2023年10月2日
ドイツ ウクライナ ロシア ヨーロッパ

実行犯はウクライナ?ロシア?ノルドストリーム爆破の真相は?

「事件の“真相”は、世界を変えてしまうだろう」

去年9月、バルト海の海底で起きた天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の爆破事件について、ドイツの有力メディアはこう評しています。

誰が、何のために、パイプラインを爆破したのか。
国家が関与したとしたら、いったいどの国が?

見えてきたのは、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、その捜査の行方が、局面を大きく変えてしまうかもしれないという、重大さでした。

(ベルリン支局長 田中顕一)

世界に衝撃を与えたノルドストリーム爆破事件

2022年9月26日。

バルト海を経由してロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム」が何者かに爆破されました。

場所はデンマークの沖合。パイプラインの4か所で爆発が起き、4本あるパイプラインのうち3本が破壊されたのです。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってから半年あまり。

多くの人が戦争を身近に感じ、緊張や不安が高まっている中で起きたパイプラインの爆発について、ヨーロッパ各国は何者かによる破壊工作との見方を示し、大きな衝撃が広がりました。

デンマーク ボーンホルム島沖 2022年9月

実行犯は誰なのか。目的は何なのか。

ドイツをはじめ、関係する国々が慎重に捜査を進める中、ことしに入ってさまざまな報道が飛び出しています。

関与したのはウクライナ?

そのひとつが、親ウクライナの、少人数の特殊部隊が爆破した可能性を伝えるアメリカやドイツなどの有力メディアの報道です。

その見方を初めて伝えたのはアメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズ。

ことし3月、アメリカ政府が親ウクライナ勢力による破壊工作だったことを示す情報を持っていると伝えました。

ニューヨーク・タイムズ電子版の記事

さらに、ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルも、事件が起きる3か月前の去年6月、アメリカ政府はウクライナ軍が6人の特殊部隊を派遣してパイプラインを爆破する計画を立てていたという情報を入手。ドイツなどにその情報を共有していたと伝えました。

ドイツの複数メディアも独自取材をもとにウクライナ側が関わった可能性を報じていますが、ウクライナ政府は一貫して関与を否定しています。

ロシアやアメリカの関与説も

一方、ロシアが関与した可能性を指摘する報道もあります。

スウェーデンやデンマークなど北欧4か国のメディアは、船の交信の情報や衛星写真をもとに、去年6月から爆発が起きた9月にかけて現場海域で不審な動きをするロシア海軍の船が確認されたと報じました。 

中でも、爆発の5日前の9月21日には潜水活動の支援などを行う船が現場の海域にとどまっていたとして、この船が破壊工作の拠点になり得たとの専門家の見方を伝えています。

ロシア政府は関与を否定しています。

このほか、調査報道を手がけるアメリカの著名ジャーナリスト、セイモア・ハーシュ氏は、アメリカのバイデン政権が関わった可能性を伝えています。

アメリカのジャーナリスト セイモア・ハーシュ氏

計画に関わった関係者の話として、去年6月、海軍のダイバーがパイプラインに遠隔で起動できる爆薬をしかけたと報じています。

ノルドストリームについて、エネルギーの輸出を通じてロシアに富をもたらし、ヨーロッパのロシア依存を強めるとして、バイデン政権が警戒していたことが背景にあるとしていますが、アメリカ政府は否定しています。

有力な証拠“アンドロメダ”の存在

さまざまな見方がある中で、一見、意外とも思えるウクライナ関与説。

軍事侵攻を続けるロシアに対抗するため、ドイツからも多大な支援を受けているウクライナが、どうしてそのドイツにとって重要なインフラを破壊するのか。

ドイツの複数のメディアが、ウクライナが関わっている証拠の1つとしてあげているのが、実行犯が爆薬をしかけるために乗ったとされるヨット「アンドロメダ」の存在です。

実行犯が乗ったとされるヨット「アンドロメダ」

ドイツの検察当局はことし3月、「アンドロメダ」の存在を伝える記事が掲載された直後に「爆発物を運んだ可能性のある船をことし1月に捜索した」と公式に認めました。

ただ、その船名は明らかにしていません。

しかし、複数のメディアは、捜索が行われたのが「アンドロメダ」で、船内から爆薬の遺留物が発見されたと伝えています。

「アンドロメダ」は実際に存在するのか。

捜索が行われたとされるドイツ北部のリゾート地リューゲン島に行くと、「アンドロメダ」を実際に見たという人がいました。

ドランスケという村に住むベルント・ボアマンさん。

「アンドロメダ」を見たという ベルント・ボアマンさん

いまは別の場所に移されましたが、当時、「アンドロメダ」は村にある小さな港にひっそりと陸揚げされていたと証言します。

地元で観光ガイドをしているボアマンさんは、観光客と一緒にこの港を訪れることもあるということですが、報道されるまではまったく気付かなかったといいます。

ボアマンさん
「ドランスケで捜索が行われたなんて誰も知りませんでした。すべてが秘密裏に行われたんだと思います。捜査の結果には関心があります」

「証拠の痕跡が向かう方向はひとつ」

事件から1年を前にした8月下旬。

ドイツの有力誌シュピーゲルは公共放送ZDFとの共同取材で、このヨットに乗っていたとされる6人を巡るドイツ当局の捜査の最新情報をまとめた特集記事を掲載しました。

シュピーゲルの特集記事

タイトルは「証拠の痕跡が向かう方向はひとつ ウクライナへ」。

取材にあたったのは19人の記者たち。

ショルツ政権の高官や捜査当局者、関係者などへの取材を重ね、「アンドロメダ」を借りた実行犯がヨットの会社に提出したルーマニア国籍のパスポートが偽造されたもので、捜査当局はその偽造パスポートの所有者がウクライナ軍の兵士の可能性があるとみていると伝えています。

ドイツの捜査当局は、この男の存在のほか、メールや電話の記録などから実行犯はウクライナの特殊部隊であるという見方を強め、実行犯らは事件前後にはウクライナにいたとみているとまとめています。

ただ、ウクライナが関与していたとして、政府のどのレベルから指示が下されたのかなど、重大な疑問の答えは出ていないとも伝えています。

「事件の“真相”が世界を変えてしまう」

取材にあたったドイツの記者は、事件の“真相”をどうみているのか。

「話を聞かせてほしい」とシュピーゲルに申し込んだところ、チームの中核を担った記者が取材に応じてくれました。

シュピーゲルの政治取材班のトップとしてショルツ首相やその側近を日々、取材しているというマーティン・クノベ記者。

シュピーゲル マーティン・クノベ記者

「捜査は終結しておらず、ウクライナ政府の関与が100%確実だと言える状況ではないということもわかった上で、それでも記事を掲載した」と明かしてくれました。

ウクライナの犯行に見せかけたロシアのいわゆる「偽旗作戦」の可能性も完全に排除されたわけではないものの、現時点の情報を伝える必要があると主張します。

クノベ記者
「今回の取材はふだんとは違いました。
いつもなら誰か情報源を見つけられるのですが、今回は政治家や捜査担当者が全員、何も話したがりませんでした。極めて政治的で重大な案件だからです。
もし、ウクライナが事件に関与していたとすれば大きな議論になります。ドイツ人は『われわれは彼らを助けているのに、彼らは私たちのパイプラインを爆破したのか』と言うでしょう。
政治家や捜査当局者は、中途半端な情報が流出して議論が誤った方向に向かうのを恐れています。
しかし、仮にウクライナだったとして、なぜ爆破に踏み切ったのか。
そうした『真相』を知ることは、われわれ国民が国と国との関係をどう捉えるか、戦争において国と国はどう戦うのかを理解することにつながる。
そういう意味で、世界を変えてしまうかもしれないのです」

「ウクライナ説」に懐疑的な見方も

一方で、ウクライナの関与については懐疑的な意見もあります。

ドイツのシンクタンク、ドイツ国際安全保障研究所で海洋安全保障やテロの研究が専門のゲラン・スイステク客員研究員です。

バルト海を熟知するドイツ海軍からシンクタンクに出向しています。

ドイツ国際安全保障研究所 ゲラン・スイステク客員研究員

スイステク氏は、今回の事件の犯人を導き出す手法として、パイプラインの爆破を可能にする「能力」を持っていたのか。そして「動機」は何なのか。この2つを分析することが重要だと説明します。

スイステク客員研究員
「ウクライナがバルト海の潮の流れなどの詳細な情報、さらには、秘密作戦の拠点となる港、爆薬を運搬する機材一式という作戦に必要な『能力』を保有していたとは思えません。
そして『動機』。爆発が起きた当時、ウクライナはドイツを含む欧米からの軍事、財政支援にかなり依存していました。
ノルドストリームを潰し、ロシアの資金源を絶つことが目的だったという見方もあるかもしれませんが、欧米の支援をいっそう必要としていたウクライナが支援を犠牲にするようなことをするでしょうか」

スイステク氏は「関与の可能性の中で最も有力なのはロシアだ」と指摘します。

理由はロシア軍の能力。そして、ノルドストリームの状況です。

当時、欧米の制裁でガスの輸送に必要なタービンの整備ができず輸送はストップ。再開のめども立っていなかったといいます。

ドイツとロシアを結ぶパイプライン「ノルドストリーム」(ドイツ ルブミン 2011年撮影)

スイステク客員研究員
「ロシアは利用価値のなくなったノルドストリームを破壊工作の手段として使うことができたかもしれません。
目的は2つ。ひとつは、エネルギー価格を釣り上げること。
そして、もうひとつが、重要インフラを破壊することによってドイツ社会や国民を恐怖に陥れることです。
『能力』の点からみても、ロシアはここ数年、かなり深い海底で活動できるドローンや自動運転の潜水艇など、新たな技術を開発していました。大西洋では、ロシアの軍艦、民間の調査船がこうした技術の試験を繰り返していたのです。
私がロシア政府の人間でヨーロッパを不安定化させたいなら、『やってみよう』と考えるでしょう」

スイステク氏は、パイプラインを秘密裏に爆破するには爆薬の調達、事前の入念な計画と準備、さらには資金の確保など、あらゆる面で国家レベルの関与が不可欠だと指摘します。

固く口を閉ざすドイツ政府

ノルドストリームを爆破したのはいったい誰なのか。ドイツ政府は、多くの報道が出る中でも固く口を閉ざしています。

爆発から1年を前にした定例の記者会見でも、ドイツ政府の報道官は「誰が関与したのかという報道にはコメントしない」と述べ、事件への言及は避け続けています。

会見するドイツ政府報道官(2023年9月)

一方で、シュピーゲルは「ショルツ首相が、爆発の真相がわかった場合にどんな影響が考えられるか、側近と協議している」と伝えています。

仮にウクライナが関与したならば、支援を継続するのかという判断を迫られる。

ロシアだったとしても、NATO加盟国のインフラへの攻撃と見なされ、対抗措置の検討を迫られる。

もし、アメリカだったとしたら、アメリカとヨーロッパの協力関係に致命的なヒビが入りかねない。

どのシナリオでも非常に高度な政治的な対応が必要となることが予想されます。

ドイツ ショルツ首相

スイステク氏は、そうした状況を踏まえ、真相がわかったとしても公開することと公開しないことの「バランス」を、ドイツ政府は考える可能性があると指摘していました。

一方で、政府が真相の解明や公開に慎重になるのは、好ましくないことだとも話すスイステク氏。

真相が明らかにならなければ、情報がひとり歩きを始め、臆測やデマ、陰謀論が拡散し、国と国同士の関係や社会の不安定化につながるおそれがあるからだと言うのです。

確かに、ドイツでは、ロシア寄りの立場をとる政党の幹部が「ノルドストリームを爆破したのはウクライナかアメリカだ」と断定的に語り、反ウクライナ感情や反米感情をあおる動きもみられます。

ドイツ政府などが捜査結果を明らかにし、その謎に終止符が打たれるか。

あるいは「不都合な真実」として謎のままとなってしまうのか。引き続き取材していきたいと思います。

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