2022年11月4日
アメリカ中間選挙 アメリカ

損失は年間3兆円 中絶めぐりビジネス天国テキサスに異変

「もうここではやっていけない」
アメリカ南部・テキサス州の企業はいま、大きく揺れています。

その理由は、中間選挙の争点の1つ、人工妊娠中絶をめぐる問題です。

中絶を厳しく規制する州の企業に投資がつくのか。ここで働きたいという優秀な若者は見つかるのか。
テキサスで働く人々が抱える葛藤とは。

(ロサンゼルス支局 山田奈々)

オースティンを去ろう

シリコンバレーなどからIT企業が多数移転し、新たな「テックハブ」としても注目されるテキサス。

「そんなテキサスでいま、異変が起きている」。

そう教えてくれたのは、州都オースティンで不動産業を営む、テレサ・バスティンさんでした。
店名は「Let’s Move Austin(オースティンに引っ越そう)」。

しかし、いま実際に起きているのはその逆「Let’s leave Austin(オースティンを去ろう)」だと嘆くバスティンさん。ここ数か月で50人ほどの顧客がテキサスから出て行ったり、出ていくことを検討したりしているというのです。

その背景にあるのは、テキサス州の中絶をめぐる規制です。

実質的に人工妊娠中絶を禁止するという全米でも厳しい規制が導入され、これに反対する人たちが次々にテキサスを去る選択をしているといいます。

テレサ・バスティンさん
「20年以上、不動産業をやっていますが、政治的な理由で人々がテキサスを去るのを目にするのは初めてのことです。経営者や大学の教授、スタッフ、それに不動産業界の仲間など、この地域に残ってほしい人たちが『もうここではやっていけない』と話し、去ってしまうのは残念です」。

娘のためにテキサスを去る

IT企業で働く夫と14歳の息子、9歳の娘と、テキサスで10年以上暮らしてきたジェシカ・ヘイズさん。

ヘイズさん一家

ヘイズさんは子育てが一段落し、企業の幹部の秘書として再び働き始めたばかりです。
しかし、せっかく手にした仕事を辞めてでも、娘のためにテキサスを離れるべきだと考えたと言います。
引っ越し先に選んだのは、中絶に比較的寛容な西部・コロラド州でした。

ジェシカ・ヘイズさん
「中絶は女性の権利だとする49年前の判断が、連邦最高裁判所によって覆されたことが、テキサスから出ていくことを決断させました。9歳の娘にとって、中絶の規制をめぐる問題はとても近い将来の懸念です。娘は仲良くなった友人たちと離ればなれになることを嫌がりましたが、私たちは決して彼女を傷つけるためにこの選択をしている訳ではない。移住は真剣に考えた結果なんです」。

ビジネス天国 テキサス

州の法人税がないなど、税制度のメリットから、移転してくる企業が年々増えていたテキサス。

テキサス州 ヒューストン

特に、全米の中でも税金や家賃が高いカリフォルニア州からの移転が多く、スタンフォード大学の研究所がまとめた調査では、2018年1月から2021年6月までの3年半で少なくとも113社が本社をテキサスに移転したことがわかっています。

最近では、電気自動車メーカーのテスラや、ソフトウエア大手のオラクルなど、名だたる企業が相次いでテキサスへと本社を移転し、話題となりました。

苦悩するスタートアップ企業

ただ、ビジネスを始めたばかりで資金的に余裕のないスタートアップにとっては、たとえ中絶の規制に反対の立場だとしても、すぐに州外への移転を決断するのは現実的ではありません。

2年前にテキサス州ヒューストンでビジネスを立ち上げたジョシュ・ヘラーさん。

最新の通信規格=5Gの通信環境を整えるためのデバイスの開発と設置を手がけるスタートアップのCEOです。

中絶をめぐる厳しい規制の影響で、ビジネスに必要な人材や資金が、今後、手に入らなくなるのではないかと懸念しています。

ITスタートアップ企業 ジョシュ・ヘラーCEO
「事業を拡大するにあたっての課題は、テキサス州の保守的な政策のせいで優秀な人材や投資が集まらなくなってしまうのではないかという点です。多様な価値観を受け入れ、従業員が安全だと感じられる環境が理想的ですが、州外に住んでいる人たちに今、テキサスへ来てもらうのはなかなか難しいかもしれません」。

先輩起業家や投資家からヒント探る

9月中旬。

人材確保や資金集めに不安を抱えるヘラーさんの姿は、テキサスの中でもいま最もIT系のビジネスが熱い、サンアントニオにありました。

イベントに参加するヘラーさんたち

起業家支援のイベントで、第一線ですでに成功している起業家のほか、駆け出しのスタートアップに多額の投資をしている投資家たちの話に真剣に耳を傾けていました。

中絶の規制などの政策がビジネスに与える懸念についても議論を交わしたヘラーさん。先輩起業家から、優秀な人材は州外のリモートワーク限定だとしても確保すべきだというアドバイスを受けました。

機器の設置やメンテナンスなど、テキサスにいなければできない業務も多くあるため、ヘラーさんは不安を抱えながらも、当面はテキサスに残ろうと考えています。

ITスタートアップ企業 ジョシュ・ヘラーCEO
「経済面でテキサスに会社を構えることは多くの利点があります。中間選挙は、人々が自分の意見を反映する良い機会です。テキサスを、意見が異なる人たちも一緒に集まって、起業したいと思える場所にできればいい」

損失は年間3兆円に

中絶の規制は決して女性だけの問題ではなく、地域経済全体に影響を及ぼす深刻な問題だと指摘する専門家もいます。

テキサス経済を分析する レイ・ペリーマンさん
「ビジネスが開花する場所は、大企業や投資家が集まりたいと思える開かれた場所でなければなりません。
中絶の規制の問題を含め、多様性を重視しないテキサス州の政策を理由に、実に60万もの雇用が失われてしまうとみています。さらに、この問題がテキサス州に与える経済的な損失は年間200億ドル、日本円にしておよそ3兆円にのぼると試算されていて、中絶をめぐる問題の潜在的なインパクトはとても大きい」。

取材を終えて

今回の取材を通じて、女性特有の問題と捉えられがちな中絶の規制をめぐる問題が、経済にも大きな影響を与えることを実感しました。中絶の規制が厳しい場所でのビジネスの継続に不安を抱いたとしても、小規模なビジネスの経営者など、資金的な事情などからすぐに別の州へ「逃げられない」ケースも多くあります。

「投資家は、中絶の規制を支持しているという印象を与えるような投資は行いたがらない」といった指摘もある中、テキサスだけでなく、インディアナ州やミシシッピ州など中絶の規制が厳しいほかの州でも、企業への投資が滞っているおそれがあります。 地域経済だけでなく、アメリカ経済全体に影響を及ぼしかねないこの問題が、中間選挙の結果をどう左右するのかしっかり見届けたいと思います。

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