2023年3月31日
世界の食 中国 中国・台湾

「お金を稼ぎたい」6人に1人失業の中国 若者が集まる夜市とは

「お金を稼がないといけません。満足できる暮らしにはほど遠いからです」。

そこは屋台が建ち並び、にぎやかな場所でした。しかし、その華やかな雰囲気とは裏腹に、働いている人たちは、みな将来への不安を口にしていました。

若者の6人に1人が失業しているという中国。

その実態を知ろうと、私は仕事や収入を失った人が集まるという「夜市」を訪れてみることにしました。

(中国総局記者 松田智樹)

「車のトランク」で夜市

「若者たちが次々に集まる変わった屋台街がある」

中国のSNSに書き込まれた情報を頼りに、私はさっそくその場所に向かいました。

中国 重慶

内陸部の大都市・重慶。中心部の商業施設のそばには、午後3時すぎから車が次々と集まってきました。

トランクを開けて、机やいすなどの荷物を取り出しているのは、ほとんどが20代から30代の若者たちです。

車のすぐ前のスペースに、食べ物や雑貨、花などの商品を並べ、そのまま屋台として営業が始まりました。

日本でよく見かける「キッチンカー」のようなものではなく、セダンタイプの乗用車がずらりとならんでいます。開けたままのトランクには、どの車も店の名前や看板メニューが書かれた「のれん」を掲げていました。

「トランク夜市」とも呼ばれ、ここでは木曜から日曜まで毎週4日、開かれています。

重慶の屋台街「トランク夜市」

屋台では、串焼きやジュースなども売られ、地元に暮らす家族連れなどで、にぎわっていました。しかし、実は店を出している人の多くは、新型コロナの影響で仕事や収入を失った若者たちでした。

カセットコンロで麺料理を作っていた李勇さん(31)。本業は工芸品を販売する会社の経営者です。

李勇さん

感染拡大前は従業員を10人以上雇っていましたが、経営状態が悪化し、2人に減らさざるを得なかったといいます。そこで生活費の足しに少しでもなればと、料理の作り方を一から学んで屋台を出すことを決めました。

李さん
「屋台を始めてから2か月になりました。収入は悪くはありませんが、苦労して稼いでいます。新型コロナは収束したものの、多くの業界ではまだ景気が悪いです。このトランク夜市は店を構えるよりも初期投資を大幅に抑えられるため、リスクを減らして始められます」

若年失業率17.6%の衝撃

中国では失業が深刻になっています。「ゼロコロナ」政策などの影響で都市部の16歳から24歳の失業率は17.6%(2022年)。前年より3.3ポイント悪化し、実に6人に1人が仕事のない事態に陥っています。

その状況をさらに複雑にしているのが、増加の一途をたどる大学の卒業生。中国政府によりますと、2022年に1076万人を記録し、初めて1000万人の大台を超えたということです。2023年には過去最多の1158万人に達する見通しです。

若者たちの多くが、いま、どうやって日々の暮らしに必要な収入を得るかという切実な問題に直面しています。

仕事の見つからない若者たちの間で評判が広がったのがこうした「トランク夜市」です。

私が取材した重慶の夜市の管理者によりますと、2021年8月以来のべ700人が出店しました。ただ雨が降れば客足は減り、収入も減少します。また、過当競争を避けるため、1つの屋台で販売できる商品は2種類に制限され、アルコール類の販売も禁止されています。コストを低くできる一方で、大きな収入も見込めないのが現実です。

レストランを経営していた陳岑さん(左)

海鮮料理を販売していたのは陳岑さん(28)です。

料理人で、かつてレストランを経営していました。しかし、「ゼロコロナ」政策でレストランのある地区が長期間封鎖されるなどして2022年に閉店を余儀なくされました。

屋台を構えてから9か月。出店する日は朝早くから市場に行き、エビやアワビなどの食材を仕入れます。
この日は仕入れに600人民元(約1万2000円)かかりました。

朝から夜市が終わる深夜まで働いて1日の売り上げは1000元(約2万円)。1日あたり100元(約2000円)の夜市への出店料などを差し引くと、手元には、その日の売り上げの3割程度しか残りません。

妻と1歳の娘がいる陳さん。家賃に加えて、生活費の負担も重くのしかかり、お金をためるのは簡単ではありません。将来、子どもにかかる教育費も心配の種だといいます。

自宅の台所で1人、料理の仕込みをする陳さんに子どもをもう1人ほしいか聞くと、胸の内を明かしてくれました。

陳さん
「政府は子どもを増やすよう奨励していますが、誰が養ってくれるのでしょうか。ただ励ますだけでは、私たちは子どもを産み、育てるという実際の行動には出られません。昔は勉強するのにお金はいりませんでしたが、いまは少しいい学校に行こうとすると数万元必要で、もっといい学校になると十数万元以上かかります。これでは貴族の学校です」

陳さんの目標は屋台ではなく、もう一度自分の店を持つことです。売り上げが伸び悩むなど、将来が見通せないなか、「トランク夜市」に通い続けています。

陳さん
「いまの生活にとても満足しているとはいえません。昔のお得意さんに料理を直接販売するなどして、収入を増やしていきたいと思います。家庭の負担は大きく、自分へのプレッシャーも強くなっていますが、お金をどんどん稼いで店をやり直したいです」

こうした夜市は、南京や西安、大連など、国内各地に広がっています。

中国では、多くの若者がなんとか収入を得ようと、もがく一方で、富裕層の上位1%が富全体の30%を占有するといわれるなど、格差の拡大は深刻な社会問題です。

2022年11月、「ゼロコロナ」政策に反発する抗議活動が全国に広がったように、若者たちの不満がさらに高まるおそれもあり、習近平指導部にとって、社会の安定を図るためにも経済の立て直しが喫緊の課題となっています。

白紙を掲げ「ゼロコロナ」政策に抗議する人々(北京・2022年11月)

全人代=全国人民代表大会では、政府の経済担当ポストが習主席に近い人物に一斉に入れかわりました。習主席は、貧富の格差を是正しすべての人が豊かになる「共同富裕」の実現を目指すとしています。

習近平国家主席(全人代・2023年3月)

夜市で出会った若者たちが「共同富裕」を実感できる日は来るのか、その道のりは険しいと感じます。

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