2023年8月17日
オーストラリア 中国 アメリカ

変わる自衛隊 “離島奪還”多国間訓練の現場で見えたものとは?

「これ以上撃つな!」

午前6時45分。

湿気混じりのひんやりとした空気に響いていた銃声がやむ。
朝露にぬれた草地に展開した迷彩服姿の隊員たちが茂みのなかをゆっくりと前進する。

7月から8月にかけてオーストラリアで実施された、離島奪還を想定した多国間訓練。
参加した自衛隊の部隊は実戦を強く意識した動きを見せていた。

今、防衛の現場で何が起きているのか。
15日間、密着した。

(社会部記者 須田唯嗣/前シドニー支局長 青木緑 /ワシントン支局記者 渡辺公介)

波間の黒い点

7月下旬。オーストラリア東海岸の砂浜で早朝から待機していた撮影クルーは大雨でかすむ水平線に目をこらしていた。

冬の南半球、気温は10数度、体はすでにずぶ濡れだった。

灰色の空の下、不意にぽつんとした2つの黒い点が浮かぶ。徐々に近づき大きくなる点を見つめていると、その巨体とエンジン音を認識できた。

海上自衛隊の揚陸艇LCAC。大型のホバークラフトのような幅15メートル、長さ28メートルほどの船体には中央に大型の車両が並んで載せられるスペースがあり、その両側に操縦席と隊員の座席が配置されたコンテナ状の構造物がある。

上陸と同時にその構造物の扉が開き、迷彩服姿の隊員が次々と降り立ち、20式小銃を手に砂浜の四方に展開する。

陸上自衛隊の上陸作戦の専門部隊、水陸機動団第1水陸機動連隊の隊員たちだ。

63人の隊員たちは砂浜の安全を確保したあと、およそ2キロ離れた別の海岸に上陸する予定のアメリカ海兵隊第3海兵遠征軍の隊員たちと合流するため、相手役を制圧しながら2キロ先の目標地点に向けて前進する。

奪われた離島を、日米をはじめとする多国間の部隊共同で奪還するのが任務だ。

魔よけの軍刀

オーストラリアで7月下旬から8月初旬にかけて実施された米豪主催の多国間訓練「タリスマン・セイバー」。

「タリスマン(talisman)」は魔よけや護符、「セイバー(saber)」はサーベルのことで、「『魔よけの軍刀』という意味がある。国家を守り抜くという意志が込められている」。

自衛隊の担当者が説明する。

多国間演習の開会式 (2023年7月 シドニー)

2005年に始まったこの訓練は当初、米豪の2国間の枠組みだったが、8年前から自衛隊が参加。

その後、イギリスや韓国も参加して多国間化が進み、10回目となる今回は新たにドイツ、フランスなども加わって、参加国は13か国と過去最大規模となった。

アメリカ海軍 デル・トロ長官

「共通の価値観で緊密に結ばれた各国が、安全保障上の利益と価値観を守るためにともに行動する準備ができているというメッセージになる」

7月21日、シドニーで行われた開会式でアメリカ海軍のデル・トロ長官は訓練の狙いをこう語った。

その“メッセージ”の相手。それがアジア太平洋地域で急速に軍事的影響力を拡大する中国であることは明らかだった。

空母「遼寧」(2017年)

アメリカ国防総省の報告書によると、中国人民解放軍海軍の戦力は2021年時点で340隻。2025年には400隻になると見込まれている。

これに対しアメリカ軍でこの地域を管轄するインド太平洋軍は200隻。

航空戦力も中国の2800機に対し1100機と、数だけを見ればアジア太平洋地域での軍事力は中国が圧倒的に上回っている。

こうした状況を受けてアメリカのバイデン政権が打ち出したのが「統合抑止」という戦略だ。

同盟国や友好国とさまざまな領域で連携して、戦争を防ぐための抑止力を全体的に高める構想で、アメリカ軍は各国との連携をこれまで以上に強化している。「タリスマン・セイバー」の多国間化にはこうしたアメリカの戦略が投影されている。

“反撃能力”のいま

これに歩調をあわせるかのように日本政府は2022年、新たな国家安全保障戦略を決定。

相手のミサイル発射基地などを攻撃できる「反撃能力」を保有し、防衛力を抜本的に強化する方針を示した。この戦略のもと、自衛隊は能力、装備ともに質的に変化しようとしている。

その象徴ともいえる訓練が今回、オーストラリアの現場で実施されていた。

南部ジャービスベイ。

訓練開始に間に合うよう午前4時にホテルを出て軍の施設に向かい、生い茂る木々の間をぬうように真っ暗な砂利道を進むこと20分。

ふと開けた場所の高台にそれはあった。

「12式地対艦誘導弾」。

今後、改良されれば、将来の「反撃能力」の一角を担う可能性のある陸上自衛隊のミサイルだ。

車両は海を望むように停車し、荷台部分に積まれたミサイルの発射装置の発射口が曇り空に向いている。

現在の射程は百数十キロだが、政府は将来的に相手のミサイルの射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」の1つとして、長射程化した「能力向上型」の開発を決めている。実現すれば射程はおよそ1000キロに伸びるとされている。

このミサイルの実射訓練は日本国内ではさまざまな制約から実施できないため、部隊は年1回ほどアメリカの訓練場に出向いてきた。オーストラリアでは今回が初めてだ。

訓練ではオーストラリア軍の無人機「S100」と自衛隊の無人機「スキャンイーグル」が沖合を航行する目標(オーストラリア軍の無人艇)の位置を捕捉。

その情報をもとにミサイルを発射する。

オーストラリア軍の無人機「S100」

午前6時、S100が離陸。

午前7時15分、発射を判断する地対艦ミサイル部隊の指揮所にオーストラリア側から目標発見の情報が届く。

位置情報も送られ、部隊でレーダー情報とあわせて分析する。

発射される「12式地対艦誘導弾」

午前8時23分。指揮所からカウントダウンの声。これを聞きながら発射機を見つめる。

その瞬間、轟音と地鳴りとともに煙があがり「12式地対艦誘導弾」が発射口から猛烈な勢いで発射された。

ミサイルは一定程度上昇した後、角度を水平方向に変え、途中でブースターが切り離されるところまで肉眼で追うことができた。

陸上自衛隊によると、ミサイルは想定した場所に着弾したことが確認されたという。

陸上自衛隊第5地対艦ミサイル連隊 秋山洋三 連隊長
「日豪の連携については十分に手応えがあると考えている。今回の訓練を通じて、オーストラリア軍の存在をとても心強く感じている」

従来からの訓練の“質”も変化

将来の「反撃能力」の一端を垣間見た「12式地対艦誘導弾」の実射訓練。

これを皮切りに、訓練は離島の奪還を想定した実際の作戦に沿うようにオーストラリアの各地で展開されていった。

離島に侵攻した相手部隊や飛来してくる相手の航空機を多国間の部隊による地対地ミサイルや地対空ミサイルなどで攻撃。

増援にきた相手の艦艇を地対艦ミサイルで攻撃したあと、日米の艦艇が目標の島に接近。部隊を上陸させて相手部隊を制圧し、島を奪還するという流れだ。

訓練も最終盤にさしかかった8月初旬。

撮影クルーはシャービスベイから北に1400キロあまり離れたスタネージにいた。

島の奪還に向けた上陸作戦を取材するためだ。

陸上自衛隊の水陸機動団から派遣された第1水陸機動連隊の西田喜一連隊長が今回の狙いを語った。

水陸機動団 第1水陸機動連隊 西田喜一連隊長
「これまでの訓練は水陸機動団としての能力の向上に軸足が置かれていたが、どうやって日米で相互運用性を高めていくかというところに目標が変わってきている。一緒に任務を遂行するであろうということも念頭に置きながら、より実戦性を意識したものになっていると思う」

アメリカ軍から上陸作戦の手法を学んできたいわば「教えられる側」からアメリカ軍とともに作戦を実施する段階に移ったというのだ。焦点は上陸後の作戦行動にあるという。

訓練では日米の部隊が上陸後にいったん集結。

そこから分かれて、日本側が陸地側の目標Fを、米側が沿岸部の目標Cを確保。

前進するラインをそろえた上で、日本側が目標Dに向かい、米側がその反対側から挟撃する。

実は過去の日米の共同訓練では同じ場所にはいながらも、目標は別々で、内容もそれぞれだったという。

このため1つの目標に向かって連携するという今回の訓練は部隊にとっては初めての想定だった。

アメリカ側の部隊は沖縄を拠点とする海兵隊第3海兵遠征軍。
もし有事が起きれば、実際に連携する可能性がある部隊だ。

午前6時、撮影クルーが小高い丘に設定された目標Dに向かうと、ふもとの茂みに分散して隠れる第1水陸機動連隊の隊員の姿があった。

迫撃砲による援護射撃が終わったという状況のなか、中隊長が通信役に「これから前進して敵役を圧迫するが、友軍射撃されぬように米の部隊に日側が動くことを伝えること」と指示を出した。

銃には「ブランク」と呼ばれる空包が込められている。

午前6時45分、茂みから隊員が飛び出すと同時に相手役との交戦が始まる。朝もやのなか、丘の周辺に激しい銃声が響く。5分ほど交戦が続いたあと、隊員数人が時折小銃を撃ちながら、丘の頂上に向けて前進していく。

「やめ!」

「これ以上撃つな!」

「2分隊は左を、1分隊は右!」

小隊で声を掛け合う姿が確認できる。部隊は丘を越えて前進を続け、最後は目標Cの場所に下がっていた米の車両と合流。相手の制圧と目標地域の確保を確認し、一連の想定を終えた。

水陸機動団 第1水陸機動連隊 森山洋幸 第1中隊長
「目標Dは私たち単独では難しい部分があった。このような連携は考えることがすごく多いと思ったが、ここまで連携できるとは私も思っていなかったので、手応えがある。私たちがこのように動けるということをアメリカ側が感じてくれているのであれば、連携はどんどん深化していくと思う」

「実戦的な能力」の向上

日米同盟は安全保障環境の変化とともに、連携のあり方が検討され、見直されてきた。

そして今、アメリカを取り巻く戦略環境の変化と日本の安全保障政策の転換により、新たな段階へと踏み出そうとしている。

アメリカのランド研究所で日本の防衛政策やアジア太平洋地域の安全保障を研究するジェフリー・ホーナン上級政治研究員はアメリカにとって自衛隊の「実戦的な能力」の向上こそが重要な意味を持ち、今回の「タリスマン・セイバー」はその貴重な機会になっていると指摘する。

ジェフリー・ホーナン上級政治研究員
「アメリカは20年前、インド太平洋地域で突出した軍事大国だったが、いまはその地位にはいない。アメリカは日本やオーストラリアのような同盟国が後方支援や強襲作戦など大規模な紛争に必要となる重要な能力を向上させる訓練だと捉えている。アメリカの最も重要な優位性は同盟国だ。同盟国や友好国は世界中でアメリカ軍に基地や施設を提供しているが、これは中国にはないものだ」

変貌の先に

訓練への密着取材を通じて見えた自衛隊の質的な変化。その変ぼうの先に何があるのか。

国際政治学者の神保謙教授は自衛隊にとって遠方から攻撃する「スタンド・オフ防衛力」などの新しい能力をアメリカ軍との協力のなかでどのように組み合わせていくのかが重要な課題となると分析する。同時に中国とコミュニケーションを続け、互いの意図と能力を理解する努力が不可欠だと指摘する。

慶應義塾大学 神保謙教授
「中国が仮に意図的な現状変更の行動を取った時にはそれに備える態勢を作っていく。ただし中国がより建設的な役割を果たすということになったら、それに応じた形で包摂的な枠組みを作る。
こういう考え方というのが安全保障の体制を考えていくときには非常に重要だ。平素のコミュニケーションを通じて、お互いの意図と能力をより深く、正確に把握するという努力が大事で、意図しない衝突が起きても、それを制御できるような危機管理のメカニズムというものも大事だと思う。それがこの距離が近い両国が強大な軍事力、防衛力を持って向き合っていくための必須の条件だ」

取材後記

神保教授が指摘した平素のコミュニケーションの重要性。

日中の間ではタリスマン・セイバーの数日前、自衛隊と中国軍の幹部どうしの交流事業が4年ぶりに対面で行われた。

自衛隊の幹部13人が中国軍の基地や部隊を訪れて意見を交換し、ことし9月には中国軍の代表団を日本に受け入れる方向だという。

ことし5月には両国の防衛当局どうしが偶発的な衝突を防ぐために直接連絡を取り合う「ホットライン」の運用を始めている。

多国間訓練などを通じて戦争を起こさせない抑止力の構築に取り組むと同時に、中国との対話も模索する防衛省・自衛隊。

タリスマン・セイバーの現場で若手の自衛隊員が「有事に備えてはいるが、備えは備えであって欲しい」とつぶやいたのが頭に残った。

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