安心 キケンのない社会をつくろう“凶器”になった自転車~加害者にならないために 知っておきたいルールは

2023年2月20日事故 生活

散歩が日課だった母。
車には人一倍、気をつけていました。
自転車の相手も、まさか命を奪ってしまうなんて想像さえしなかったかもしれません。

車と同じように、ときには凶器へと変わってしまう自転車。
その交通ルールを学ぶ機会は少ないのが現状です。

被害者にも加害者にもならないように、知っておいてもらいたいことがあります。

(記事の後半では15の違反行為をはじめ、自転車の最新ルールをまとめています)

※2023年9月22日更新

いつもと変わらない朝に

朝食を終えて少ししたころ、テーブルにおいていたスマートフォンが鳴りました。

着信音のメロディーで、すぐに90歳の母の携帯電話からだとわかりました。

高齢の身にもしも何か起きたらと心配して、すぐに電話に出られるように母専用の着信音にしていたからです。

しかし、声の主は母ではありませんでした。

「どなたかはわかりませんが、この携帯の持ち主が道路に倒れています。すぐに来てください」

若い女性の声がそう告げました。

去年6月、ふだんと変わらない朝。母は、いつもと同じ時間に、ひとりで散歩に出かけていました。

現場

若い女性が知らせてくれた場所は、散歩道の途中の道幅の狭い道路でした。

駆けつけたときには、すでにたくさんの人が集まっていました。

その中心に、母が倒れ込んでいるのが目に入りました。

「お母さん、お母さん」

すでに意識がなく、けいれんする両足に手をあてながら、とにかく声をかけ続けることしかできませんでした。

もしも交通事故なら、はねた車やバイクはどこにいるのだろうか。

母の身にいったい何が起きたのか、そのときはまだわかりませんでした。

車には気をつけていたのに…

ほどなくして救急車が到着し、母と一緒に乗り込みました。

母は救急病院に搬送されましたが、その後息を引き取りました。

警察官からは、母は道を渡ろうとしていたところ自転車にはねられたと聞かされました。

事故の相手は、当初想像していた自動車でも、バイクでもなかったのです。

母は健康を維持するためにと、朝の散歩を日課にしていました。

特に父が亡くなってからは人一倍、からだのことに気を遣っていました。母自身が親の介護で苦労をした経験もあって、娘に同じような思いはさせたくないと気遣ってくれていたみたいです。

散歩のコースには、なるべく車通りの少ない道を選んでいました。ただ、事故に遭った道路は朝の時間帯に通勤通学のため多くの車やバイクが通ります。母は毎日その道を通っていたので、事故に気をつけて歩いていたと思います。

最近は、自転車の事故を伝えるニュースをみる機会も増えました。それでも、自転車が人の命を奪ってしまう、家族を失ってしまうとは想像もしていませんでした。

母がつけていた日記には、その日に会った人や話した内容、散歩で歩いた歩数、新型コロナの感染者数…。

日々の出来事がぎっしりと書き込まれています。

「認知症にならないように、手を動かしたり、頭を使ったりするのが大事なのよ」

そう言って毎日、時間をかけて書き留めていた日記のページは、6月のあの日から真っ白のままです。

人が亡くなるということは、残された家族の暮らしまで変えてしまいます。

私自身もスピードを出して交差点を飛び出してきた自転車に出くわし、危険を感じた経験が少なくありません。

自転車だって、とりかえしのつかない事故を起こしてしまう。ときとして“凶器”にもなってしまう。車と同じように命を奪ってしまうかもしれない。

自転車のハンドルを握るひとりひとりが、改めて自覚してほしいと願っています。

自転車の事故は増加傾向に

自転車による事故で母親を亡くした東京都内の女性の話です。女性は、多くの人が日常的に使っている自転車で死亡事故が起きている現実を知ってほしいと話を聞かせてくれました。

警視庁によりますと、事故は自転車が前を走っていた別の自転車を追い抜こうとした際に起きたとみられるということです。
事故当時の調べに対し、自転車に乗っていた男性は「歩行者に気がつかなかった」と話していたということです。

自転車は、通勤・通学や買い物など日常の手軽な乗り物として人気が高まっています。

その一方で、事故は増加傾向にあります。

赤色の折れ線グラフは、事故全体のうち自転車による事故の占める割合を表しています。
この割合が年々上昇しています。

自転車のルール

取材を進めると、事故の背景には、自転車の交通違反が大きく関係していることがわかってきました。

去年、都内で発生した自転車が関係する死亡・重傷事故のうち、およそ77%で、自転車側に「一時不停止」や「信号無視」などの交通違反があったということです。

ただ、自転車の場合、自動車のように運転免許は必要ありません。
子どもからお年寄りまで誰でも乗ることができますが、自転車の交通ルールを学ぶ機会は少ないのが現状です。

取材でわかった多くの人が疑問に思っていることや違反が多いケースを中心に基本的なルールをまとめました。

自転車は法律上「軽車両」とされていて、いわば車の仲間です。公道を走る際には、原則として車道を走ります。車と同じで左側通行です。
右側の車道を走ると、それは「逆走」にあたります。

しかし、例外として歩道を走れるケースも定められています。

ただし、いずれのケースでも歩道の中でも車道寄りを走る必要があり、かつ、徐行することが求められます。
また、歩行者の通行を妨げるような場合は、自転車が一時停止をしなければなりません。
つまり、歩道では歩行者が優先ということです。

自転車は車両なので、車道を走っているときは車と同じ信号に従わなければなりません。
ただ、歩道を走っている場合は歩行者用の信号に従わなければならないので注意が必要です。
車道を走っている際、歩行者用の信号が青だからと言って、車用の信号が赤なのに交差点を渡った場合は「信号無視」ということになります。

ただ、信号機に「歩行者・自転車専用」と表示されている場合は、車用の信号機ではなくこちらに従わなければなりません。

この表示があるときは、こちらに従う

一時停止の標識がある場合は、車と同じように停止線の直前で一時停止して、左右の安全を確認した上で走行しなければなりません。
また、標識がない場合でも見通しの悪い交差点などでは一時停止をして安全を確認しましょう。

この道路標識があるところでは一時停止を

自転車の交通違反には「赤切符」か「警告」

こうした自転車の交通ルールなどに違反した場合、警察官から取締りを受けることがあります。
では、自転車の交通違反で取締りを受けるとどうなるのでしょうか。

悪質な違反には、刑事罰の対象となる交通切符、いわゆる「赤切符」が交付され、検察庁に送られることになります。その後、違反の状況などから起訴されるかどうか検察官が判断することになります。

その一方で、自動車のような反則金の制度(青切符)はありません。比較的軽微な違反の場合は、警察官が罰則を伴わない専用のカードを使って「警告」を行っています。

違反繰り返すと講習の受講義務も

繰り返し取締りを受けた場合には、「自転車運転者講習」を受講することが法律で義務づけられています。
具体的には、次の15の違反行為で、3年以内に2回以上検挙された場合です。

講習は各地の運転免許試験場などで行われ、講習の時間は3時間。6000円の受講料が必要です。受講命令に従わなければ5万円以下の罰金の対象となります。

警視庁が取締りを強化

東京都内では、警視庁が去年10月末から、取締りの強化に乗り出しています。

重大な事故につながる可能性の高い4項目の違反(下図参照)のうち、特に悪質な違反については、これまで「警告」にとどめていたケースでも「赤切符」を交付して検挙することにしました。「特に悪質」というのは、警視庁の内部の規則に従って判断するということです。

ヘルメット着用の努力義務化

(※2023年9月22日更新)

ことし4月からは新しいルールも始まりました。
ヘルメット着用の努力義務化です。

以前は、13歳未満の子どもを対象に、保護者が着用させるよう努めなければならないとされていました。しかし、自転車の事故が全国で相次いでいることを踏まえて、ことし4月1日からは年齢を問わず、自転車に乗るすべての人がヘルメットを着用することが義務となりました。

努力義務のため罰則などはありませんが、大人も含めて着用を習慣化することで、事故による被害を最小限におさえたいという狙いです。

また、自分が運転する自転車にほかの人を乗せる場合にも、ヘルメットを着用させるよう努めなければならないとしています。

取材後記

取材を終えて改めて街なかを見渡すと、信号無視をしたりスピードを出して歩道を走ったりしている自転車の多さに驚かされました。

同時に、身近な乗り物だからこそ、その危険性や交通違反の多さについて考える機会が少なかったのではないかと感じました。

「自転車はときとして“凶器”にもなる」
事故で母親を亡くした女性はそう話しました。

警視庁ではすでに取締りを強化していますが、自転車の違反は件数が多いため、取締りには限界があります。

交通ルールの啓発や道路環境のあり方についてもあわせて検討することが重要だと思いました。そして何より、自転車を利用するひとりひとりが、その危険性をしっかりと認識しなければ、本当の意味でこの問題は解決しません。

自転車による悲惨な事故を繰り返さないためにも、これからも取材を続けていきます。 

  • 社会部記者 周英煥 2017年入局
    岡山局を経て2021年から警視庁クラブ所属
    これまで被爆者やハンセン病の元患者などを幅広く取材

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