2024年1月11日
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台湾へ 海を渡った香港人ボクサーが伝えたい自由と民主の尊さ

ボクサーとして、私はリングの上でスポットライトを浴びていました。
でも、突然、将来が真っ暗になりました。

ある日、政府への抗議デモに参加したところ警察に捕まり、「暴動罪」で裁判にかけられました。何とか無実が認められたものの、その後も、何者かに尾行されるようになり、拘束への底知れぬ恐怖を感じていました。そして生まれ育った地を離れる決断をしました。

移住先でようやく手に入れた「自由」。でも今、みんなに伝えたいことがあります。
その自由、当たり前ではないよ、と。

移住先は台湾 ジムのトレーナーで生計

台北の雑居ビルの一角にあるフィットネスクラブ。

湯偉雄(42歳)さんは、週に3日、トレーナーとしてここで働いています。

元プロボクサー 湯偉雄さん

客に運動方法をアドバイスするなど、忙しい日々です。

でも、もともとは台湾出身ではありません。生まれも育ちも香港です。

いろいろなことを経験し、悩み、3年前、台湾に移住してきました。

苦労してつかみとった香港での成功と幸せ

香港で学校を卒業し、エアコンの修理見習いとして働いた湯さん。数年後、独立し自分の会社を作りましたが、事業は軌道に乗らず破綻しました。

そんなどん底を味わっていた時に、たまたま出会ったのがボクシングでした。友人から「気分転換になる」とタイ式のボクシング(ムエタイ)を勧められたのです。試合でKO勝ちすると、その面白さに目覚め、毎日練習に打ち込むようになりました。練習していたジムで後に妻となる女性とも出会いました。

そして、2015年からは総合格闘技にも参加し、プロの格闘家としてキャリアを積んでいきました。大勢の観客の前でリングに立つ実力もつけ、香港での暮らしには満足していました。海外に移住するなんて考えた事もありませんでした。

人生を変えた“暴動罪” 抗議活動に参加

しかし、2019年、湯さんの運命を変える出来事が起きました。

当時、香港政府は、容疑者の身柄を中国本土にも引き渡せるようにする条例の改正案を立法会(議会)に提出していました。これに反対する人たちがどんどん増え、街では、主催者発表で200万人近い市民(2019年6月16日)が参加する大規模なデモも行われました。

条例の改正案の撤回を求めるデモ(香港 2019年6月16日)

2019年7月28日のことです。当時、湯さんも、抗議デモに参加していました。その後、デモ隊と治安部隊が衝突し、湯さんはその場に居合わせました。でも、居合わせただけで、衝突には関わっていませんでした。

抗議デモに参加する湯さん(左)と妻(香港 2019年)

しかし、湯さんは、警察に逮捕されました。暴動に関与したという疑いがかけられたのです。逮捕を受け、ボクシングや格闘技の試合に出ることも認められなくなりました。

「いったいなぜ逮捕されなければいけないのか」

その後、「暴動罪」で裁判にかけられました。無実を主張し、最終的には無罪を勝ち取りました。ただ、その後も親中派のメディアから「香港の独立を主張する黒い暴徒」などとバッシングを受けました。何者かに尾行されるようになり、底知れぬ恐怖を感じていました。

湯さん
「あの頃は本当に怖かった。当局は、人が眠っている深夜にやってきて逮捕する傾向があったので、私も妻も普通に眠ることができなくなった。およそ1年にわたって非常に大きな圧迫を受け精神的な傷を被った。普通の人間としての生活が送れなくなっていた」

3万人が香港から台湾へ

その後、香港では2020年6月、反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」という法律が施行されました。民主派の活動家たちは相次いで逮捕され、政府への批判は厳しく抑えられました。結果、かつてのような抗議デモは姿を消しました。

香港では「愛国者による統治」の原則を進めるためだとして、選挙制度の変更も行われてきました。先月(12月)に行われた区議会議員選挙も中国政府を支持する親中派からの推薦がなければ立候補できない仕組みとなりました。

投票する香港政府のトップ 李家超 行政長官(2023年12月)

政府に批判的な立場の民主派は1人も立候補できませんでした。投票率は中国への返還後、過去最低の27.5%にとどまったにも関わらず、香港政府は「愛国者による統治というパズルが完成した」と胸を張りました。

この先、香港はどうなっていくのか。将来を憂い「香港国家安全維持法」の施行後、海外へ移住する人の流れはとまりません。主な行き先の1つが湯さんと同じ、台湾です。2020年以降の3年間で、香港から台湾へ渡り、居留許可を取得した人の数は3万人以上にのぼります。

気になる台湾の行方 「第2の香港にならないか」

おととし(2022年)、労働許可を得て、ようやく台北で安心して暮らせるようになった湯さん。今気になっているのが、この台湾の将来、そして、それを左右する台湾の総統選挙です。

湯さん自身は、台湾での選挙権は持っていません。ただ、今回の選挙が自分と妻の将来に大きく関わるとして固唾をのんで見守っています。

というのも、湯さんはもう香港には戻ることはできないからです。戻れば、台湾に来てから中国政府や香港政府への批判をしてきたことをとがめられ、逮捕されると考えています。

香港のパスポートは更新できず、すでに失効しました。湯さんにとって、台湾以外に行けるところはなくなりました。

湯さん
「もしも、ここでの人権状況が変わったり、民主的な制度が改変されたり、私たちを保護してくれた政策が変わったりしたら、香港の刑務所に入るしかないでしょう。私の将来に大きく影響することなのです」

安住の地を失わないか

与野党から3人が立候補する今回の台湾総統選挙。争点になっているのが、中国とどう向き合うのかです。与党・民進党は、アメリカなどと連携し中国の圧力に対抗する姿勢を示しています。一方、野党の国民党や民衆党は、中国との対話を訴えています。

国民党の選挙事務所

湯さんは、今回の選挙で政権が交代し、中国に融和的な立場の政権が誕生した場合、だんだん民主主義が後退するかもしれない、ゆくゆくは香港のように自由が狭まるかもしれないと懸念を強めています。

湯さん
「台湾の有権者には、親中ではなく、民主主義の制度を守る人を選んでほしい。民主制度が破壊されたなら、数十年かけて築き上げられたアジアの民主主義の砦に中国共産党が浸透し、第二の香港になってしまう。民主主義も、自由も、無くなってしまう」

作品展開催 「自由」「民主」を訴え

先月(12月)、湯さんは台湾の人たちに自由の尊さを知ってほしいと、台北市内で「香港人権作品展」を開きました。

香港人権作品展(台北 2023年12月)

2019年の抗議活動に参加した香港の人たち47人が今でも忘れられない思い出や言葉を描いた作品などを展示しました。

こちらの絵には、抗議活動の参加者を踏みつけるようなブーツの上に、「民主」「自由」「正義」の文字。その上にはさんさんと輝く太陽が描かれています。

これらの作品は、湯さんが個人的なつながりやSNSを通じて呼びかけて集めたものです。展示会には、台湾やヨーロッパのメディアも取材にかけつけました。

台湾に移住したメディア関係者も

取材するメディアの中にも、1か月ほど前に香港から移住してきた若者もいました。ネットメディアを運営する姜嘉偉さん(32歳)。

ネットメディアを運営する 姜嘉偉さん

2019年の抗議活動に関連してたびたび逮捕された経験があります。香港政府は”フェイクニュース”を取り締まる法律の制定を検討しており、危機感を抱いて台湾へ移ってきたと言います。

姜さん
「新しい法律ができれば、編集の自由はなくなり、別の角度から何かを見ることができなくなるだろう。私たちにできることはどんどん減っていき、ほとんど何もできなくなってしまう。香港に残ることがますますつらくなった」

「自由は当たり前ではない」

会場では、イギリスなどとオンラインで結び、香港から海外に逃れた活動家たち3人との交流会も開かれました。

フィンランドから参加した香港出身の男性は「香港では今、言論の自由や創造性など、人々の活力の源だった重要な価値が失われている」と嘆きました。

そして、湯さんもまた、会場の参加者に直接訴えました。

湯さん
「私たちの経験から言いたいのは、自由は当たり前ではないということ。みなさんが当然できると思っていることは、今の私にはもうできません。みなさんの1票を使って自由を守ってほしいのです」

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