2022年12月30日
パレスチナ モロッコ サッカーW杯 イスラエル 中東 アフリカ

ワールドカップ快進撃のモロッコが掲げた旗は?いったいなぜ?

サッカーワールドカップのカタール大会で次々と強豪を破りアフリカ勢初のベスト4まで進んだモロッコ。

その活躍とともに大きな話題となったのが、代表チームが試合後、自分たちの国旗とともに掲げた、ある「旗」でした。

ある「旗」とはいったい何なのか。そもそもなぜその「旗」を掲げたのか。詳しく解説します。

(エルサレム支局長 曽我太一)

モロッコ代表が掲げた旗とは?

決勝トーナメントの1回戦で強豪スペインをPK戦の末に破り、大金星をあげたモロッコ代表の選手たち。

試合後の興奮も覚めやらぬなか撮られた集合写真で中央に掲げられたのが、こちらの「旗」です。

スペイン戦後 パレスチナの旗を掲げるモロッコ代表(2022年12月6日)

笑顔の選手たちが広げているのはモロッコの国旗ではなく、「パレスチナ」の旗でした。

モロッコ国旗(左)と パレスチナの旗

そもそもパレスチナって?

南にエジプト、東にヨルダン、北にはシリアやレバノンがある場所で、地中海の一番、東の沿岸にある地域が昔から「パレスチナ」と呼ばれていました。

第一次世界大戦のあとはイギリスが「委任統治領パレスチナ」として支配していましたが、1948年にイスラエルが独立宣言をして“ユダヤ人の国”を建国し、住んでいたパレスチナの人たちが土地から追い出されます。

これにパレスチナ人の同胞であるアラブ諸国が反発し、イスラエルとアラブ諸国の間でたびたび戦争が起きるようになりました。

なぜモロッコがパレスチナの旗を掲げたの?

モロッコもアラブ諸国の1つで公用語はアラビア語。

同じアラブ人としてパレスチナへの同胞意識、強い連帯感を持っているのです。

モロッコでパレスチナの旗を掲げるサッカーファン

ワールドカップ期間中も首都ラバトのパブリック・ビューイング会場などでは、多くの現地のサッカーファンがパレスチナの旗を掲げていました。

モロッコ人のサッカーファン
「パレスチナとモロッコは兄弟だ。勝利すればパレスチナ人とも勝利を分かち合いたい。パレスチナとエルサレムが解放されることを願っている」

パレスチナでは、モロッコ代表がパレスチナの旗を掲げた際のポスターが大きく掲げられ、パレスチナ人からは「モロッコの人たちはパレスチナのことを親身に考えてくれていた」などといった声が聞かれました。

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区に掲げられたモロッコ代表のポスター

なぜこのタイミングで旗を掲げたの?

それは今の中東情勢が深く関わっています。

同胞パレスチナの独立を支持するという考えは「アラブの大義」とも呼ばれ、アラブ諸国は「パレスチナ国家の独立なくして、イスラエルとの国交正常化なし」と誓っていました。

しかし2020年以降、イスラエルはアメリカ政府の仲介で、対立していたはずのUAE=アラブ首長国連邦やバーレーンといったアラブ諸国と国交正常化を進めたのです。

イスラエルとUAE・バーレーンの国交正常化合意の署名式(2020年・ワシントン)

モロッコも国交を正常化させた国の1つで、経済分野だけでなく防衛分野でも連携するなど、関係強化を進めています。

中東で大きな影響力を持つアメリカの後押しもあってイスラエルによるアラブ諸国との接近が続き、ここ数年は特にパレスチナの孤立が浮き彫りとなっていました。

こうした流れのなかで、モロッコの代表チームや市民がワールドカップを通じてパレスチナへの連帯を示したことで、「パレスチナ問題はまだ終わっていない」と人々が改めて認識することになったのです。

イスラエルはどういう反応だった?

イスラエル政府は公式には何の反応も示していません。

そもそもイスラエルにとっても今回のカタール大会は特別なものでした。

イスラエルとカタールは国交がなく、ふだんイスラエル人が渡航することはできません。

カタールはパレスチナのイスラム組織ハマスの背後にあるムスリム同胞団を支援している国で、イスラエルにとっては特に対応が難しい国です。

それが今回、イスラエルのメディアやサッカーファンの入国が認められ、1万人以上がカタールに渡航。イスラエルからカタールへの直行便も大会期間中限定で運航されたのです。

イスラエルの空港でカタール直行便の搭乗手続きをするイスラエルのサッカーファン

イスラエルのメディアも多くの記者を現地に派遣し、出場国でないにも関わらず、現地から手厚く大会の様子を伝えていました。

ワールドカップでパレスチナの旗 受け止めは?

イスラエルにとってはある意味、現実に引き戻されたような感覚だったのではないでしょうか。イスラエルとアラブ諸国の接近が進み、中東が新たな時代を迎えたと思っていた矢先に今回のことが起きました。

パレスチナを20年近く取材し、今回カタールでも取材したイスラエルのテレビ局のオハド・ヘモ記者は次のように話します。

カタールで取材するイスラエルのテレビ局のオハド・ヘモ記者

ヘモ記者
「アラブ諸国の統治者が考えていることと、市民が考えていることの間に非常に大きなギャップがあるという現実を目の当たりにしました。過去数年でイスラエルは複数のアラブ諸国と国交正常化することで合意しましたが、国民レベルにまでは浸透していなかったのです。イスラエルとパレスチナの間に紛争がある限り、イスラエルはアラブ世界からの“共感”を得られないのだと思います

なぜ“共感”が得られないのか?

ヘモ記者はアラビア語も流ちょうに話し、日頃からパレスチナ人にも直接取材をしています。

今回現地でも多くのアラブ人に取材を試みましたが、イスラエルのメディアだと名乗ったところで取材を断られたり、「イスラエルは存在しない、パレスチナの土地だ」と言ったように議論になったり、これまでにはない感情を感じたと言います。

オハド・ヘモ記者

ヘモ記者
「パレスチナ人に取材をしていて、嫌われたり、怒られたりということはありますが、『憎悪』のようなものを感じることはありません。しかし、カタールで在外のパレスチナ人やほかのアラブ人と話すと『憎悪』のようなものすら感じ、『パレスチナ人がイスラエルを認めたとしても私は認めない』とも言われました。将来に対し悲観的にならざるを得ませんでした」

イスラエルの有力メディア「ハーレツ」は「イスラエルの問題は湾岸の豊かなアラブ諸国にあるのではなく、パレスチナ問題を気にかける数億人のアラブ人たちにある」と指摘し、今回の一連の出来事を「イスラエルへの警鐘だ」と強調しています。

アラブ諸国の人々の心の中にパレスチナ問題への関心が刻まれていることが表面化した今回の事態。

どうすればこの地域の対立を解消することができるのか。対立の根深さが改めて浮き彫りになったと感じました。

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