
地上での軍事行動を拡大させるイスラエル軍。
目指すのはハマスの本部があるとされるガザ地区の地下トンネルです。
地中深くに「要塞都市」のように張り巡らされ「メトロ」とも呼ばれる地下トンネル。
専門家も「これほどまで多岐にわたる使い方をしているのは他に類を見ない」と指摘します。
トンネル内はどうなっているのか。イスラエル軍はどう攻撃しようとしているのか。
トンネルの研究を続ける大学教授と情報機関の元高官の2人に聞きました。
(現地取材班記者 山本健人)
2000年代に軍事目的で急速に拡張
まず話を聞いたのは、イスラエルのバル・イラン大学のジョエル・ロスキン教授です。

ロスキン教授は地質学者としてガザ地区やその周辺の砂丘について調査するかたわら、およそ20年にわたってハマスの地下トンネルについて研究を続けています。
ガザ地区の地下トンネルはもともと1980年代から生活に困窮した住民が隣接するエジプトから食料や生活物資を密輸するために掘られ、武器も取り引きされるようになったといいます。

その後、2000年代になると、ハマスが軍事目的で地下トンネルを急速に拡張するようになり、エジプトとの境界近くだけでなくガザ地区北部にも地下トンネルが建設されるようになったということです。
ロスキン教授
「かつてのガザ地区は肥沃な土地で、地下浅くの地下水を利用した豊かな農業地帯でした。その後、エジプトと地区南部のラファの間の坑道がトンネルとして利用されました。そして、エジプト側から武器を含む密輸品の通り道となりました。2007年になると、トンネルはラファの街だけでなく、境界一帯にまで拡張しました」
ハマスがここまで地下トンネルを掘り進めることができた理由の1つとして、ロスキン教授は、ガザ地区の地質を挙げます。
ロスキン教授
「ガザ地区の土は粘土を含み、手やシャベルを使って簡単に掘ることができる上、崩れにくいという性質があります」
トンネルの最深は70メートル余り
現在は、地下にどのような形でトンネルが張り巡らされているのか。
ロスキン教授が過去にイスラエル軍の調査団の一員として行った調査や公開情報などから得た情報をもとに作成した地下トンネルの見取り図です。

トンネルの深さは20階建てのビルに相当する70メートル余りに達するとしています。
さらにトンネルの全長について、「300キロメートルから500キロメートルにおよぶと推測できる」とする一方、ロスキン教授は「正確に把握することは難しい」とも指摘します。
そして、ガザ地区の市街地にある病院から垂直に延びる通路を下りると、ハマスの作戦本部や発電施設、それに、人質を収容するための部屋があるほか、住宅地の地表近くにはロケット弾の発射台があるとしています。
また、市街地からイスラエルとの境界近くまで長い通路が緩やかなスロープのように最長で8キロメートルにわたって延びていて、そこから垂直に地上につながる通路があるといいます。さらに地中の穴にはロケット弾や迫撃砲が配備され、リモコンを使って地表のカバーを開けて発射できる性能もあるということです。

ロスキン教授は、イスラエル軍に対抗するためにハマスがトンネルを使った戦術を多様化させてきたとの見方も示します。
ロスキン教授
「地下トンネルを軍事やテロのために活用するハマスの手口は非常に巧妙です。指令やロケット弾の発射、人質の収容にとどまらず、ゲリラ作戦にも使われていて、これほどまで多岐にわたる使い方をしているのは他に類を見ません」
10月7日の大規模襲撃 トンネルを活用か
10月7日のハマスによる大規模な襲撃をめぐっては、なぜ、イスラエル軍がハマスの動きを事前に察知できなかったのかが注目されました。ロスキン教授は、ハマスの戦闘員が地下トンネルの通路を使って移動したため、イスラエルとの境界近くまで気づかれずに接近することができたのではないかと指摘しています。
イスラエル軍がガザ地区で最後に地上侵攻を行ったのは2014年。その際に35本の地下通路が境界を越えてイスラエル側に延びていたことが明らかになりました。

このため、イスラエルはこれらを破壊した上で、地下からの侵入を防止する特殊なフェンスを設置するようになったとしています。ただ、破壊は不十分だったうえ、その後、ハマスは再び地下トンネルの活用を強化した可能性があるとしています。
ロスキン教授
「2014年に、イスラエル側は35本のトンネルを間違いなく破壊しました。しかし、より深い部分にはまだ多くのトンネルが残されていたのです。その後、ハマスはガザ地区内の地下トンネルの能力を再び強化し、残ったトンネルを活用しました。そして、10月7日に、それらのトンネルで兵士たちをイスラエルとの境界に近い場所に移動させ、イスラエル側の監視カメラの目を逃れて攻撃を開始したのでしょう」
イスラエル軍はどう攻撃するか?
地中深くに広がる地下トンネル。イスラエル側はどのように攻略するのか。
イスラエルの情報機関の元高官、デイビッド・シモニ氏が、その一端を明かしました。

まずシモニ氏が使用の可能性を指摘するのが「バンカーバスター」です。「バンカーバスター」は厚いコンクリートなどを突き破ったあとで爆発する特殊な爆弾です。ここ数週間で、イスラエル軍がアメリカから供与を受けたという情報もあるとしています。「バンカーバスター」を何度か投下し、地下トンネルに打撃を与えるのが狙いだとしています。

そして、その後にイスラエル軍の特殊部隊「ヤハロム」が投入されると指摘します。
シモニ氏によりますと、「ヤハロム」はイスラエル軍の工兵部隊に所属し、地下トンネルでの戦闘を専門とするエリート部隊です。

「ヤハロム」とはヘブライ語で「ダイヤモンド」を意味します。
トンネル内部に侵入し、トンネルを爆破したり、ハマスがトンネル内で所持している武器を壊したりすることができ、軍事作戦で大きな役割を果たすとみられるとしています。
シモニ氏
「ハマス側は当然、トンネル内に爆弾をしかけるなどして、『ヤハロム』の進入を阻止するためにあらゆる手段を使うでしょう。ただ、ガザ地区では燃料不足に陥っていて、発電機を動かすことができず、トンネル内で換気を行ったり、通信機能を維持したりすることが難しくなっているとされていて、イスラエル軍にとって攻撃を仕掛ける上で大きなチャンスだとみられます」
ハマス側はどう応戦?
一方、ハマス側はイスラエル軍の攻撃にどのように対処しようとしているのか。

シモニ氏は、ハマス側が民間人を、いわゆる「人間の盾」として使う戦術をとる可能性があり、市民に多くの犠牲が出るおそれがあると指摘します。
シモニ氏
「ハマスは市民の間に紛れて戦う方法をとります。住宅地の中からロケット弾を発射するほか、武器を学校の地下に隠し、本部は病院の地下施設にあります。こうすることで、イスラエル軍は市民を巻き込まないように市街地や住宅地を避けて、戦わなければならなくなります。軍事目的のために、市民を犠牲にすることをいとわない、いわゆる『人間の盾』という戦術です。監視カメラの映像などから、北部から南部に住民が避難しようとしているのを、ハマスが妨害していることも明らかになっていて、いまも多くの住民が取り残されているとみられます」

取材後記
ロスキン教授、シモニ氏ともに地下トンネルが地中深くに複雑に掘られているため、イスラエル軍がトンネルを特定し、破壊するための軍事作戦は「数か月かかる」との見方を示しています。
「ハマスのイスラエルに対する憎しみが生み出した」とロスキン教授が指摘する地下トンネルを、なにがなんでも破壊しようと軍事行動を拡大するイスラエル軍。
そのさなかにも、ガザ地区では子どもを含む大勢の住民が毎日、犠牲になっています。
これからどれだけの市民の犠牲が増え続けるのか、一刻も早い停戦の実現を望まずにはいられません。

(10月30日 ニュース7などで放送)