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2023年8月1日
ウクライナ ロシア

“ほぼ全財産”を投じウクライナを支援 26歳日本人女性の思いとは?

「自分がやらないとウクライナのアニメが公開されない、絶対に私がやるべきだと思って。ほぼ全財産を使って配給権を買いました」

こう話すのは、1人の日本人女性です。

ウクライナで制作されたアニメ映画を、日本で上映したい。

彼女はその思いから、その映画の配給権を自腹で購入。

なぜそこまでして、映画の上映を目指すのか?

女性に話を聞かせてもらいました。

(国際部記者 松本弦)

自分にできることはないだろうか

「ウクライナのために『自分も何かしたい』っていう思いが一番にあります。いろんなやり方があると思いますが、私は日本の人たちに、ウクライナの文化を知ってもらうことが、自分なりの貢献の仕方じゃないかなと考えています」

こう話すのは、ウクライナのアニメ映画を日本で上映しようとしている、粉川なつみさん(26)です。

粉川なつみさん

もともと、都内の映画配給会社で、海外のアニメを国内で上映する仕事などに携わり、忙しい日々を過ごしていた粉川さん。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、大きな衝撃を受けたといいます。

SNSを通して流れてくる、ミサイルによってウクライナの人たちが命を落としたという情報や、家が燃える映像。

侵攻直後に砲撃を受けたキーウの建物

粉川さんは、そうしたことが同じ世界で、いままさに起きているとはすぐに信じることはできませんでした。

日本から遠く離れたウクライナのために、映画業界にいる自分にできることはないだろうか。

そんなとき、頭に浮かんだのが、ウクライナのアニメ映画を日本で上映することでした。

家賃も払えなくなるほど…

粉川さんは、軍事侵攻が始まる前、海外アニメを国内で上映する仕事をする中で、ウクライナの首都キーウにあるアニメスタジオとやりとりをしたことがありました。

侵攻後、スタジオのスタッフの安否確認も含めてやりとりを続ける中で、ウクライナのアニメ映画を日本で上映して、支援につなげたいという思いを強めていきました。

粉川なつみさん

そのスタジオが制作した1本の映画を、日本で上映することを勤め先の会社に持ちかけます。

しかし、スケジュールの都合ですぐに公開することは難しく、断念せざるをえませんでした。

ただ、粉川さんは「自分がやらなければ、このウクライナのアニメ映画が日本で公開されない」という思いから、ある行動に出ます。

映画配給会社を退職し、自腹で映画の配給権を買い取ることにしたのです。

その価格について、契約上具体的な数字は明かせないとしながらも、粉川さんは、次のように話しました。

「ほぼ全財産を使って配給権を買いました。働いてためていた貯金をほぼ使って、家賃が払えなくなるほどでしたが、知人から仕事を紹介してもらいながら、なんとか生活をやりくりしました(笑)」

「映画には人の心を動かす力がある」

粉川さんをそこまで突き動かすのは、彼女自身の“映画体験”があるのだといいます。

幼い頃、粉川さんが映画館で初めて見た映画は『ハリー・ポッター』。

魔法の世界がまるで現実に存在しているかのような映像表現。そして、自分もその世界にいるかのような没入感。

粉川さんは、大きな衝撃を受け、映画にすっかり魅了されたといいます。

映画は見る人にたくさんのものを届けて、心に残すことができる。人の心を動かす力がある。

その映画の力、可能性を信じる粉川さんが出会った1本のアニメ映画。

ウクライナのアニメ映画のワンシーン

売れない俳優の主人公とキーウの王女が恋に落ち、困難を乗り越えながら悪の魔法使いに立ち向かうというまっすぐなストーリーは、粉川さんの幼い頃の映画体験を思い起こさせる、わくわくしたものでした。

かつての自分と同じように、多くの子どもたちがこのアニメ映画を楽しみ、ウクライナという国に触れるきっかけになってほしい。

会社を退職してまで、この映画を日本で上映しようという粉川さんには、こんな思いがありました。

粉川なつみさん

「日本の小さい子どもたちからすると、戦争がなぜ起きたのかっていうのはやっぱり難しいことだと思うんですね。でもこの映画を見て、『ウクライナっていう国があるんだ』というところから入ってくれる子どもがいたら、それは私にとってすごくうれしいことですし、日本で上映する意味でもあります」

吹き替えの声優には避難民も

映画の配給権を買った粉川さんは、すぐに実際の上映の実現に向けて動き出します。

1人でも多くの子どもたちが楽しめるようにと、アニメの日本語吹き替え版を制作することにしたのです。

こうした作業も、会社を退職したため、粉川さんが1人で進める必要がありました。

声優を探す中で、粉川さんは、軍事侵攻を受けて2022年3月にキーウから日本に避難したウクライナの避難民の男性、ドミトリー・クドリャフツェフさんのことを知りました。

収録に臨むクドリャフツェフさん

クドリャフツェフさんは家族をウクライナに残し、日本で避難生活を送っていて、日本語を学び、日本で声優になることを目指していました。

粉川さんは、映画の吹き替え版に声優として参加してほしいと、クドリャフツェフさんのSNSにオファー。

クドリャフツェフさんは、突然のことに驚いたものの、返事に迷うことはなかったといいます。

クドリャフツェフさん

「粉川さんから急に連絡が来て、びっくりしました。もともと声優を目指したところに戦争が始まって。自分にできることは、いろんな方法で『ウクライナを支援してください、応援してください』と伝えることだと思っていました。だから、迷わずオファーを受けたいって思いました」

粉川さんは、クドリャフツェフさんの出演がウクライナで話題となり、現地の人たちを元気づけることにつながってほしいと考えています。

「彼が日本で映画に出演してくれるのは、ウクライナの人たちにとってもすごくうれしいニュースになると思います。ドミトリーさんと直接話して避難した時の話を聞き、なんとしても映画の上映を実現しなくちゃと思うようになりました。この映画を日本で広めることが私の使命なんだって」

最後まで全力で

映画を上演するためには、吹き替えのキャスティングのほかにも、上映館の調整、宣伝、PR映像の編集など、多くの作業とともに費用もかさみます。

映画のポスター

粉川さんは配給権を獲得するために自己資金を使い切ったため、それ以外にかかる費用を集めようとクラウドファンディングで資金を募りました。

すると、数か月で700人近くから900万円を超える金額が集まりました。

そして、2023年6月。約7か月間の制作期間を経て吹き替え版が完成し、試写会が開かれました。

試写前にあいさつする粉川さん

粉川さんがその場に招待したのは、クラウドファンディングに協力してくれた人、吹き替えの声優、制作に協力した人など、この映画に関わった人たちです。

上映時間は約1時間30分。試写会を終えたあと、映画を見た人たちの反応は想像以上のものでした。

クラウドファンディングの支援者

「クオリティーが本当に高くて驚きました。こういうアニメがウクライナで作られているというのは知らなかったですし、驚きました。本当にストレートにプリンセスと王子の話で、最近、逆にあまりないぐらいピュアな気持ちになって、見た人の心に何か残していく感じがします」

映画は9月に公開される予定です。

粉川さんはそれまでに宣伝用のポスターの作成や、関連イベントの開催といった作業を進め、上映を実現するために、最後まで全力で走りきることにしています。

粉川なつみさん

「本当にここまで来るのがすごく長かったので、感無量です。まだまだやることはたくさんあるので、私もここから全身全霊で頑張らないといけないです。私は映画業界で働いてきたので、ウクライナの映画文化を日本に伝えたいと思っています。この映画が、ウクライナを知るきっかけになればいいなと思います」

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