駅近くの店に立ち寄ったその時。
店の隅で漫画を読んでいる人物が目に止まった。
あの男に似ている。
脳裏に焼き付けていた男の顔とほぼ重なった。
「見当たり捜査」が実を結ぼうとしていた。
(さいたま放送局記者 粕尾祐介)
2021年5月14日事件
駅近くの店に立ち寄ったその時。
店の隅で漫画を読んでいる人物が目に止まった。
あの男に似ている。
脳裏に焼き付けていた男の顔とほぼ重なった。
「見当たり捜査」が実を結ぼうとしていた。
(さいたま放送局記者 粕尾祐介)
ずらりと並ぶ顔写真。駅や交番などで見たことがある人も多いだろう。
全国で指名手配を受けた容疑者だ。その数およそ600人。
こうした人物を専門に追う刑事がいる。
顔写真を頼りに、都会の雑踏で同じ「顔」を見つけ出す「見当たり捜査」。
目の前に現れる保証はない。
ごくわずかな確率にかける刑事には流儀があった。
埼玉県警察本部の地下にある1室。
ドアが開き、私(記者)の前に、1人の男性が姿を現した。
フリースにジーンズというラフな格好。
そして、顔を見ると実に温和な表情だった。
凶悪事件の容疑者などを見つけ出す刑事と聞き、眼光が鋭く、こわもての「デカ」だろうと勝手に想像していたので少し拍子抜けした。
失礼ながら休日のサラリーマンのように見える中年の男性。
その男性こそが、埼玉県警の見当たり捜査員・中村(仮名)だった。
私は以前から見当たり捜査員の取材をしたいと思っていた。
新人の時に起きた殺人事件で容疑者を逮捕したのが「見当たり捜査班」と聞いて、ずっと気になっていたからだ。
埼玉県警に取材を申し込むと、捜査員の仕事を多くの人に理解してもらえるならと応じてくれた。
思い出に残っている事件は何かという私の質問に中村はある殺人事件を挙げた。
「あれは本当に1発目で見つかり衝撃的でした。あんなに見立てが当たるとは思わなかったです」
中村が挙げた事件は偶然にも、見当たり捜査を取材するきっかけとなった事件と同じだった。
それは、2年前、2019年6月のことだった。
埼玉県東松山市のアパートの1室で、当時38歳の介護士の女性が殺害されているのが見つかった。
玄関の鍵はかかっておらず、胸や腹などに十数か所の刺し傷があった。
警察は殺人事件として捜査本部を設置。
女性の部屋に残された携帯電話の通信履歴を調べたところ、女性が亡くなる直前まで連絡を取り合っていた男が参考人として浮上した。
捜査本部はさらに、男が都内にいるとの情報もキャッチした。
捜査本部の一員となった中村。
男の顔を頭にたたき込んで記憶した。
男がかつて住んでいたという東京・板橋区に同僚と向かっていた。
「雨が降っているし、金がないだろうから男はコンビニにでもいるのではないか」
東武東上線に乗って電車で向かう途中、そう考えていたそうだ。
駅に着くと中村は電車を降りた。
そして駅を出たところで視界に入った、古本などを売るチェーン店に行ってみようと思ったという。
それは見当たり捜査員としての勘だった。
店に入ると、片隅で漫画を読んでいる男が目にとまった。
遠目で、横顔しか見えなかったため、中村は品探しをするお客のふりをして近づいてみた。
近くで見て、衝撃が走った。
「あの男に似ている」
いきなりの遭遇。
一瞬、疑心暗鬼になったが、同僚に聞くとやはり「似ている」と答えた。
本人だと確信した。
中村は同僚らとともに素早く取り囲んだ。
観念したのか男は素直に応じる様子だったが、ある要求をしてきた。
「たばこを吸わせて欲しい」
そう言って男がバッグに手を入れようとしたとき、中村たちは「ちょっと待ってくれ」と言ってその手を止めた。とっさの判断だった。
バッグの中を確認するとたばこはなく、女性の殺害に使ったとみられる刃物が入っていた。
手を止めなければ自分が刺されていたかも知れない。
男は殺人の疑いで逮捕され、事件は発覚からわずか2日で区切りがついた。
「見当たり捜査」とは、指名手配犯などの顔写真を記憶し、繁華街やターミナル駅など人混みの中で見つけ出す捜査手法だ。
大阪府警察本部で昭和53年に全国で初めて導入され、これまで4000人以上を検挙。その後各地で専従の捜査班が作られるようになった。
中村は殺人や強盗事件を担当する捜査1課などでキャリアを積み重ねる中で、3年前に埼玉県警の刑事総務課にある「見当たり捜査班」への異動を命じられた。
追っている人物がいつ、目の前に現れるかもわからない。
とりわけ見当たり捜査員を希望していたわけではなかった中村。
果たして自分で務まるのかというプレッシャーから夢でうなされ、3か月ほど不眠症のようになったという。
捜査1課
・殺人や強盗、誘拐、性犯罪などの重大事件を扱う、刑事ドラマなどでおなじみの部署。中村
「だいたい異動すると仕事の関係でうなされますが、今回は結構うなされましたね。写真だけいっぱいあってどこの誰が来るのか分からないのを待つというのは、本当に来るのかなという気持ちがすごく強かったです。
まして見覚えのある顔が現れたとき選別できるのかというプレッシャーがすごくありました」
それでも徐々に成果を積み重ね、いまでは中村が1年間に逮捕する容疑者は7、8人にのぼる。
ふつうは1年間に1人か2人だというから、かなりのものだ。
これまで警察内で何度も表彰を受けている。
どうやって容疑者の特徴を頭にたたき込んでいるのか。
中村は見開きでA4サイズほどの大きさの手帳を取り出して見せてくれた。
中には顔写真がびっしりととじてあった。
すべて指名手配犯などの顔写真で、その数は400人分にのぼる。
ルーペを使って細かく観察し、目元やほくろなどの特徴を頭にたたき込む。
中村
「見当たり捜査員全員がやっていると思いますが、年をとっても目元は変わらないですね。ルーペで拡大しながら目を覚えるんですね。マスクをしていても目だけが出ているので、大体似ているなと反応できるので。
目が似ていると思ったら次に耳ですね。耳の形は年をとっても変わらないんです」
正面だけでなく横顔の写真もあり、それぞれ見比べながら特徴を記憶に刻む。
さらに全身の写真と身長の情報も重ね合わせ、イメージを膨らませるという。
「手帳には身長も入っているんです。160とか70とか。大体壁によりかかって見ているんですけれど、すれ違ったときに(身長は)このくらいかなと判断して、本人かを確認するようにしています」
中村にはルーティンがある。
出勤後20分ほどかけて、一とおり容疑者の顔を確認してから現場に向かう。
夜寝る前にも見るため、夢に出てきてうなされることもあるそうだ。
捜査員とばれないように街に溶け込むため、気をつけていることがあるのか。
質問にこう答えてくれた。
取材したこの日、中村はダウンジャケットにジーンズ姿で駅前の地図板の前で立ち止まった。
人目につきやすく、駅を行き交う人たちから怪しまれるのではないかと思ったが、誰も目もくれず通り過ぎていく。
視線に注目した。
遠くを見ていたかと思うと、気づかれないよう一瞬だけ行き交う人に視線を走らせる。
はたから見ても目力や鋭さは感じられず、表情やしぐさも自然だった。
まるで誰かと待ち合わせをしているような雰囲気でたたずんでいた。
中村
「つらいのは当てもなく待ち続けることですね。『いつ来るんだろう』と先が見えないのがつらいです。逮捕できれば3日ぐらい安心して寝られます。
『容疑者が捕まって被害者の方が喜んでいました』と同僚から聞くと安心しますね。いつか発見して捕まえる。その気持ちだけは折れないようにしています」
通勤時間帯となると、駅を行き交う人はおびただしい数になる。
しかも新型コロナウイルスの影響で、ほぼマスクをつけている。
肝心の顔が隠れた状態で、捜査に支障は出ていないのか。
中村
「1発目のインパクトがドーンと来るのではなく、『似ているな・・・』と感じることが増えてしまいましたね。似ているなと思ったら、耳の形とか身長とか特徴をどんどん確認して、最終的にはイエスかノーか分かるんですけど。自分たちの目を過信しないというのがあるので、2,3人で確認して間違いないとなればそこで声をかけるという感じですね。
でもパチンコとか競馬場とかでもたばこを吸うときはマスクをさげるんですよ。そしたら1発ですね」
中村はコロナ禍でも、指名手配されていた容疑者を逮捕している。
持ち場を離れてふだん街なかを移動しているときも、買い物をしているときも人の顔を見るよう意識しているそうだ。
来るあてもない人を待ち続ける、いわばアナログな捜査手法。
私は最後に少し聞きづらい質問をした。
最近はAI=人工知能で人の顔を判別する技術も進歩している。
地道な見当たり捜査もいずれはAIに取って代わられるのではないか。
そう聞くと中村は表情を変えずにこう答えた。
「AIが発展すれば、僕たちよりも正確に判断できるようになるかもしれません。しかしAIは容疑者を見つけることができても、捕まえることはできません。AIが逮捕できるようになるまでは『見当たり捜査』はなくならないと思います」
AIに逮捕はできない。
この言葉には、これまでに積み重ねてきた努力と実績に裏打ちされたプロとしてのプライドを感じた。それゆえに心に強く響いた。
事件取材でも、あてもなく関係者を待ち続けたり探したりすることが多い。
AIは私より早く関係者にたどりつくかもしれないが、関係者から情報を聞き出すことは、簡単ではないだろう。
見当たり捜査も事件取材も地道さと泥臭さが大切だ。
自分の仕事を振り返り、改めて肝に銘じた。
さいたま放送局記者
粕尾祐介 2019年入局
警察・司法担当
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