2023年12月25日
台湾 中国 アメリカ 中国・台湾

米中“最前線”で何が

台湾を囲むように記された航跡。台湾国防部の発表資料は、中国軍機のかつてない動きを記録していた。

日本周辺の海域では、海上自衛隊が日常的に中国軍艦艇の活動を監視している。

東シナ海、南シナ海、そして太平洋で今、何が起きているのか。

(国際部 山下 涼太/ 社会部 南井遼太郎)

国家の意思

空母「カール・ヴィンソン」上の艦載機(2023年11月)

2023年11月、太平洋上。

航行するアメリカ海軍のニミッツ級空母「カール・ヴィンソン」の艦上から、最新鋭のステルス戦闘機F35Cがごう音を響かせて発艦した。艦上の艦載機が次々に洋上の青い空へと飛び立っていく。

その姿を甲板上に設けられたスペースから日米のメディアのカメラの砲列が撮影している。

公開されたのは自衛隊、アメリカ軍、オーストラリア軍、カナダ軍が参加する大規模演習。海上自衛隊が主催した「海上自衛隊演習」、通称「海演」だ。

これに先立ち、アメリカ海軍は沖縄の南の太平洋で「カール・ヴィンソン」と横須賀を拠点とする「ロナルド・レーガン」の2隻の空母を投入した訓練も実施。

海上自衛隊の大型護衛艦「ひゅうが」とともに展開し、緊密な連携を示してみせた。

日米共同演習(2023年11月)

空母の派遣は、「国家の意思を示す」ともいわれる。

アメリカはかつての台湾海峡危機(1996年)の際、2隻の空母を派遣。2017年に北朝鮮がミサイルの発射を繰り返した時には一時、空母3隻を展開させた。

そしてことし、ロシアによるウクライナ侵攻が続くなか、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が激化すると、東地中海などの中東地域で空母2隻の態勢をしいた。

そのさなかの今回の演習の狙いをアメリカ海軍第7艦隊の司令官は次のように表現した。

アメリカ海軍第7艦隊カール・トーマス司令官

「インド太平洋地域の安全は世界全体にとって重要である。空母『ロナルド・レーガン』と『カール・ヴィンソン』をここに展開させていることはアメリカ軍がこの地域がいかに重要と感じているかをはっきりと示している」

異常接近

アメリカがそう強調する理由。それがこの地域で軍事的影響力を拡大させようとする中国だ。

10月。アメリカ国防総省は飛行中のアメリカ軍機が中国軍機を撮影した動画を15本まとめて公開し、異常接近が相次いでいると非難した。こうしたかたちでの公開は極めて異例だった。

その1つ、5月に南シナ海上空で撮影したとする動画では、アメリカ軍機の航空機の進路を横切るような中国軍の戦闘機の動きが、7月に東シナ海の上空で撮影したという動画では、アメリカ軍機の近くで中国軍機が「フレア」と呼ばれるミサイルをかわすための熱源を発射する様子が捉えられている。

「フレア」を発射する中国軍機(東シナ海上空 2023年7月)

国防総省は中国軍の軍事動向を分析した年次報告書も公表。

アメリカ軍機への異常接近の事例が2021年秋からの2年間で180件を超えるとした。これはそれ以前の10年間の総数より多く、同盟国などに対しても同じ期間におよそ100件確認されたとしている。

中国軍の行動の狙いは何か。

報告書では「目的はアメリカやほかの国々に圧力をかけて、北京(中国政府)が領有権を主張する地域付近での合法的な運用を縮小、あるいは中止させることにある」と指摘。

さらにこうした危険な行動は「集中的で調整されている」として、パイロットなどの現場の判断ではなく、組織的に展開されていたと分析した。

中国軍の軍事動向を分析した年次報告書

応酬

これに中国側が応酬。

アメリカ側の発表のおよそ10日後、中国の国防省が記者会見のなかで動画を公開した。

中国国防省が公開した動画(10月26日公開 撮影は2023年8月と説明 )

動画は、ことし8月、南シナ海の西沙諸島、英語名パラセル諸島の海域で撮影したとされ、中国軍の艦艇の右側をアメリカ軍の駆逐艦が航行する様子を後方から捉えている。

そして2つの艦艇が交差するような場面で、アメリカ軍の駆逐艦が急に方向転換し加速して進路を妨害したという内容の字幕スーパーを出している。

会見で中国国防省の報道官は「アメリカはトラブルを起こすために中国の玄関口に来ている。中国は主権と安全保障、海洋権益を断固として守るために必要なすべての措置をとる」と述べ、危険な行動を取っているのはむしろアメリカ側だと非難した。

新たな動き

安全保障の“最前線”でせめぎ合うアメリカ軍と中国軍。

そうしたなか、台湾の周辺でもこれまでにない動きが出始めている。

4月、中国軍の空母「山東」が台湾の南側にあるバシー海峡を通過。その後、太平洋に初めて進出したのを自衛隊が確認。

9月、そして10月から11月にかけても太平洋に展開し、このうち2回はおよそ600回の空母艦載機の発着が確認された。

中国軍の空母「山東」(撮影場所は不明 2023年10月)

山東は2019年に就役した国産初の空母だが、中国軍が保有する空母としてはウクライナから購入して改修した「遼寧」に続く2隻目となる。

山東の一連の行動について、防衛省関係者は空母の運用能力を高める訓練で、「1隻目の遼寧よりも戦力化に向けたペースが格段に早く、着実に能力を向上させている」と指摘。

さらに次のような分析を明らかにした。

防衛省関係者

「台湾は南北に3000メートル級の山脈が連なっている。そして重要な軍事拠点は山脈の東側にあり、中国から見ると山脈を越えた向こう側に位置している。
仮に中国が台湾に軍事侵攻する場合は東側に回り込む必要がある。そこで東側の太平洋に空母を展開させて、アメリカ軍などを近づけさせないようにする戦術をとる可能性がある。
つまり太平洋での演習には、より実戦的な能力を得ようとする目的もあると考えられる」

“常態化”

台湾の周辺では、海上だけでなく空域でも変化があらわれている。

中国軍機が台湾により設定された防空識別圏に進入する動きを活発化させ、台湾海峡の「中間線」をたびたび越えるようになっている。

台湾国防部は、防空識別圏内に中国軍機が進入した場合、その航跡を発表しているが、去年1月からの資料を確認すると、変化が顕著になったのは2022年8月のアメリカのペロシ下院議長(当時)の台湾訪問以降。

この後、中国軍機はそれまではまれだった「中間線」越えを繰り返すようになり、“常態化”させるようになった。

発表資料には飛行時間は記されていないが、航跡を見る限り、時間もより長くなっていることもうかがえる。

中国の無人機「TB001」

進入する航空機の機種も多様化している。早期警戒管制機や爆撃機が確認されているほか、2022年9月に初めて確認された無人機の飛行が増加している。

飛行の範囲も拡大。2023年に入ってからは無人機が台湾の南側のバシー海峡上空を飛行し、台湾南部へ深く進入する動きを見せるようになり、4月に初めて台湾の周辺をぐるっと回るような動きが確認された。

台湾の周囲を回る無人機の航跡(赤)と防空識別圏内に入った中国軍機の航跡(緑)

使用された無人機は「TB001」。中国語で「双尾蝎」と呼ばれている。

台湾の周囲を回るような無人機の動きはその後、5月、8月、10月と少なくとも4回確認されている。

台湾情勢に詳しい拓殖大学の門間理良教授はこの1年あまりの変化はこれまでになく急速だと指摘する。

拓殖大学 門間理良教授

門間教授

「台湾国防部が航跡図の発表を始めた当初は、哨戒機による1、2往復程度の単純な活動だったが、今では1日に数百回を超える日もあり、飛行形態を見ても、非常に難しいオペレーションをこなせるようになっている。
台湾の周囲を回るような飛行には、情報収集や無人機のパイロットに経験を積ませる目的に加え、台湾本島の空域がすでに中国側の空域でもあるということを示す狙いがあるのではないか」

そして日本へ

中国が軍事的影響力の拡大の最前線で活用する無人機。

その影響は日本にも及び始めている。

防衛省は2021年8月、中国軍の無人機の太平洋への進出を確認したと初めて発表。それ以降、同様の発表が2022年は4件、2023年は8件(11月末時点)と増加している。

沖縄本島と宮古島の間を飛行する中国の攻撃型無人機(2022年)

また無人機は2021年には有人機とともに飛行していたが、2022年7月には無人機の単独飛行を確認。同8月、アメリカの下院議長の台湾訪問後、初めて中国が台湾周辺で実施した軍事演習では、推定も含め無人機3機が同時に展開した。

防衛省幹部は中国が無人機の運用能力を飛躍的に向上させていると強い警戒感を示す。

防衛省幹部

「偵察型から攻撃型まで数種類を運用し、能力を着実に上げている。
情報収集、警戒監視のほか、ミサイルを導くため、位置情報を送ったり、狙った場所に撃ち込めているかカメラなどで確認したりする能力もあると推測される。
目的はケースバイケースだが、相手が無人機であっても、対領空侵犯措置のスクランブル(緊急発進)は有人の戦闘機で対応するため、負荷がかかっているのは否めない。これは中国による一種の消耗戦略でもある」

2つの“大国”

2023年11月15日。アメリカのバイデン大統領と中国の習近平国家主席は、サンフランシスコで実施された1年ぶりの会談でおよそ1年、開かれてこなかった国防相会談の再開や軍どうしの対話で合意した。

その一方、バイデン大統領は台湾周辺での中国の軍事活動が緊張と懸念を高めているとして「中国は戦略を考え直す必要がある」と指摘したという。

米中の軍事面での意思疎通が再開へ向かっていることは前進だが、それは偶発的な衝突を防ぐ「最低限」の対応策にすぎない。そして米中の競争の構図は今後も変わらないとみられている。

「この地球は中米両国を受け入れることができる」

首脳会談でこう発言した習近平主席。そこには世界で影響力を強め、アメリカと並ぶ大国になったという自信がにじむ。“大国間競争”の最前線となっているインド太平洋。そこでの双方の動きを今後も注視する必要がある。

(11月15日 おはよう日本で放送)

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る