
「ガザに安全な場所などない。いつ爆弾が頭の上に落ちてくるかわからない」
こう訴えるのは、NHKガザ事務所のパレスチナ人プロデューサーだ。
イスラム組織ハマスからの攻撃を受け、イスラエルは報復措置としてガザ地区への大規模な空爆を続けている。
地区への出入りを管理する検問所はハマスによって制圧され、メディアが外からガザに入ることはできない。
ガザ地区でいま、何が起きているのか。現地で取材するNHKスタッフが語った。
(国際部記者 小島明)
ガザを伝え続ける2人
誰もが予期しない形で始まったハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃。
これに対して、イスラエルは「戦争状態」だと宣言し、報復措置としてハマスが拠点とするガザ地区に絶え間ない空爆を続けている。
ガザ地区の死者数は2670人。イスラエル側も含めた衝突の死者数は1週間あまりで4000人を超えている。

しかし、そのガザ地区にいま、メディアなどは入ることができない。
イスラエルが人の出入りを管理していた検問所が、ハマスに制圧されたためだ。
そのガザ地区で取材しているのがNHKガザ事務所のパレスチナ人プロデューサー、ムハンマド・シェハダとカメラマンのサラーム・アブタホンの2人。

10年以上にわたってガザからの報道を支えてきたムハンマドとサラーム。
イスラエルによる空爆が続くいまも、現地の状況を伝えようと、亡くなった人やけがをした人が次々と運ばれてくる病院などで取材にあたっている。
ガザでいま何が起きているのか?
絶え間なく空爆が続く中で、ガザ地区では多くの市民が避難を余儀なくされている。
国連は11日、家を破壊されたり、被害を受けたりして学校や親戚の家などに避難している人は33万8934人に上ると発表した。

イスラエルがハマスへの圧力を強めようとガザ地区の完全封鎖に踏み切る中、通信状況も悪くなっているが、現地時間の10月10日朝、取材に出る前のムハンマドに、ハマスによる攻撃が行われた7日以降の現地の様子を聞くことができた。
大きく状況が変わったのは今月9日。
イスラエル軍がNHKの事務所がある地域に空爆を行うとして、直ちに避難するよう住民に警告してきた。
このとき、ムハンマドはサラームとともに病院の取材を終え、撮影した映像を伝送しようとしていたという。

ムハンマド
「少なくとも50人の市民が空爆で亡くなったと聞き、現場は危険だったので、亡くなった人やけがをした人が病院に次々と運ばれてくる様子を数時間取材した。
そして、事務所に戻ったとき、イスラエル軍が事務所のある地域は危険だと警告していることを知った。
11階にある事務所から外を見ると住民が急いで避難していく様子が見えたので、カメラなど最低限の荷物を持ってすぐに避難した」

2人は屋外で映像を東京に送る作業を続けようとしたものの、衝撃を感じるほどの大規模な空爆があり、近くにいた人たちと一緒に階段の後ろにかくれ、なんとか身の安全を確保したという。
その後、別の場所に避難していた家族がいる地域にもイスラエル軍からの警告が出たため、いったん家族の元に戻ったムハンマド。そのときの様子をカメラマンのサラームが撮影していた。
そこには、防弾ベストを着たムハンマドが幼い娘を抱きかかえて階段を駆け下りる様子や、緊張した様子で「行くぞ」と何度も呼びかけあう声、そして、なんとか新たな避難先にたどり着き、ムハンマドが娘と息子を抱きしめる様子が写っていた。

イスラエル軍による報復攻撃について「30分から45分おきに激しい空爆が行われていて、誰も寝ることができていない。3日間で10時間も眠れていない」と話すムハンマド。
その上で、空爆を続けるイスラエル軍から送られてくる「安全な場所に避難せよ」という警告について、いらだちをあらわにした。
ムハンマド
「『シェルターに避難しろ』というメッセージを受け取っても、ガザ地区に安全なシェルターはない。シェルターとされる学校も空爆を受けているからだ。
ここに安全な場所などない。どこに行けばいいのか、どこに身を隠せばいいのかわからない。いつ頭の上に爆弾が落ちてくるかわからない。
そんな状況では、いまいる場所が安全かどうか判断することなどできるわけがない。ここではみな『安全』という感覚を失っている。
ガザの人々がどのような気持ちでいるのか、ことばや映像で説明することはできない」
ガザから伝えたいこと
ムハンマドがいま一番心配しているのが水だという。ガザには地下水はあるものの、電力がなければくみ上げることもままならないからだ。
いまはまだ電気やインターネットは使うことができているが、いつ使えなくなるかは分からず、今後は見通せない。
大規模な軍事衝突はイスラエル、パレスチナの双方で甚大な犠牲者を出している。
ハマスの戦闘員は音楽イベントの参加者や自宅にいたイスラエルの市民を次々と殺害、人質として連れ去るなど、民間人の被害はパレスチナだけではない。
ムハンマドはこの現実をどう受け止めているのか。

「イスラエル、そしてハマスに言いたいことは?」
そうたずねると、ムハンマドは深いため息をつき「できればその質問には答えたくない。感情が抑えきれず、公平でいられる自信がない。ただ言えるのは…」そう言って1つ1つ言葉を選びながら話し始めた。

ムハンマド
「できればその質問には答えたくない。感情が抑えきれず、公平でいられる自信がない。
ただ言えるのは、70年続くパレスチナ人への攻撃、虐殺に対して世界はずっと関心を払ってこなかった。パレスチナ人が犠牲になっても誰も関心を持たなかった。
それが、イスラエル人が犠牲になった瞬間、すべての人が関心を持った」
「イスラエルはハマスの軍事施設だけを攻撃していると主張しているが、私たちが病院やその周辺で目にしたのは、市民が犠牲になり、民間の建物が破壊されている光景だ。多くの子ども、女性、お年寄りが殺されている。
日本の人たち、国際社会はガザで何が起きているかを正確に知り、一刻も早く、ガザで起きている戦争を止めるための方策を見つけてほしい」
現場の声を伝えるということ
普段は冷静に取材しつつも、朗らかに冗談も欠かさず周りを笑わせてくれるムハンマドとサラーム。

厳しい封鎖下でも、ガザ地区やそこで暮らす人々のことを遠く離れた日本や世界に伝えたいと、NHKの報道を支えてきた。
2人を含めガザ地区にいる市民にメッセージを送ったり電話をしたりするとき、「どうか安全な場所にいて」と伝えることの無意味さを痛感せざるを得ない。そんな状況が続いている。
複雑な思いを抱えながら、それでもガザ地区で起きていることを伝えたいと、いまも現地で取材を続けているムハンマドとサラーム。
その2人の思い、「一刻も早くこの戦争を止めてほしい」という思いを、1人でも多くの人に伝えていきたい。
