私は、記者になって8年目。去年、東京に異動になり、警視庁の担当記者としてふだんは主に事件や事故の取材をしている。治安がよくなったとはいえ、東京都内で起きる事件は、1年間におよそ10万件。すべてを取材できているわけではなく、毎日目の前のことに追われ、慌ただしく過ぎているのが現実だ。
「町田市の住宅で高齢の2人のご遺体が見つかったようだ。すぐに確認してくれ」
そう先輩から連絡を受けたのは、11月27日の夕方近くだった。
自分の受け持ちの地域で殺人事件などが起きると、周辺への聞き込みや捜査関係者への取材、被害者の顔写真の入手など、やらなければならないことは山ほどある。少し憂鬱になりながら、現場に向かう途中で所轄の町田警察署に電話をかけて状況を聞いた。
署の担当の幹部は、「夫婦とみられる高齢のご遺体だ。現場の状況から外部からの侵入はなく、第3者の関与はないとみられる」と話した。
「夫婦が2人で心中か、あるいは病死かな。捜査本部ができる事件じゃないな」、そう考えた。
通常、心中や自殺は、個人の問題として捉え、報道することはあまりない。この日も、一応現場には向かったが事件性はないことがはっきりしたので、現場の住宅をカメラマンに撮影してもらって、すぐに引き上げた。
ただその後、現場の住宅から「とてもつらかった」という内容のメモが残されていたことが分かった。この頃は、新型コロナウイルスの感染が再び拡大していた時期だった。夫婦に何があったのだろうか。コロナとは関係あるのだろうか。数日後、私はディレクターとともに、本格的に取材を進めることにした。