にEU加盟を申請。
ことし2月には「ロシアがモルドバの政権転覆を企てているとする情報を得た」と発表してロシアを非難するなど、ロシアがモルドバの不安定化を狙っていると警戒を強めています。

ロシアによる侵攻で欧米寄り鮮明に?
モルドバの首都キシナウで5月21日、EU加盟を支持する人たちによる集会が開かれ、中心部にある広場はモルドバとEUの旗で埋め尽くされました。

照りつける太陽のもと、幼い子どもを連れた若いカップルからソビエト時代を生きてきた高齢の人まで、さまざまな人たちが「ヨーロッパ、ヨーロッパ」と声をあげました。
集まった人たちに話を聞くと「私たちの未来のために来ました。ヨーロッパのライフスタイルのほうがいいです」「望むのは国が豊かで自由になることです」などと口々に訴えていました。
国民はEU加盟でまとまっている?
世論は、EU加盟支持でまとまっているわけではありません。
ことし4月に行われた世論調査では、「もし国民投票が行われたら、EUか、(ロシア主導の)ユーラシア経済同盟、どちらへの加盟を選ぶか」という問いにEUと答えた人がおよそ59%、ユーラシア経済同盟と答えた人がおよそ23%いました。
「国民投票に参加しない、まだ決めていない」という人もあわせて17%近くいました。ロシアとのつながりを重視する人たちが今もいることを改めて示す結果となりました。

根強いロシア支持 なぜ?
これまでのロシアとの深いつながりに加え、ウクライナ侵攻の影響で物価が高騰し、人々の生活が苦しくなっていることが背景にあります。
首都から北に40キロほど離れた町オルヘイ。

一部の市民がサンドゥ政権に対するデモに参加していたと聞いて、町を訪れ市民に話を聞いてみました。
「年金だけではやっていけない」、「EUとロシア、どちらと関係を深めるほうがいいかわからない」と話す高齢の女性たち。
以前ロシアの建設現場で働いていたという37歳の男性は「ロシアと一緒のほうがいい。昔はなんでもあった。物価も下がりはしなかったが、こんなに高くはならなかった。サンドゥ政権には期待しない」と不満を口にしていました。
取材をしていると、人々が突然、言い争いを始めました。
「資金面で支援をしてくれるのは誰だ?EU、ルーマニアだろう!ロシアが何をした?ガスの値段を高くしただけじゃないか!」
「面倒を見てくれたのはロシアでしょう!ルーマニアではない!」
「ロシアに面倒を見てもらうなんて、とんでもない!」

ヨーロッパかロシアか。
市民の間で、意見が割れている実態を目の当たりにした瞬間でした。
“脱ロシア”は容易ではない?
サンドゥ政権はヨーロッパとの関係強化を進めていますが、独立後もロシアとの経済的な結びつきが強かったことから、完全にロシアとの関係を断つことは難しいのが実情です。
例えばエネルギーの分野。
モルドバでは今も電力の大半を、ロシアの天然ガスを使って発電する沿ドニエストル地方の発電所に頼っています。

モルドバ政府はロシア依存からの脱却を目指し、ルーマニア側から電力の供給を受けようと新たな送電線の整備を急いでいますが、その一部が完成するのにもまだ2年はかかる見通しです。
ことし2月にエネルギー省を新設し、エネルギー安全保障や調達先の多角化に本腰を入れているモルドバ。
それでも、エネルギー価格の高騰に苦しむ国民の負担を抑えるためには、今後も、ロシア産のガスを使った電力、という選択肢は手放せないと明言します。

パルリコフ エネルギー相
「モルドバにはまだロシア産のガスが必要です。EUでもまだ一部、ロシアのガスを使っています。われわれは小さく、脆弱な国なので、ロシアのガスを完全に手放すことはできません」
NATO加盟は望まない?
安全保障の分野でも、ロシアとの「対立」を人々は望んでいません。
ロシアによる隣国ウクライナへの軍事侵攻を受けて、モルドバ政府はロシアを“脅威”と位置づけ、防衛力の強化を急いでいます。

しかし、ウクライナがNATO加盟を強く求めているのとは対照的に、モルドバの人々は加盟に消極的です。4月の世論調査では、過半数のおよそ53%の人が「NATO加盟には反対だ」と答えました。
専門家は、市民がロシアの存在を強く意識していることが背景にあると指摘します。

クララル氏
「ロシアを刺激すれば、沿ドニエストル地方での紛争の再燃につながりかねないという不安が背景にあります。憲法で中立だと定めたことで、われわれは(ロシアにとって)脅威ではないと示したのです。
中立であることが、紛争に関与しないことを保証する、象徴的なものだと人々は考えています」
記者会見でサンドゥ大統領に、NATO加盟についてどう考えているのか聞いてみると、大統領はこう答えました。

サンドゥ大統領
「ウクライナを侵攻したロシアが、われわれの中立を尊重するなどと信じられるでしょうか。
今のところ、人々は中立を望んでいますから、私は私に認められた権限の範囲で、防衛力の強化に取り組んでいます。でももちろん、(同盟の)傘のもとにいたほうが国は安全でしょう」
国際的な関心 高まる?
6月1日、モルドバにヨーロッパ各国の首脳らおよそ50人が集結しました。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まったあと設立された、「ヨーロッパ政治共同体」の2回目の首脳会議が開かれたのです。

ロシアを含め、内外に結束を示すというねらいのもと、EUの枠を超えてヨーロッパの国が広く参加したこの会議。
開催国のモルドバにとっては「史上最大の国際イベント」。サンドゥ大統領は「EU加盟に向けた重要な一歩」と、意義を強調しました。現地では、開催地に選ばれたことそのものが、モルドバへの関心の高まりを示すものだと受け止められていました。
クララル氏
「ヨーロッパの人々はこれまで、モルドバがどのような問題に直面しているのか、理解しようとしたことはありませんでした。ソビエト崩壊後、EUの焦点はバルト三国にありましたが、その関心がわれわれにも向けられつつあります」
取材を終えて
来年、大統領選挙が予定されているモルドバ。
ふたたび親欧米の大統領が選ばれれば、欧米との関係強化やEU加盟に向けた手続きがさらに進み、親ロシアに戻る余地は少なくなるという声が現地で聞かれました。

一方で、経済的に苦しくなると、旧ソビエト時代を知る人、ロシアとつながりのある人などにとっては、ロシアとの関係強化が常に、もう1つの選択肢になりうる、と専門家は指摘します。
ウクライナで続くロシアの侵攻と、それに伴う物価高騰など生活への負担が、モルドバの世論に今後、どのような影響を与えるのか。 モルドバの行方はこの国だけにとどまらず、ヨーロッパ全体にも影響を与えるものとなりそうです。
