科学

人類初 ブラックホールの姿に挑む

人類初 ブラックホールの姿に挑む

2017.04.13

あらゆるものを引き寄せる謎の天体として、アニメや映画にたびたび登場する「ブラックホール」。その姿を、誰もまだ見たことはありません。その「ブラックホール」の姿を、画像でとらえようという人類初のプロジェクトが、先週、始まりました。挑むのは、世界の100人を超える天文学者たち。実は、この中でも、ある日本人研究者が、重要な役割を果たしているんです。

(科学文化部記者 黒瀬総一郎 政経・国際番組部ディレクター 今野泰 映像取材部カメラマン 新井田利之)

見えないブラックホール

「ブラックホール」は、穴ではありません。非常に強い重力を持った、あらゆるものを引き寄せる天体だと考えられています。光をも引き寄せ、閉じ込めてしまうため、その形は直接見ることが出来ません。

これまで世界の科学者たちが描いてきたブラックホールも、すべてイメージ図です。

宇宙を舞台にしたアニメ、「銀河鉄道999」の作者、松本零士さんは、ブラックホールに小さい頃から強い興味を持ち、科学雑誌や天文学の本などを読んで、自分の妄想を入れて想像で描いてきたといいます。今回、天文学者たちが開始した、ブラックホールの姿をとらえようというプロジェクトについて、松本さんは、「やっぱり、この目で見てみたい」と大きな期待を寄せています。

世界6か所で同時観測

日本時間の5日、午前7時30分。世界の6か所で同時に、ブラックホールの観測が開始されました。このうちの1つ、アメリカ・ハワイ島にある標高4200メートルのマウナケア山頂では、日本の研究者が観測にあたります。今回の観測で用いるのは、宇宙から届く光や熱をとらえる望遠鏡ではなく、電波をとらえる電波望遠鏡です。筒型の望遠鏡ではなく、パラボラアンテナの形をしています。

今回の観測は、ハワイのほか、アメリカのアリゾナ州、南米チリ、メキシコ、スペイン、それに南極で行われています。なぜ、世界6か所で、同時に観測するのか。それは、地球と同じくらいの大きさの望遠鏡にみたてて観測しようとしているからです。
ブラックホールをとらえるには、計算上、地球と同じくらいの大きさの電波望遠鏡が必要になります。ただ、本当にそんな大きさの望遠鏡は作れませんので、世界6か所で同時に観測を行い、データをつなぎ合わせることでそれに近い形を実現しようというのです。

見えないのにどう捉える?

しかし、ブラックホールは見えないのに、どうやって見ようというのでしょうか。研究者に取材すると、答えはこうです。
ブラックホールの周りでは、チリやガスがものすごいスピードで引き寄せられています。そのチリやガスは、ブラックホールに取り込まれる直前まで微弱な電波を発しています。その電波をとらえて、チリやガスの姿を描き出せれば、中心にあるとされるブラックホールの形を浮かび上がらせることができるのではないかと考えられているのです。

日本の経験を世界に生かす

このプロジェクトでは、日本人研究者が、重要な役割を果たしています。国立天文台の本間希樹教授です。

本間さんがブラックホールのプロジェクトに参加したのは、9年前。電波望遠鏡の第一人者、アメリカのドールマン教授の論文を読んだことがきっかけでした。不可能とされてきたブラックホールの観測。世界各地の電波望遠鏡を使って一斉に観測を行えば、かなうかもしれないというのです。

本間さんは、「ブラックホールは究極の天体で、本当はどうなっているのか、どうしても挑みたい。百聞は一見にしかず。ドールマン教授がいう方法で観測出来るのならぜひとも見たい」と、強い興奮を覚えたと言います。

当時、本間さんは、まさに、離れた場所にある電波望遠鏡を連携させる観測を、日本で行っていました。岩手県と鹿児島県、そして小笠原と石垣島。4か所の電波望遠鏡を連携させ、より遠くにある天体の観測に挑んできました。
電波望遠鏡の連携観測にあたる研究者たちの間で課題となっていたのは、膨大なデータを、どう安定して、記録装置に送るかです。データの送信が少しでも乱れると、記録装置に届いた際に刻まれる時刻も、乱れてしまいます。もし記録された時刻にズレがあると、4か所の望遠鏡のデータを、突き合わせることができなくなるため、高い精度でデータを送る仕組みが求められていました。

日本の研究チームは、2000年から8年がかりで、パラボラアンテナから伝送設備、ケーブル1本に至るまで、ほとんどエラーなく精度高く動作するシステムを作ることに成功し、当時、世界の研究者から高い評価を得ていました。こうした積み重ねをもとに、本間さんは、ドールマン教授に、「これまでの日本の経験を世界で生かしたい」とプロジェクトへの参加を申し出たのです。

観測実現のカギを任される

本間さんは、ドールマン教授から、プロジェクトのカギを握る重要な課題を任されました。チリにある世界最高性能の電波望遠鏡「アルマ」で、最大66台ものアンテナで得られる膨大なデータを、安定して記録できるシステムの開発です。今回、観測に参加する世界6か所の電波望遠鏡の中でも、アルマは、全体のデータ量の半分以上を占める、重要な観測拠点です。

本間さんは、3年をかけて、1本のケーブルで、従来の8本分の送信が出来る新たなシステムをメーカーと共に開発。実際にデータを安定して送ることに成功し、ブラックホールの観測に道筋をつけることが出来ました。

科学者の使命果たしたい

重い責任と向き合う中で、本間さんが支えにしてきたことがあります。それは、年に数回行っている学校への訪問です。
子どもたちからは、いつも率直な質問が投げかけられます。「宇宙人はいるんですか?」、「ブラックホールは黒いんですか?」 本間さんは、質問を受けるたびに、「わからないことだけれども、こういうことに答えられるようにならなければいけない」と感じると言います。

人生をかけて続けている電波望遠鏡の研究。本間さんは、子どもたちとふれあうたびに、「わからないことがあればそれに挑む。チャレンジをやめたら研究者ではない」と科学者として果たすべき使命を思い起こすと言います。

画像解析でも重要な役割

観測が始まった今、本間さんは、もう1つ重要な役割を期待されています。それは、世界6か所の電波望遠鏡から集まる膨大なデータを解析する作業です。データをもとに、ブラックホール周辺の様子を画像として描き出すことを目指します。

データは部分的に欠ける可能性がありますが、周囲の情報から予測することが出来ます。そうすれば、直接見ることができないブラックホールの形を浮かび上がらせることができるのではないかと考えています。

画像として描く作業には、世界で3つのグループが臨みますが、本間さんのグループの解析技術には、高い評価が寄せられています。
本間さんは、「予想どおりのものが見えればうれしいが、予想外のものが見えたら、それはそれでおもしろいと思う。ぜひがんばってすばらしい成果を皆さんにお届けしたい」と力強く決意を話していました。

長年の夢へあと一歩

本間さんが追い続ける究極の天体、ブラックホール。長年追い求めた姿は、もうあと一歩まで近づいています。ブラックホールの姿をとらえることができれば、宇宙の成り立ちの解明にもつながり、ノーベル賞級の大発見とも言われています。本間さんたち研究者は、早ければ年内にも画像を発表したいとしています。

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