追跡 記者のノートから11月27日 同じ日に2つの家族が死んだ(前編)

2021年2月25日事件

今から3か月前の2020年11月27日。
東京・町田市の住宅で70代の夫婦が遺体で見つかった。
同じ日、遠く離れた九州・大分県では、シングルファーザーと高校生の1人娘が部屋の中で亡くなっていた。
現場の状況から、いずれも心中とみられることが分かった。
仲のよい家族に何があったのか。なぜ、命を絶ったのか。

いま、全国各地で相次いでいる心中について、
「はっきりとは分からないが、何かが起きている」。
そう思いながら、取材を続けている。

※亡くなった方の名前は仮名とさせていただきました。

(社会部・警視庁担当 安藤文音/社会番組部ディレクター 藤原和樹)

「とてもつらかった」 残されていたメモ

現場の住宅

私は、記者になって8年目。去年、東京に異動になり、警視庁の担当記者としてふだんは主に事件や事故の取材をしている。治安がよくなったとはいえ、東京都内で起きる事件は、1年間におよそ10万件。すべてを取材できているわけではなく、毎日目の前のことに追われ、慌ただしく過ぎているのが現実だ。

「町田市の住宅で高齢の2人のご遺体が見つかったようだ。すぐに確認してくれ」

そう先輩から連絡を受けたのは、11月27日の夕方近くだった。
自分の受け持ちの地域で殺人事件などが起きると、周辺への聞き込みや捜査関係者への取材、被害者の顔写真の入手など、やらなければならないことは山ほどある。少し憂鬱になりながら、現場に向かう途中で所轄の町田警察署に電話をかけて状況を聞いた。

署の担当の幹部は、「夫婦とみられる高齢のご遺体だ。現場の状況から外部からの侵入はなく、第3者の関与はないとみられる」と話した。

「夫婦が2人で心中か、あるいは病死かな。捜査本部ができる事件じゃないな」、そう考えた。

通常、心中や自殺は、個人の問題として捉え、報道することはあまりない。この日も、一応現場には向かったが事件性はないことがはっきりしたので、現場の住宅をカメラマンに撮影してもらって、すぐに引き上げた。

ただその後、現場の住宅から「とてもつらかった」という内容のメモが残されていたことが分かった。この頃は、新型コロナウイルスの感染が再び拡大していた時期だった。夫婦に何があったのだろうか。コロナとは関係あるのだろうか。数日後、私はディレクターとともに、本格的に取材を進めることにした。

亡くなった夫婦

住宅で亡くなっていたのは、夫の武志さん(75)と妻の洋子さん(73)。警察の捜査で、武志さんが洋子さんの首を絞めて殺害したあと、自らも命を絶ったとみられることが分かった。
しかし、2人に一体何があったのかは、まだよく分からなかった。
私たちは、周囲の人たちにまずは話を聞くことにした。

仲のよいおしどり夫婦だった

70代の夫婦なら介護サービスを利用していたかもしれないと思い、地元の高齢者支援センターを訪ねたり、民生委員に会ったりして話を聞いた。

しかし、皆が「よく知らない」という。それでも、聞き込みを続けて、かつて働いていた工務店を突き止めることができた。ここでようやく、2人の人生が少しずつ見えてきた。

夫婦は50年以上前にそれぞれ地方から上京してきたという。
仕事をきっかけに出会い、結婚。長男と長女の子ども2人が生まれ、絵に描いたような幸せそうな家族だったようだ。

夏祭りの様子

武志さんは腕のいい職人として土木工事やビルの建設を担当。70歳ごろまで現役で働き続けた。
家の近くの夏祭りでは、毎年、やぐらを組み立てる作業を手伝い、地域の人からも頼りにされる存在だったという。

職場の元同僚に話を聞くと、妻の洋子さんは、武志さんの健康を気遣って薄味の弁当を毎日作っていたという。
2人は、どんな時も支え合い、「おしどり夫婦」という言葉がまさにぴったりだった。

武志さんが勤務していた工務店の会長・小関松男さん
「けんかしているところなんて、見たこともないよね。無駄使いもせず、給料もほとんどは貯金していたんじゃないかな。どこにでもいる、ありふれた家庭だったかもしれないけど、ほんとにいい夫婦だったよ」

旅行先での家族の写真

武志さんは、社員旅行で全国各地を訪れていた。そこに洋子さんや子どもたちを一緒に連れて行くこともあったという。
探し出してもらった20年ほど前の四国旅行の写真には、輝くような笑顔があふれていた。

その夫婦がなぜ、命を絶ったのか。この時点で私たちは、まだよく分かっていなかった。さらに、親しかった知人や親族を探して訪ね歩くということを繰り返した。

3年前のある出来事

そして、3年前にある出来事があったことが分かった。夫婦は、まだ働き盛りで40代後半だった長男をガンで亡くしたのだ。洋子さんは最愛の息子を失って精神的に落ち込み、入退院を繰り返すようになった。

それ以来、夫の武志さんは妻の身の回りの世話をつきっきりでするようになったという。

武志さんの弟が当時の状況を話してくれた。

武志さんの弟

武志さんの弟
「洋子さんのズボンを履かせることまで、兄貴が手伝ってあげていたからね。自分が見なきゃいけないという気持ちが強かったのだろうし、『大変なんだ』という弱音は絶対吐かなかったよね」

武志さんは、洋子さんが入院中、毎日のように面会に訪れていた。
そして、少しでも症状が落ち着くと、毎週のように自宅に連れて帰ったという。

病院から自宅に帰る時は、武志さんがいつも運転して送り迎えをしていた。助手席には洋子さん。そして玄関では、結婚して別の場所に住む長女が、2人の孫と一緒に出迎えた。
  
みんなで食べるのは、いつも長女の手作り料理だった。
夫婦はこの時間をなによりも大切にしていて、武志さんは、近くにあるなじみの理髪店でいつもうれしそうに孫のことなどを話していたという。

近所の理髪店経営 田村國雄さん

近所の理髪店経営 田村國雄さん
「孫に関しては、本当にかわいくてかわいくてね、どうしようもなかったみたいだよね。孫たちが家に来ることが一番楽しかったようで。孫がうるさいと言いながらも、うれしくってしかたがないっていう感じでしたよね」

武志さんは、頭にパーマをかけていた。かつては理髪店に来ると、毎回3時間ほどかけて髪の毛を整え、家族の話をしていたという。

ただ、妻・洋子さんの介護が必要になってからは、パーマはやめて短時間で済む短髪にしていたようだ。少しでも、妻のそばにいたかったのかもしれない。息子を亡くして精神的に落ち込んだ妻の洋子さんだったが、武志さんや長女、それに孫に囲まれて少しずつ、症状も落ち着いてきたという。

緊急事態宣言で一変した

緊急事態宣言後、閑散とした街

しかし、そんな生活が大きく変わったのは去年の春だった。
新型コロナウイルスの感染が拡大し、全国に緊急事態宣言が出された。

このころ、武志さんはもし自分がコロナに感染すれば、入院している洋子さんに面会できず、自宅に連れて帰ることもできなくなってしまうと、外出を極力避けるようになったという。

妻以外には誰とも会おうとせず、家の中でもマスクをするなど感染対策には本当に気をつけていたようだ。

武志さんの弟
「お菓子や野菜を買って持って行こうとしたが、兄からは『だめだ、今は来るな』と言われたんだよね。コロナが心配だからだというわけ。そのうちに俺も、万が一感染してうつしてはいけないと思って、会いに行くのをやめてしまった。コロナのことが頭にあるからだんだん足が遠のいてしまったんだよね」

以前は毎週のように実家に帰っていた40代の長女も高齢の両親への感染リスクを考えて、ほとんど会わないようにしたという。

長女
「万が一、父や母に感染させてはいけないと思って実家を訪れることは、控えるようになりました。子どもたちも仕事やアルバイトをしていたので、感染させないようになるべく行かせないようにしていたのです。代わりに電話で話して、気にかけるようにはしていたのですが・・・」

それまでは武志さんの弟や娘、それに孫が時々集まってはにぎやかに過ごしていた家は、去年の4月以降、静かになっていった。

ただ、武志さんはほとんどの時間を1人で過ごすようになっていたが妻の洋子さんを入院先の病院から時々連れて帰ることだけは欠かさなかった。   
週末、2人で過ごしている時だけが唯一安らぐ時間だったのかもしれない。

2人だけの時間が・・・

しかし去年10月、さらに、状況が変化することになる。

入院先で洋子さんが骨折。
歩けないほどの大けがで、手術のために別の病院に移ることになったのだ。
転院先では、感染対策のため直接会う面会が禁止されていた。

2人が大切にしていた、夫婦で過ごす時間が失われてしまったのだ。

妻の洋子さんに会えなくなった武志さん。長女によると、この頃からふさぎ込むことが多くなっていたという。

電話をしても「夜眠れない」と落ち込んだ様子で、次第に電話にすら出ないことが増えていった。

夫婦が暮らす地域では、高齢者の見守り活動が盛んだったが、近くに住む人は武志さんたちの変化に全く気づかなかったという。

近所の男性

近所の男性
「そんなに苦しんでいるとは、思いませんでした。町内では年寄りの面倒を見る取り組みも熱心にしているのですが、ほとんどは1人暮らしの人が対象で武志さんのように夫婦で暮らす人については、あまり注意して見ていなかったかもしれません」

夫婦がようやく再会したのは、骨折の手術から1か月後の11月24日だった。

治療を終えてようやく退院した洋子さんを、武志さんは車で自宅に連れて帰った。

武志さんは、歩けない洋子さんを抱えて自宅の階段を上った。
長女によると、入院生活で痩せ細った洋子さんの身体を見て、「かわいそうだ、かわいそうだ」と話していたという。

自宅の階段

夫婦は、2人だけの水いらずの時をゆっくりと過ごした。
しかし、時間は十分ではなかった。

3日後には洋子さんが再び、以前いた病院に戻らなければならないことになっていたのだ。その病院も、新型コロナの感染拡大で面会や外泊はできなくなっていた。

洋子さんが病院に戻る前日の11月26日、夜10時半。
武志さんは、長女に電話をかけていた。

武志さんは電話口でこういった。
「お母さんが『ありがとう』って言いたいって」。

電話をかわった洋子さんが長女にひと言だけつぶやいた。
「ありがとう」

長女は、少し前にテーブルを送ってあげたことのお礼かなと思ったという。

そして、「明日、病院に行くのは大丈夫?」と尋ねた。
武志さんは、「大丈夫、大丈夫」といって電話を切った。

翌日、夫婦は予定の時間になっても病院に行かなかった。
連絡が取れず心配した長女が家を訪れると、2人はいつも一緒に寝ていたベッドで亡くなっていた。

武志さんが洋子さんの首を絞めたあと、自分も命を絶ったとみられている。

部屋には、長女に宛てたメモが残されていた。
「孫のことをお願い。1人にしてごめんね」 

長女は、自分にもっとできることがあったのではないかと、今も考え続けていると語った。

長女
「父は優しい人で、『もしコロナに感染して何かあった時に、母を残して行くのがとても心配だ』と話していました。本人たちは、一生懸命何かを訴えていたのかもしれないのですが、コロナで実家にはほとんど行かなくなりました。電話だけでは、本当の様子が分かっていなかったのだと今になって思います」

武志さんと洋子さん夫婦が亡くなる少し前に、自宅には孫からの手紙が届いていた。手紙には「コロナが落ち着いたらまたみんなで会いたいね」という内容が書かれていたという。

願いがかなうことはなかったが、その手紙は家族だけでひっそりと行われた葬儀で、ひつぎに入れられた。

取材後記

最初に取材に訪れた時は、「今はお話したくない」と玄関のドアを閉めた長女。
しかし、何度目かの訪問の時、私たちを武志さんと洋子さんが亡くなった家の中に招き入れ、中を案内してくれました。寝室には、大きなダブルベッドが置かれていて、いつもここで一緒に寝ていたといいます。「なんだ、来ていたのか」と、扉の向こうから仲のよい夫婦が出てきそうな、そんな雰囲気を感じることができました。

武志さんは生前、周りに冗談っぽく「死ぬときは2人一緒だから」と話していたといいます。しかしなぜ妻を手にかけ、自らも命を絶つまでに追い詰められてしまったのかは、最終的にはわかりません。

ただ、この新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの人が環境や人とのつながりに変化が出てきているのは事実です。そして、コロナへの感染そのものだけでなく、本当の怖さは、人とのつながりを希薄にして、知らず知らずのうちに家族が孤独になってしまうところにあると感じました。

いま各地で起きている心中は、決して「ある家族の個人的な事情」などではない、そう考えて、取材を続けています。

後編では同じ日に亡くなった大分県のもう1つの家族についてお伝えします。

  • 社会部 記者 安藤文音 2013年入局 大津局・大阪局を経て2020年から警視庁担当

  • 社会番組部 ディレクター 藤原和樹 2009年入局 初任地は広島局
    趣味は「人間観察」

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