
10月7日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが突如、イスラエルへの攻撃を開始。イスラエル側も激しい空爆で応酬し、双方の死者は1週間あまりで4000人を超えています。(15日時点)
「これはイスラエルにとっての911だ」
イスラエル側がアメリカで起きた同時多発テロになぞらえて語った今回の軍事衝突。
何が起きているのか?なぜ、ハマスは攻撃に踏み切ったのか?戦線の拡大は?
専門家の分析を交えて、最新の情勢を読み解きます。
(国際部記者 小島明 / エルサレム支局長 田村佑輔)
そもそもガザ地区って?
パレスチナは、1948年のイスラエル建国とその後の中東戦争、それに内部の対立を経てヨルダン川西岸地区とガザ地区に分断されています。

このうちガザ地区は、地中海に沿った、鹿児島県の種子島ほどの広さの土地に220万人以上が暮らしていて、イスラム組織「ハマス」が実効支配しています。

このハマスを敵視するイスラエルによる経済封鎖が続いているほか、軍事衝突で多くの民間人が犠牲となってきました。また、ガザ地区の周囲には壁やフェンスが張り巡らされ、移動の自由も制限されていて、「天井のない監獄」とも呼ばれています。
いったい何が起きた?
ハマスによる奇襲攻撃は7日午前6時半ごろ、ガザ地区からの大規模なロケット攻撃で始まりました。発射されたロケット弾の数について、ハマス側は5000発以上、イスラエル側は2200発以上だとしています。

それと前後するように戦闘員がイスラエル側に侵入。ガザ地区はイスラエルが建設した壁やフェンスに囲まれて封鎖されていますが、イギリスの公共放送BBCは、検問所を含む7か所をハマスの戦闘員が突破したと分析しています。

ハマスの軍事部門のカッサム旅団はSNSなどで戦闘員がイスラエル側に侵入した様子だとする映像を公開しています。このうち、空から侵入したとする動画では複数の戦闘員が、動力付きのパラグライダーを使ってイスラエルが建設したコンクリートの分離壁を越えていくような様子が映っています。

また、イスラエルとガザ地区の間の人の行き来を管理するエレズ検問所で撮影されたとされる映像では、分離壁で大きな爆発が起きたあと戦闘員たちが走って行く様子や施設のなかで激しい銃撃戦が起きている様子が記録されています。

そして、フェンスごと爆破してそこから武装した戦闘員を荷台に乗せた複数の車がイスラエル側に侵入しているような動画もあります。さらに8日に公開された映像では、複数の戦闘員が海とみられる場所でボートに乗って水面を進む様子がとらえられています。
これに対しイスラエル側は、ネタニヤフ首相が「われわれは戦争状態にある」とする声明を出して、報復作戦を開始。ガザ地区にあるハマスの拠点などに対して、連日激しい空爆を行っています。

一連の軍事衝突で民間人にも被害が出ていて、双方の死者の数はイスラエル側で1400人、ガザ地区で2670人。1週間あまりであわせて4000人を超えています。
イスラム組織「ハマス」とは?
正式名称は「イスラム抵抗運動」。ハマスはそのアラビア語の頭文字などをとったもので「情熱」という意味の単語にもなります。
1987年に発足したハマスは国家としてのイスラエルを一切認めない強硬な立場をとり、武力闘争を掲げて自爆テロなどを行いました。その一方で、市民に対する福祉活動も行い、市民の支持を得ました。そしてパレスチナの穏健派の政治勢力「ファタハ」との武力闘争をへて、2007年からはガザ地区を実効支配しています。

ハマスは、アメリカやEU=ヨーロッパ連合などからテロ組織に指定されていますが、イスラエルによる厳しい経済封鎖にさらされる中でも武器などを調達し、イランからの支援を受けているとも指摘されています。
なぜ、このタイミング?
まだはっきりしたことはわかっていません。ただ、ハマスによる奇襲攻撃が行われた7日はユダヤ教の重要な祭日の最中で、イスラエルにとっては不意を突かれた形です。さらに前日の6日は、50年前にイスラエルが突如、エジプトとシリアによる攻撃を受けて始まった「第4次中東戦争」の開戦日でした。その日はユダヤ教徒にとって最も重要なしょく罪の日「ヨム・キプール」でもありました。

ハマスは今回の奇襲攻撃の作戦名を「アルアクサの洪水」としていて、エルサレム旧市街にあるイスラム教の聖地「ハラム・アッシャリフ」にある「アルアクサ・モスク」のことを指しているとみられます。この聖地をめぐっては、同じ場所にかつてユダヤ教の神殿があったとされることから、イスラム教徒とユダヤ教徒の間の火種になってきました。

これまでの衝突と何が違う?
まず、その戦闘の規模です。イスラエルが受けた攻撃としては50年前の第4次中東戦争以降、最大規模ともされています。これに対して、イスラエル軍は「鉄の剣」と名付けた報復作戦を実施し、ガザ地区のハマスの拠点などへの大規模な空爆を続けています。

イスラエルのガラント国防相は9日、「ガザ地区を完全に包囲する」としてイスラエルからガザ地区への電力の供給を止めるなどと発表し、ハマスに対する圧力を一段と強める構えです。さらにイスラエル軍は、2014年にガザ地区に大規模な地上部隊を侵攻させたときの5倍近くの30万人の予備役の動員を発表するなどしていて、今後どこまで軍事作戦を拡大させるのかが焦点となっています。
そして、もう一つが100人以上ともされるイスラエル側の人質です。今回、ハマス側は大規模なロケット弾による攻撃に加えて、戦闘員がイスラエル側に侵入し、多くの兵士や市民を連れ去りました。

人質の中には外国人も含まれていて、ハマスとしてはイスラエル側の報復作戦をけん制するほか、イスラエル側にとらえられている拘束者との交換などにもつなげるねらいがあるとみられます。
イスラエルとハマスの間では数年おきに大規模な軍事衝突が起きてきましたが、これだけの規模の人質は前例がありません。
欧米とアラブ諸国の受け止めは?
今回のハマスによるイスラエルへの攻撃をめぐっては、欧米とアラブ諸国でその受け止めに立場の違いが出ています。
アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアの5か国の首脳は9日に電話会談をして、イスラエルへの支持とテロ行為を非難する共同声明を発表しました。

一方で、アラブ連盟のアブルゲイト事務局長は訪問先のロシアで「ガザでは、これまでも多くの人々が殺害され、流血の事態が起きてきた。イスラエルはこうした行為を繰り返してきた」と述べ、逆にイスラエル側を批判しました。

武力攻撃の応酬に歯止めがかからないなか、国連のグテーレス事務総長はイスラエルのネタニヤフ首相やパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長、周辺国の首脳らと相次いで電話会談を行っていますが、現時点では事態が収拾する兆しはまったく立っていません。

専門家はどうみる?
突如として始まった今回の大規模な軍事衝突。専門家はどうみているのか。
防衛大学校の立山良司名誉教授に、最新の情勢分析とイスラエル側が地上作戦に踏み切るのかなど、今後の見通しについて聞きました。

以下、立山名誉教授の話
なぜ、ハマス側は攻撃をしかけた?
やはり16年間の封鎖があって、ガザ地区の社会・経済はひどい状況です。
そうした中で、封鎖に対するパレスチナ住民の怒りというのはイスラエルに向くのと同時に、ガザを実効支配しているハマスにも向いているわけです。不満がうっせきしている状態で、それがいつハマスに本当に向かってくるかということを恐れて、何かしなければいけないという気持ちがあったと思います。
もう1つはイスラエルとサウジアラビアの関係正常化※という話が進んでいます。パレスチナ自治政府のほうは自治権限を拡大する、ある種の条件闘争で、正常化に対応しようとしています。一方で、ガザの問題は一切、その条件には出てきていません。
つまり、ガザの問題は見捨てられていく可能性がある。見捨てられることの恐怖をハマスは感じていたし、ガザの住民も感じたんだろうと思います。 ここで何か大きな軍事作戦をやれば、そうした流れを食い止める、あるいは少なくとも大きな妨げになるというふうに考えたのだと思います。
アラブ諸国とイスラエルの関係改善の動き
アラブ諸国は長年、パレスチナの占領を続けるイスラエルと対立してきましたが、2020年、アメリカのトランプ政権(当時)の仲介で、UAEとバーレーンがイスラエルと国交を正常化させました。さらにアラブ諸国の中心的な存在のサウジアラビアも国交正常化の動きが出ていて、9月21日の国連総会で、パレスチナのアッバス議長がパレスチナ問題を置き去りにしないよう訴えていました。

なぜこれほど大規模な衝突に?
ガザの場合は、封鎖が行われている16年間に、間欠泉的に軍事攻撃をイスラエル側に行ってきたわけです。それは、何らかの行動を起こさないとガザの問題は国際社会から見放されてしまう、忘れられてしまうという、ハマスの焦りもあると思いますし、それからガザの住民からの突き上げもあると思います。
ただ、これほど大規模で、ロケットを半日で2000発以上発射するとか、戦闘員を多数イスラエル国内に送り込むということを実行するとは思っていませんでした。

2021年にも、イスラエルとガザの間で軍事衝突があり、国際的にも取り上げられましたが、それほど大きく取り上げられたわけではありません。
今回はその軍事攻撃の規模が大きく、異例の攻撃だったということで大きく取り上げられています。ガザの問題がこれほど国際的なニュースになるのは久しぶりで、ガザの問題に国際社会の目を向かせる、さらにはアラブ諸国の目を向かせるという意味では、ハマスにとってはねらいどおりになっていると言えるだろうと思います。
イスラエル側は事前に察知していなかった?
ハマスはときどきロケットは撃つが、大規模な軍事作戦に出れば、イスラエルも大規模に報復する。その報復を恐れて、それほど大きな作戦は仕掛けてこないであろうという風に見ていた、いわば甘く見ていた、ということも考えられるかもしれません。
さらにイスラエル国内では、最高裁判所の権限を弱めることなどを可能にするネタニヤフ政権の司法改革をめぐって、抗議活動が広がるなど混乱していました。この動きは予備役の中にも広がり、軍の招集に応じないという動きが出ていました。招集に応じない部隊の中に、情報部門の人も結構いて、情報部門が一定程度、機能不全状態におちいっていたのかもしれないという報道もあります。
今回の大規模な軍事作戦はハマスが相当な準備をして行ったと思うのですが、その準備の兆候すらイスラエルがつかめなかった。
これはイスラエルの軍事、あるいは情報機関の情報収集能力に何らかの欠陥が生じているのかもしれないということを思わせる状態です。

イスラエルはガザに対して常時、ドローンを上空に飛ばしたり、通信を傍受したりして、ガザの動きを全部把握していたはずなのに、全く兆候すらつかめなかった。これはイスラエル軍、あるいはイスラエルの情報機関モサドの大失態だと思います。
イスラエル側の受け止めは?
相当なショックだったと思います。ロケット攻撃だけでなく、ハマスの戦闘員によってガザ周辺の町も攻撃されて、普通の家で、社会生活をしている民間人が多数、戦闘に巻き込まれて死んでしまったということは、かなりショックだと思います。
ガザの問題というのは、イスラエル政府はもう十数年間、封鎖が始まった前後から、巨大な塀をガザの周りに作って問題を塀の中に押し込めているという状況でした。

地上からの越境攻撃は、いままではほとんどが塀・フェンスの下にトンネルを掘って侵入するというスタイルで、極めて小規模な人数、しかもトンネルを掘っているのを事前に察知されて作戦を妨害されることが多かったわけです。
ところが今回は、いままでの報道によれば、検問所やゲートが攻撃されて、守っているイスラエル軍が無力化されてゲートから堂々と入り、イスラエルの中に攻撃したと。しかも一番離れている町はガザから25キロも離れているところまで攻撃をしたということで、これはいままでには全く考えられないことです。
ハマスの武装勢力は塀の中に閉じ込めているという安心感があったわけですけれども、その安心感が大きく揺らいでしまっていると思います。
イスラエル軍による地上作戦の可能性は?
可能性は高いと思いますが、人質が何人いるか、どこにいるかということをいつまでにつかめるかが大きな問題だと思います。
ただやみくもに入って軍事攻撃を続ければ、人質の命も危ないかもしれない。

それからもう1つは、2014年の軍事衝突の際にイスラエルは大規模な地上戦をやったわけですが、ガザの中には無数のトンネルが掘られていて、イスラエル軍が入ってもそのトンネルに仕掛けられたわなにはまってしまい、イスラエル側にも相当の犠牲者が出ました。ネタニヤフ政権の中の強硬派は「地上戦を大規模にやってハマスをせん滅すべき」と主張しています。一方で、軍や安全保障の専門家は「地上戦に踏み切るのは極めて危険が多いし、いつまでもガザを占領していくわけにはいかず、撤退しなければいけない」という慎重論も多いんです。
ネタニヤフ政権としてはいまのところ、空爆か、あるいは周辺に戦車を置いて攻撃するというような、少し距離を置いた作戦を続けて、それでハマスに報復をしているということを国内には見せたいのだと思います。

今後の見通しは?
攻撃の規模は縮小していくと思いますが、停戦が成立するまでには一定程度の期間がかかると思います。これまで、軍事衝突のたびにエジプトやカタールが仲介工作を行ってきましたが、今回、エジプトやカタールを含めるのかどうかまだわかりません。
双方の条件を出し合って、ということになると思いますが、ガザでもともと人質になっているイスラエル兵の動向、ハマスにすれば、イスラエルの刑務所にいるパレスチナ人の政治犯、囚人の解放を条件として出してくると思います。停戦・人質の解放交渉という流れは時間がかかっていくと思います。

国際社会、日本に求められることは?
2014年の大規模な軍事衝突のときもそうでしたが、一時的に関心が向いても1か月、2か月たつと別の問題に関心がいってしまう。
今回のハマスによる攻撃は許されるものではありません。それと同時にもう少し長期的な視点でいえば、イスラエル側が行っている占領行為などに対しても、国際法的な問題提起がなされるべきだと思います。そのためには、国際刑事裁判所などがもっと動くべきだと思いますし、国際刑事裁判所の動きを日本も支援、あるいは求めていくことが必要だと思います。
最大の問題は1967年以来イスラエルの占領がずっと続いていることです。ことしはオスロ合意締結から30年ですが、オスロ合意でパレスチナ問題が解決すると期待されていたにもかかわらず、状況はむしろ悪くなっているわけです。

占領による非人道的な状況が続いている。このことを自制する、解決していく、そういう努力を国際社会は絶対に進めていかなければいけないのです。