追跡 記者のノートから大学生はなぜ、強盗犯になったのか

2021年4月30日事件

甲子園を夢みて白球を追っていた高校球児。
大学に進み、希望の企業に内定をもらって
社会人として踏み出そうとしていたやさき、強盗傷害の疑いで逮捕されました。

犯罪者になるきっかけは、SNSでアルバイトを探したこと。
なぜ、彼は犯罪に手を染めたのか。
(広島放送局記者 牧野大輝)

元大学生との出会い

広島拘置所に向かう記者

その元大学生に、私が初めて面会したのは、去年11月。逮捕から9か月たって広島拘置所にいる時期でした。

丸刈りでがっしりとして、高校球児の面影が残っていました。

元大学生が犯罪に加担するきっかけになったのは闇バイトでした。

そのことを知りたいと伝えると、彼は「闇バイトで人生を棒に振る若者を少しでも減らしたい。自分のような失敗は誰にもしてほしくない」と、取材を了承しました。

その後、10回以上接見し、生い立ちや動機などを知ることができました。

記者の取材ノート

野球一筋の少年時代

元大学生は愛知県のサラリーマンの父とパートの母親のもと、一般的な家庭で育ちました。

9歳から少年野球を始め、自宅マンションの駐車場で、父親と紙で作ったボールを使ってバッティング練習を行うような日常生活で、家族の仲も良かったといいます。
 
中学校の野球部では、5番でサードとチームの中心で、市の代表選手にも選ばれました。高校は照明設備のある愛知県内の私立高校に野球推薦で進学しました。

母親は息子が大きくなるようにと毎日、米を1キロ炊いて弁当を持たせ、3年生の時にはレギュラーをつかみ取りました。

ごく普通の大学生活

高校3年生まで野球一筋の生活だった元大学生。系列の大学に進学してからは「大学生活を楽しみたい」と生活を一変させました。ファストフード店のアルバイトで月に3万円ほどを稼ぎ、友だちとカラオケを楽しむなど、ごく普通の大学生活を満喫していました。

ところが交際する彼女ができた頃、金銭感覚が変わったといいます。
 
「彼女に見劣りしたくない」

元大学生は、デートの食事代やガソリン代をほぼすべて負担しました。その頃からファストフード店でのアルバイトを辞め、時給が高いパチンコ店で働くようになりました。

“闇バイト”に踏み入れた

「短時間でまとまった金を稼ぎたい」

元大学生は、彼女や友だちとの食事が重なって所持金が減ったことから、そう考えるようになりました。大学4年生だった去年2月のことです。
 

ツイッターで「闇バイト」などと検索してつぶやくと「仕事の情報を共有しよう」というメッセージがありました。今回の事件の共犯者として、強盗傷害ほう助などの罪で実刑判決を受けた男からでした。

その後、東京都内のJR小岩駅で会うことになった2人。男は、体に入れ墨があり、一緒に入った居酒屋で、ささいなことから店長をボコボコに殴りました。

元大学生はその姿を見て「この人には逆らえない」と恐怖を感じ、誘いを断れなくなったといいます。

まず紹介されたのは、自分の名義で契約した携帯電話の転売。iPhone8台にアップルウォッチ2台を契約し、別の人物に転売しました。

40万円の利益を得ましたが、この共犯者から保証金だとして多額の金を要求され、手元に残ったのは数万円だけでした。

謎の人物「パトラ」との出会い

このあと、共犯者の男から「パトラ」と呼ばれる謎の指示役の男と連絡を取るよう求められます。

「パトラ」からはメッセージやデータを消すことができる「テレグラム」というアプリを使ってやりとりするよう言われ、一度も会うことはありませんでした。

取材にもとづくイメージ

「パトラ」は、相手を気遣う口調で丁寧な敬語を使い、本人確認として自分の運転免許証の写真を送るよう求めてきました。元大学生は、軽い気持ちで応じましたが、すぐに後悔したといいます。

実はこの時、元大学生は「パトラ」などから広島県福山市で強盗を企てているので参加するよう誘われ、了承していました。元大学生が身元を明かしたことで、強盗の要求から逃げられない状態になったのです。
 
その時の心境を次のように話します。

「強盗は犯罪だと思ったが、住所を知られている。もう逃げられないと思った」

取材メモ

個人情報を知られ、家族に危害が及ぶことを恐れましたが、共犯者の男から「ターゲットの住宅にある現金は、『グレーな金』なので、警察に被害を申告されない」などと説得を受け、強盗に加担することを決めました。

強盗を実行「金あるでしょ」

強盗の実行は、去年2月6日。

「パトラ」から、宅配便の業者を装うよう指示され、現場に向かう途中に見つけたホームセンターで、作業着や手袋などを購入しました。
 

取材にもとづくイメージ

まもなく福山市の住宅に到着すると「テレグラム」の通話機能を接続したまま、イヤフォンで会話するよう指示されます。
高ぶる気持ちをなんとか抑えながらインターフォンを押すと、玄関から女性が出てきました。

当惑した元大学生が、テレグラムを通じて「どうすればいいですか」と尋ねると「パトラ」からは「行ってください」と言われたといいます。

指示のとおり住宅に押し入り、女性と取っ組み合いになりました。

テープで口をふさいだ上、結束バンドで両手を縛りつけたあと、カッターナイフを突きつけ「金あるでしょ」と脅迫しました。

女性から引き出しの中に現金があることを聞き出し、封筒に入った200万円を発見。
2階の寝室に行くと、さらに多額の現金を見つけました。あわせて2900万円余りを自分のリュックサックに入れて立ち去りました。女性は顔などにけがをしました。

事件現場での警察の鑑識活動

強盗のあと「だまされた」

その後、「パトラ」の指示を受けて、兵庫県のJR西明石駅に移動しました。駅の近くの駐車場で、奪った現金を男に渡したあと、報酬を受け取るため指定されたホテルに向かいました。

ところが、目当ての部屋は存在せず、報酬を受け取れませんでした。
驚いて「パトラ」に確認の連絡をすると、突然、

「お前がとったんだろ!」

これまでの丁寧な敬語が一転し、あたかも独り占めしたように突き放され、大声ですごまれたといいます。

その後、メッセージのやり取りや通話履歴はすべて消され、連絡が取れなくなりました。

「パトラ」の行方は、わかっていません。
 
「だまされた」

愛知県の実家に帰る途中、涙が止まらなかったといいます。
犯行を忘れようと、スマートフォンからテレグラムを削除しました。

「息子さんに金を貸している」。

その後、アルバイトに出かけていた時、実家を訪れた知らない男が、こう告げたと母親に聞かされました。身の危険を感じて警察に相談しましたが、自分の犯行を打ち明けることはできませんでした。

逮捕の瞬間「ほっとした」

希望する会社の営業職として内定をもらい、そのまま大学を卒業する予定でした。
去年2月。その日は、母親が卒業論文の発表会の会場に送ってくれました。

ところが、発表会が終わると迎えに来たのは母親ではなく母親の知人でした。
その知人は「警察に行くことになっている」と話し、愛知県警の岡崎警察署に向かいました。

元大学生は「母親が警察から『息子が強盗事件に関与した疑いがある』と聞かされ、知人に頼んで警察署に車で送ってもらったのではないか」と振り返ります。

岡崎警察署には広島県警の刑事が待っていました。
そして「なぜ警察が来たか分かっているな、君を守りに来た」と告げられると「福山の強盗は自分がやりました」と泣きながら自白しました。

その場で逮捕された元大学生。

この時のことを「体の全身から力が抜けてほっとした」と振り返りました。

その後、就職の内定は取り消され、大学も除籍になりました。

法廷に立つ

ことし3月16日、元大学生の裁判が始まりました。

私が最初に面会してから、およそ4か月が経過していました。法廷に現れた元大学生は、白のワイシャツに、上下ともに黒のスーツ姿。裁判長から起訴された内容を聞かれると「間違いありません」と罪を認めました。

裁判で読み上げられた供述調書から、元大学生が、少なくとも100万円の報酬がもらえると言われていたことや、当初は2人で住宅に押し入る予定が、途中から単独で行くように指示されていたことなどがわかりました。

初公判から6日後、広島地方裁判所は、懲役4年6か月の実刑判決を言い渡しました。
検察が求刑した懲役8年に比べて、かなり減刑されました。

判決の言い渡しを終えた裁判長は、元大学生に語りかけました。
「お金は簡単に手に入らないとわかっていれば今回の事件は起きなかった。
 社会人として心得て欲しい」

元大学生は、裁判長をじっと見つめながら聞いていました。

私は、法廷で判決を聞きながら、元大学生が拘置所で語っていたことばを思い出しました。

「トカゲの尻尾切りだ。やつらにいいように使われた」

取材メモ

裁判が始まる前、元大学生は「SNSを使う多くの若者が、闇バイトを通じて犯罪に加担してしまう可能性がある」と話して、闇バイトの危険性を訴えていました。

多くの若者が元大学生と同じように、闇バイトのわなにかかる危険があることを伝えなければならないと思いました。

取材後記

元大学生は判決をどう受け止めたのか。判決の2日後、私は広島拘置所で再び取材しました。

裁判長が語りかけた言葉について、元大学生は「自分がいかにバカだったのかと痛感した。検察の求刑より刑期が短くなったのは、裁判所の期待だと思うので、それに応えられるよう真面目に刑に服したい」と更生への思いを語りました。
そして、将来の生活について次のように語りました。
「中学の野球部の知人の親が会社を経営しているので、そこで一から出直して働き、被害者に弁償したい」

取材メモ

元大学生は、その後も控訴せず、有罪判決が確定しました(4/5確定)。
真摯に罪を償い、人生をやり直して欲しい、心からそう思います。

  • 広島放送局記者 牧野大輝 2013年入局 前橋局・青森局を経て2020年から広島局
    担当は、警察・司法

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