
イスラエルによる連日の空爆で、ガザ地区では死者数が6500人(25日現在)を超えました。
こうした中、アメリカ政府はイスラエルを支持する姿勢を崩していません。
なぜアメリカはイスラエル支持を続けるのか。事態打開に向けた道筋はないのか。
政権中枢から長く中東情勢をみてきた、パネッタ元国防長官に話を聞きました。
(ワシントン支局長 高木優)
話を聞いたレオン・パネッタ氏とは
民主党のオバマ政権時に国防長官やCIA長官を務めたことで知られるパネッタ氏。
1990年代のクリントン政権時代には大統領首席補佐官として、イスラエルとパレスチナが2国家共存を目指すことを確認した「オスロ合意」など、中東和平に取り組んだクリントン大統領を影で支えてきた人物でもあります。

オバマ政権時代には、2011年の「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が中東各地で広がる中、国防長官として「イスラエルがパレスチナだけでなく中東各国との関係も悪化させている」と強い懸念を示し、パレスチナとの和平交渉の再開をイスラエルに強く促しました。
党派にかかわらず、イスラエルを擁護する立場をとる政治家が少なくないアメリカで、パレスチナにも寄り添う姿勢を示してきた1人です。
(以下、パネッタ氏の話。インタビューは10月19日に行いました)
イスラエルの報復は過剰ではないか?
世界のどの地域であっても、テロリストが罪のない人々、女性や子どもたちを殺害することは許されません。
イスラエルはハマスから残忍な攻撃を受けました。私も見たことのないほどの凄惨さで、1400人ものイスラエル人が残虐に殺されたのです。

この点においてイスラエルの立場は、まさにアメリカが、2001年9月11日に起きた同時多発テロ事件で3000人もの人々を殺されたときと同じです。
あのときアメリカは国際テロ組織アルカイダに対する攻撃に踏み切りました。

もし日本がテロリストに攻撃され国内で日本人が殺されたら、自分たちを守りたいと思うのではないでしょうか。
同じことがイスラエルにも当てはまるのです。イスラエルはハマスを弱体化させ、二度とガザで指導的な立場をとることができないようにしようとしているのです。
国連安保理決議での拒否権行使 どうみる?
本質的な問題は、あの決議案にはイスラエルに対する報復と妨害というねらいが込められていたことにあります。それこそがアメリカが拒否権を行使した理由であり、アメリカがイスラエルの立場を支持した理由です。
バイデン大統領は、ガザ地区への人道支援について「パレスチナの人たちのための人道支援を支持する」と明確に言っています。
実際に、エジプトのシシ大統領と協議して、たくさんの人道支援物資を積んだトラックがガザ地区に入って物資を提供できるようにしたのはバイデン大統領自身なのです。

アメリカでも広がるイスラエルへの批判
イスラエル軍によるガザ地区への空爆で犠牲になる住民が増え続ける中、アメリカでも若い世代を中心にイスラエルの行動を批判的に捉える人が日ごとに増えています。

そうした中、パネッタ氏が仕えたオバマ元大統領は23日、「イスラエルとガザについて思うこと」と題した声明を出しました。
イスラエルの自衛権は認めるとしながらも、従来のアメリカ政府の立場から一歩踏み込んで、イスラエルに強く自制を求める内容でした。
オバマ元大統領の声明
「たとえ私たちがイスラエルを支持する立場であっても、私たちはイスラエルがハマスに対する攻撃をどのように遂行するのか、『そのやり方が重要である』とはっきり言う必要があります。
とりわけ、市民が犠牲にならないよう、あらゆる手を尽くすことを定めた国際法をイスラエル軍がきちんと守ることが重要です。
世界は、中東地域で繰り広げられる出来事を注意深く観察しています。イスラエル軍の人命を無視した行動は、最終的にはイスラエルに逆効果をもたらします。
子どもを含む、何千人というパレスチナ人がすでにガザ地区への空爆で殺されているのです。何十万という人々が家を追われているのです。
自由を奪われた人々に対する食料や水、電気を止めるというイスラエル政府の決定は、人道危機をさらに深刻なものにするだけでなく、何世代にも渡ってパレスチナの人々の態度を硬化させ、その結果、イスラエルが世界から支持されなくなるでしょう」

アメリカは地上侵攻を支持するのか?
アメリカは、イスラエルが自衛のためにどのような戦術をとるべきかを指図する立場にありません。
イスラエルはすでに30万人の予備役を動員し、兵力を集結させています。
ハマスを排除するにはいくつもの方法があり、その1つがガザ地区への侵攻ですが、この道を選べば、戦争は長期化し、確実に大勢の犠牲者が出ることになります。

バイデン大統領は「イスラエルがガザ地区に軍をとどまらせ、管理を続けることは賢明ではない」とはっきり言っています。
ハマスを排除した後、ハマスではないパレスチナ人の強力なリーダーシップを確立し、ガザを統治できるようにすることが目標であるべきです。
そして、ヨルダン川西岸だけでなく、ガザも含めた強力な政府をつくるようパレスチナ人に促すのが国際社会の役割であり、その先にイスラエル人とパレスチナ人がともに生きる未来があるのです。
アメリカの中東への関与低下が背景?
トランプ政権の時にアメリカは世界から手を引き、「アメリカ第一主義」を掲げて同盟関係を後退させました。
これは深刻な間違いであり、世界に誤ったメッセージを送ってしまいました。

しかし、バイデン大統領は、世界に対してこれからもアメリカが指導力を発揮していく考えを明確に示しています。
アメリカは第2次世界大戦以降、世界で指導力を発揮してきました。私はこれを続けていくことが重要だと考えています。
私は、大学の自分の研究所で学ぶ学生たちに常々、言ってきたことがあります。それは、民主主義は「指導力」か「危機(クライシス)」によってしか支配されないということです。
指導力があれば、危機は回避できます。しかし指導力がなければ、危機が民主主義を支配するのです。
もし、アメリカが世界をリードしなければ、率直に言って、どの国もそれに代わることはできません。
問題解決のために何が必要か?
アメリカがイスラエル、パレスチナ双方の仲介者という立場を堅持していく必要があります。それこそがアメリカがとるべき大事な立ち位置です。
私がクリントン政権にいた時、クリントン大統領は中東の和平を推進するため、あくまで仲介役に徹しました。おそらく、あのときこそが、パレスチナ人が自分たちの国家を持つことに最も近づいた瞬間でした。

しかし、そのあと何が起きたのかといえば、アメリカの複数の大統領が、中東和平の仲介はほとんど不可能なことだと決めつけてしまったのです。これは間違いでした。
私は現実には、アメリカがイスラエル、パレスチナ双方と手を携え、究極の目標である「2国家共存」に向けて行動していくだけの信頼性を保持していると考えています。
そのことが、この問題を解決するための唯一の道です。しかし、そのためにはアメリカが、イスラエルとパレスチナの双方から信頼され続ける必要があります。
インタビューを終えて
パネッタ氏に話を聞いたその日、バイデン大統領はホワイトハウスの執務室からの演説で「アメリカは今でも、世界の道しるべだ」と国民に訴えました。

アメリカは今世紀に入って2度、中東地域で大きな戦略的失敗を犯したと言われています。
1つは同時多発テロ事件後のイラク侵攻。テロとの戦いを掲げ、大量破壊兵器を見つけ出すとしながら、結局、そのような兵器はイラクに存在しませんでした。
もう1つは2013年、シリアで化学兵器が使われたときの対応です。
当時のオバマ大統領は「化学兵器の使用は越えてはならないレッドラインだ」と明示していたにもかかわらず、軍事行動を見送りました。
その結果、ロシアのプーチン大統領がアメリカの足元を見るようになり、その後の一方的なクリミア併合、そして、ウクライナ侵攻につながったと指摘する関係者は少なくありません。
アメリカ国内では、民主党の支持基盤である若者を中心にパレスチナ側への同情が日に日に広がっている一方、来年秋の大統領選挙での再選を目指すバイデン大統領としては、ユダヤ票をないがしろにできない、という現実もあります。
そうした状況で、アメリカは「世界の道しるべ」として、イスラエルだけでなく、パレスチナの信頼も得て、双方の仲介者となれるのか。バイデン政権は正念場を迎えています。

(10月20日 ニュースウォッチ9で放送)