追跡 記者のノートから傷つけないでください

2021年4月28日事件

「なぜ、こんなことを・・・」

それは、年明け早々に起きた、悲しい事件でした。

とがった物で傷つけられた、無数のひっかき傷。

それが、どれだけ私たち市民の心を傷つけ、憤らせ、また、落胆させたか。

知って欲しいことがあります。

“宝”を傷つけられ、泣いている人たちがいることを。

(松山放送局記者 木村京)

街のシンボル「松山城」

私がいま、取材の拠点にしているのは、四国・愛媛県の松山市です。
去年NHKに入局し、警察を担当して丸1年になります。

愛媛県と聞いて、誰もが思い浮かべるのは「みかん」「坊っちゃん」「道後温泉」だと思いますが、松山で暮らしてみて、「松山城」が市民に愛され、欠かせない街のシンボルとなっていることを知りました。

市の中心部の、高さおよそ130メートルの山上にそびえ立つ松山城。

市内のどこからでも、その美しい姿を臨むことができ、いつも見守ってくれているように思うことができます。

松山城

私が勤務しているNHK松山放送局は、この松山城のふもとの城山公園の中にあります。

全国にあるNHKの放送局の中でも、城の敷地内にあるのは珍しく、毎朝出勤しながら松山城を見上げては、「きょうも頑張るぞ!」と気合いを入れるのが私の日課なんです。

悲しい事件が 松山城で…

そんな松山城の悲しい知らせが入ったのは、年が明けたばかりの1月。

国の重要文化財に指定されている天守などの17か所に、とがった物で彫ったようなひっかき傷が確認されたのです。傷は、長いもので30センチになるものもありました。

身近にある松山城が傷つけられたと知った時は、本当にショックでした。

松山城が傷つけられたのは、これだけではありません。

去年(2020年)7月には、本丸に通じる筒井門と呼ばれる門に、アルファベットのような文字が彫られているのが見つかりました。傷をつけた犯人は、今も見つかっていません。

また、2018年には、天守閣に隣接する門にひっかいたような傷が複数見つかっています。

2017年にも本丸を取り囲む塀の一部にゴルフボールをぶつけたようなへこみが10か所以上見つかっています。

当時、城の関係者は取材にこう答えていました。

「市民の宝とも言える松山城に対する被害は、いたずらの範囲を超えた悪質なもので怒りを覚えます」

実は、松山だけではなかった

街のシンボルであり、多くの人から愛されている「城」。

実は、似たような被害は、松山城にとどまりませんでした。

同じ四国にある高知城。去年12月25日夕方、巡回していた警備員が国の重要文化財に指定されている高知城の天守などに、固いもので彫ったようなひっかき傷を見つけました。

その後、28日には高知市にある坂本龍馬記念館でも、合わせて10か所に10センチから50センチほどの傷が確認されています。

被害は瀬戸内海を挟んで広がり、広島県の福山城や岡山市の岡山城でも確認されました。

各地で、市民と国の財産が傷つけられたことに、驚きと怒りの声が上がっています。

こんなに目立つ場所になぜ

私は、高知県に別件の取材で出張した際、高知城に足をのばし、傷を確認しに行きました。

そして、松山城と高知城の2つの城の傷を見て、浮かんだ疑問があります。

「こんなに目立つ場所になぜ」
「どうして犯人が見つからないんだろう」

記者になって1年、事件や事故を取材するなかで「警察は現場付近の防犯カメラの解析を進めるなどして、容疑者を特定した」といった原稿を書いてきました。

ですが、今回の事件は、関係者に防犯カメラについて聞いてみても、もやっとした答えしか返ってこなかったのです。

重要文化財には難しい 防犯カメラ

そんな疑問から取材を進めてみると「重要文化財という特殊な建物が抱える難しさ」があることがわかってきました。

松山城の天守の部屋などは、国の有形の重要文化財であるため、防犯カメラの設置が一般的に難しいと言われているのです。

取材した関係者からは「重要文化財に手を加えるわけにはなかなかいかない。景観を乱しかねないので、防犯カメラは付けづらい」という声を、何度も聞きました。

有形の重要文化財では、工事や機材設置の際は「最小の傷で最大の効果」を常に考えなくてはなりません。

例えば、物を固定する時には、木材をえぐり取ってしまうネジではなく、抜いた時の傷が浅い釘を使うこともあるそうです。

配線を通す際にはもともとあいている穴を利用できないか検討するなど、非常に気をつかうそうです。

屋外にはあった防犯カメラ

松山城のポール

このため、松山城では屋外に防犯カメラが設置されていました。

それがこのポールです。
4年ほど前から城の敷地内の19か所に設置されています。

「もっと増やせば解決するのでは」と私は、安易に考えてしまいましたが、ここにも壁がありました。

ポールの高さは、4.5メートル。風速60メートルの強風に耐えるには、少なくとも地中に1メートル近く埋める必要があります。

松山城ポールの設計図(資料提供:宮地電機)

でも、敷地全体が国の史跡に指定されている松山城では、江戸時代の地層を掘り起こすことはできないとのこと。

さらには、景観にも配慮しなければならず、設置できる場所は限られるのだそうです。

やはり難しいの?

なにか手立てはないものか・・・。

文化財保存学が専門の高知大学の松島朝秀准教授に話を聞いてみると、やはり「文化財の保護は性善説に立っているのでなかなか管理が難しい」とのことでした。

でも、松島准教授は、次のような方法もあると教えてくれました。

ダミーカメラ

例えば、ダミーカメラを置くことも一定の抑止効果が期待できるそうです。

ほかにも、新型コロナウイルス対策で、各地に設置されているサーモグラフィーのカメラは、記録された映像などで来場者数を正確に把握することができるため、犯罪の早期発見に繋がることも期待できるということです。

また、比較的簡単に始められるのは巡回や見回りの時間を日によって変えること。

警備員に加えて職員などによる私服での見回りを取り入れることでも効果は期待できるそうです。

進むカメラの機能開発

たしかに、警備員のチェック体制を変えるのは効果があると思いました。

ただ、人による警備には限界もあるでしょう。
そこで、最新のテクノロジーで解決できないか調べることにしました。

資料提供:パナソニックi-PROセンシングソリューションズ

松山市内の大手警備会社に取材したところ、技術の進歩が文化財の防犯対策につながる可能性があるのだそうです。

これまでは、いたずらなどの被害があった場合、記録された映像によって犯人の早期発見など、事後の対応のために使われていたカメラですが、今後は、カメラそのものにAIを搭載することで、事前に犯罪が起きる恐れを察知して知らせる機能に期待が寄せられています。

たとえば、侵入禁止エリアに人が入るといった異常を感知すると警報が鳴り、犯罪を起こさない仕組みです。今後、導入が進むかもしれません。

警察の捜査にも

一連のひっかき傷の事件は、警察も捜査を進めています。

3月には、このうち松山市にある国の史跡・湯築城跡の展示施設などを傷つけた疑いで、愛知県の男が警察に逮捕され、その後、起訴されました。

防犯カメラ

実は、逮捕のきっかけのひとつが、防犯カメラだったそうです。

この施設自体は、松山城のような重要文化財ではなかったため、室内に防犯カメラが取り付けられていました。

ボランティアガイド 増山正則さん

湯築城跡でボランティアを務める増山正則さんです。

起訴された男は、ひっかき傷が確認された室内の壁に寄りかかるように立ち、不自然に動く様子が展示施設の部屋の中に設置されていた防犯カメラに映っていたということです。

施設側はこの映像を警察に提出しました。

ボランティアガイドの増山さん
「男が壁際に立っていて、声をかけようかと思ったが本人がしゃべらない感じがして話しかけませんでした。防犯カメラの映像を確認したら、壁に寄りかかってもぞもぞしている姿が映っていておかしいと感じました」

(2021年7月2日・9月28日・2022年1月27日追記)
この逮捕からおよそ20日後、松山城を傷つけたとして文化財保護法違反などの疑いで再逮捕され、その後、不起訴となりました。
中国地方や四国で相次いだ事件。
男は高知県の博物館や丸亀城に傷をつけた建造物損壊や文化財保護法違反の罪で起訴され、裁判所は懲役2年、執行猶予4年の判決を言い渡しました

どうあるべき 公開と保存のバランス

文化財の保護について、取材した高知大学の松島准教授は、こんなことも指摘していました。

松島准教授
「人目にさらすことで、傷つけられたり、盗まれたりといったリスクは常に伴いますが、人に見てもらうことに、文化財としての価値があります。守るために、死蔵となってしまうのはもったいない。“活用(活用には公開、調査、研究などが含まれます)と保存のバランスを上手にとる”のが、文化財のプロである専門学芸員と行政の役割であり、連携が大切だと考えています。その文化財についてきちんと理解している人が、その上手な活用方法を考えるべきだと思います」

取材後記

今回の取材を通して、重要文化財を守る難しさと同時に防犯という考え方そのものの複雑さに触れた気がします。

取材のなかで、印象に残ったことばがあります。

「行政側からの明確や指示や要請がないから動きようがない」という意見。

また、高知の重要文化財のお寺を取材した時に、こんな意見も聞きました。

「お寺や神社などの重要文化財は、訪問する人の心のよりどころになっている場所でもあります。防犯カメラの設置は、防犯対策の面では有効かもしれませんが、一方で、監視されているように感じる人も出てくるかもしれません」

言われてみれば確かにそうかもしれません。保存と公開のバランスはとても難しく、簡単に線を引けるような問題ではないと感じました。

フランス留学中、お城めぐりにはまった私にとって、お城は外から眺めるのも中を探検するのも楽しい、魅力的な場所で、旅行先にお城があれば必ず足を運んできました。

事件の話題で、お城をはじめ、重要文化財を取り上げるのは正直悲しいですが、その美しさや歴史的価値の面から伝えられることが多い場所を、普段とは違う切り口で取材したことで、新たな課題が見えてきました。

お城などの文化財は、防犯対策が難しいということも頭の片隅に置いて、お城を見てもらえたらと思います。

  • 松山放送局記者 木村京(きむら・みやこ) 2020年入局
    警察担当として事件事故を取材
    ことしの目標はお遍路さん挑戦

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