男性が山で遭難したのは、いつものハイキングの途中でした。
山道を歩いているうちに道に迷い、気づけば辺りは暗闇に。そして、警察に救助されました。
新型コロナの影響で、身近な山の人気が高まる中、男性のように「低い山」で遭難するケースが相次いでいます。
なぜ、そんなことが起きてしまうのか?実際に遭難してしまった人に話を聞いて、検証してみました。
(甲府局記者 清水魁星)
2021年5月28日事故
男性が山で遭難したのは、いつものハイキングの途中でした。
山道を歩いているうちに道に迷い、気づけば辺りは暗闇に。そして、警察に救助されました。
新型コロナの影響で、身近な山の人気が高まる中、男性のように「低い山」で遭難するケースが相次いでいます。
なぜ、そんなことが起きてしまうのか?実際に遭難してしまった人に話を聞いて、検証してみました。
(甲府局記者 清水魁星)
Q:山梨県の「山」と言えば?
A:富士山。
その答えが多いと思います。
富士山や南アルプスなど名だたる山々がそびえる山梨県では、去年、山岳遭難が111件起きました。(山梨県警調べ)
でも、実は、そのうちの85件は、富士山などではない「比較的標高が低い山」で起きていたのです。その率、実に76.5%にものぼります。
それではなぜ、標高が低い山で道に迷ってしまうのでしょうか。
甲府市の市街地からほど近い標高780メートルの要害山(ようがいざん)。
一見、人が遭難するような山には見えませんが、去年だけで2人が遭難しているのです。
実際に遭難してしまった人に取材を申し込むと、匿名を条件に、当時の状況を話してくれました。
その1人、甲府市の50代の男性です。
去年3月、要害山で道に迷って遭難しました。
男性はウォーキングが趣味で、この日も、要害山の近くの森林を通る遊歩道を歩いていました。
歩き始めて1時間ほど。
午後4時半ごろ、歩く距離を伸ばしたいと思い、何気なく要害山に入りました。
男性
山登りではなく、あくまで遊歩道を歩くハイキングの延長というかたちですね。
山登りという意識は 全くありませんでした。まさか遭難するなんて思ってもいませんでした。
男性は要害山に入ったあと、標識に沿って歩いていきました。
しかし、15分ほど歩くうちに、少しずつ道に自信がなくなっていきます。
そうしているうちに、倒木で道がふさがっていました。
先に進むか考えましたが、「せっかくここまで来たんだから」と考え、倒木をこえ、先に進んでいきます。
しかし、その判断が誤りでした。倒木をこえたあと、道がわからなくなっていったのです。
勘を頼りに、獣道のようなところを選んで歩いていくうちに、気がついたら前に道はなくなっていました。
午後6時ごろ、周囲は薄暗くなっていきます。
登山の装備もなかった男性は、途方に暮れて消防に通報。救助されたといいます。
男性
『やっちゃったなあ』という気持ちでしたね。ここで一晩寝るとなると、しんどいと思いました。
救急車とか消防車のサイレン音が聞こえてきて、大ごとになってしまい申し訳ないという気持ちでした。
遭難したもう1人は、40代の女性でした。
子育てなどで中断期間があるものの、登山歴30年のベテランです。
大学生のときに登山を始めた女性は、標高2000メートルを超える山への登山経験があるほか、山小屋でアルバイトをした経験もあるそうです。
軽い気持ちで、1人で要害山に登ろうとしたといいます。
1人でも気軽に登れると思い、要害山に行った女性。
詳しい下調べはせず、登山靴や水を持って山に入り、遭難してしまいました。
女性
毎年、山菜採りやキノコ採りで迷う方がいるという話を聞いて、そんな人もいるんだなあと思っていましたが、まさか自分が迷うとは思ってもいませんでした。
道に迷ったと感じたときには、すでに午後3時半すぎ。
日が落ちて暗くなってしまう恐怖から警察に通報し、ヘリコプターで救助されました。
女性
明確にどこで迷ったのかは今でもわかりません。道だと思って進んでいたらいつの間にか迷ってしまっていたという感じです。油断がありました。
2人の話を聞くと、共通点は「いつの間にか迷っていたこと」のようです。
私は、実際に現場に行ってみたいと考えました。
しかし、私は東京育ちで、山歩きの経験もほとんどありません。
自分が遭難してしまっては本末転倒です。
そこで、登山歴40年以上の登山ガイドの岩間修さんに頼んで、一緒に現場に入ることにしました。
まず、1人目の男性から聞いた道のりをたどっていきます。
しばらくは道幅が広く、はっきりとした道が続いていました。
とても迷うような山には思えません。
岩間さんも「このくらい良い道だったら、山なら高速道路ですかね」と楽しそうに歩いていきます。
ところが、歩き始めて10分ほどすると、岩間さんが立ち止まります。
そして「迷いやすい典型的な場所」として教えてくれたのが、次の画像の道です。
「ただの道じゃないの?」。
そう私は思ったのですが、岩間さんによると、この画像の道は登山道ではありません。
ここをまっすぐ歩くと、別の山に入ってしまい、迷う可能性があるということです。
岩間修さん
これは道ではなく、踏み跡がついて道のように見えるだけなんですよ。
ほかにも造林業者が歩くための道とか、地図に載っていない獣道などがたくさんあり、知らないと引き込まれちゃうということになります。
色々な道があるように見えるのは、生活エリアに近い低い山の特徴だそうです。
気を取り直して、正しい登山道を上っていきます。
20分ほど歩いたところで、岩間さんは、低い山で道に迷う別の要因を教えてくれました。
高い山に比べ、低い山は木や草が生えやすく、道が見えにくくなるというのです。
この写真は、岩間さんが去年9月に撮影した写真です。
草が伸びて、登山道を覆い隠しています。
この状況では、道がわからなくなってもしかたありません。
さらに10分ほど歩くと、登山道は、倒木にさえぎられていました。
要害山で遭難した男性が、この先を進んで道に迷ったと証言した場所です。
倒木をこえ、さらにくぐって進んでいきますが、途中で私は、完全に道がわからなくなりました。
岩間さんによると、ここも、もともとしっかり道がわかる場所でした。
しかし、倒木で路肩が崩れてしまっています。
このため、一時的に道が途切れるかたちになり、先の道がわかりにくくなっているのです。
これは、登山道の整備が十分でないことが多い里山で起きやすいことだそうです。
「低い山」だからこそ…
岩間さんは「低い山」には高い山にはない危険があることを知ってほしいと指摘します。
岩間さん
例えば、北アルプスとか南アルプスの方が、登山道がはっきりしています.
一方、『低い山』では、里に近ければ近いほど山の中にはいろんな道があります。
そういう意味では低い里山の方が道に迷いやすいともいえます。
それでは、低い山で遭難しないためにはどうすればいいのでしょうか。
岩間さんは、2つのポイントをあげます。
1つめが、「登山前にしっかり下調べをする」こと。
遭難してしまった2人に話を聞くと、2人とも事前の下調べをせず、思いつきで山に登っていました。
低い山でも、事前にルートなどの下調べをしっかり行って、計画的に登山することが大事だといいます。
岩間さん
街に近い山だからとか、低山のハイキングコースだから大丈夫だろうという、まずそういう考えをなくしていただきたい。
2つめが、「違和感があったら、引き返す勇気を持つ」ことです。
遭難した2人は、「もう少し進めばなんとかなるだろう」と思いながら進んで引き返せなくなり、最終的に救助を要請しました。
岩間さんは、登山のときは、「あれ?」と思った時点で先に進まず、引き返す勇気が大切だと話します。
岩間さん
歩いていておかしいなと思ったら、先に進まないでそこで引き返す。
自分の身は自分で守るという点でもそういうことを心がけ、登山をしてほしいですね。
登山雑誌の元編集長・萩原浩司さんにも、どんな対策があるか聞いてみました。
萩原さんが勧めるのは、「登山アプリ」です。
色々なアプリが出ていて、スマホに事前に地図をインストールしておくと、電波が入らない場所でも、GPSで現在地がわかります。
雑誌「山と渓谷」元編集長 萩原浩司さん
自分がどこにいるのかを常に把握しておくことは、実はとても大切なことです。
標高が低いから安全だという思い込みは捨ててほしいと思います。
このアプリはとても便利で、私も取材の時に活用しました。
ただ、警察にも取材すると、スマートフォンの電池が切れないよう注意が必要とのこと。
予備のバッテリーや紙の地図も準備しておくことが必要だということです。
私は、この内容を伝えるリポートを、ことし3月末から4月にかけて放送しました。
視聴者からは、低い山に潜むリスクがよく分かったという反響もありました
一方で、この5月の大型連休中にも、今回取材した要害山で「2人組が遭難した」と警察から発表があり、まだまだ伝え切れていないことも痛感しました。
ある4月の週末、日本百名山の1つ、大菩薩嶺を訪ねてみました。
コロナ禍で自粛が求められる中でも首都圏からの多くの登山客でにぎわっていて、近場の登山の人気をあらためて実感しました。
豊かな自然に恵まれた山梨県。
遭難してしまう人を少しでも減らすためにも今後も取材を続け、さまざまな情報を発信していきたいと思います。
NHK NEWS WEB
甲府放送局記者
清水魁星 2020年入局 警察・司法担当。
要害山の取材をきっかけに山登りに目覚めた。
目標は山梨百名山の制覇。
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