2023年7月26日
サウジアラビア ロシア ヨーロッパ 中東

ロシアの石油がなぜサウジアラビアに? したたかな戦略

「こんなことはこれまでなかった」
国際原油取り引きに詳しい専門家の言葉です。
ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアの石油が、なぜか世界有数の産油国であるサウジアラビアに流れ込んでいるとの情報を聞き、取材を重ねました。膨大な貿易データを読み解くと、産油国どうしのしたたかな戦略が透けて見えてきました。

(ドバイ支局記者 山尾和宏)

やまぬロシアの軍事侵攻 財源は石油

ロシアの軍事侵攻はとどまるところを知らず、最近はウクライナ産農産物の輸出を巡る合意の履行を停止。ロシア軍はウクライナ南部の輸出拠点であるオデーサへの攻撃を続けています。

ロシアに攻撃された ウクライナ オデーサ(2023年7月)

こうしたロシアの軍事作戦の財源となっているのが石油の輸出による収入です。

欧米の制裁が効いてきた?

軍事侵攻前、ロシアの予算に占める石油収入の割合は30%から35%でした。

しかし、日本を含むG7=主要7か国とEU=ヨーロッパ連合などが海上輸送されるロシア産原油への上限価格を設ける追加制裁を2022年12月に発動。

さらに、2023年2月、石油製品についても上限価格を設定し、ロシアの石油収入を減らそうと圧力を強めています。特に、ロシアにとって主要な輸出先だったEUは、原油や石油製品の輸入を大幅に制限しています。

アメリカ財務省が2023年5月にまとめた報告書によれば、2023年1月から3月のロシアの石油収入は、前の年の同じ時期と比べて40%以上減少、国家予算に占める石油収入は23%に低下したとしています。

それでもあの手この手で

しかし、それでも石油収入をゼロにはできず、ロシアは軍事費調達のために、あの手この手で石油の輸出を続けている実態が浮かび上がっています。

ロシアの港で石油製品を積み出港したとみられるタンカー(トルコ イスタンブール・2023年6月)

その1つが、欧米などの制裁に加わっていない中国やインドなどの国々です。私はほかの同僚記者やデータ分析の専門チームとともに、ロシアのタンカーから発信されるAIS(船舶自動識別装置)のデータを追って、中国、インド、トルコなど経済制裁に加わっていない国がロシア産原油の輸入を増やしている実態を取材しました。

詳しくは「ロシア 原油タンカーを追跡せよ!なぜ制裁は効かないのか?」

新たな輸出先にサウジアラビア出現

その後、中東で石油業界の関係者への取材を深めていくと、ロシア産の石油製品の取り引きに、新たな国が深く関わっているとの情報が寄せられました。それが中東の産油国サウジアラビアです。

サウジアラビアの首都リヤド

なぜ、世界第2位(2022年)の産油国が、わざわざロシアから石油製品を買うのか。大きな疑問が湧いてきます。

まずは実態を調べるためにデータを入手することにしました。サウジアラビアはどの国から石油を輸入しているかといった統計を一切公表していません。

そこでこの分野に詳しいベルギーの調査会社KPLERケプラーに依頼し、各国がロシアから輸入した石油製品の量を示すデータを入手しました。

その結果は驚くべきものでした。サウジアラビアは2023年2月ごろから、ロシアからの石油製品の輸入量を大幅に拡大していたことが分かったのです。1月~6月までの半年間で比較すると、前の年の同じ時期に比べて、なんと9倍以上に増え、主要な輸入先の中で最も増えていました。6月1か月だけでみると、13倍と驚異的な増加量でした。

続いて、どういう航路でロシア産原油がサウジアラビアまで運ばれているか、その一端も分かってきました。ロシアのタンカーから発信されるAIS(船舶自動識別装置)のデータを調査会社から入手しました。このAISのデータは船の識別符号や位置、針路、速力などの情報が含まれており、自動で発信されています。これらのデータを集めるとタンカーの動きが「見える化」できるのです。

調査会社のデータからは、ロシアの港を出発したタンカーが、エジプトのスエズ運河を通って、1か月ほどかけてサウジアラビアの石油基地がある、東部ラス・タンヌーラや西部ジッダなどに向かっていることが分かりました。

海外のエネルギー事情に詳しい専門家は、こうした動きはこれまでに見られなかったことだと話しています。

JOGMEC 野神隆之 首席エコノミスト

野神首席エコノミスト
「サウジアラビアがロシアから石油製品を輸入することは、これまでは見られなかった。ウクライナ侵攻の前、ロシアの石油製品は、距離が近く、輸送コストも抑えられるヨーロッパの国に輸出されるのが主流だった。従来は、中東の国に出回ることはなく、ことし特に顕著に見られる現象だった」

原油価格下落が背景か

なぜ世界有数の産油国サウジアラビアが、遠く離れたロシアから、時間も費用もかけて輸入を増やしているのか。この謎を読み解く鍵になるのが国際的な原油価格の推移です。

国際的な原油取り引きの指標となる原油の先物価格(WTI)は、ウクライナ侵攻が始まった直後と比べると下落し、2023年3月には1バレル=70ドル割れに。最近7月以降は上昇傾向ではありますが、IMF=国際通貨基金の試算では、サウジアラビアが国家財政の均衡を保つには、80ドル前後が必要だと言われています。原油価格が低迷すればサウジアラビアの財政状況を悪化させかねないのです。

サウジアラビアは、原油価格を下支えしようと、2023年4月、原油の生産量を大幅に減らす「自主減産」を発表。OPECプラスの会合でも7月から1日当たり100万バレルの追加減産にも乗り出し、その後、8月まで延長すると発表しました。しかし、サウジアラビアの求める価格水準には、なかなか上がらないのが実態です。

サウジアラビアの製油所

価格差を利用した”錬金術”?

少しでも石油収入を増やしたいサウジアラビア。そこで目をつけたと見られるのが原油の価格差です。ロシア産の原油は欧米などによる制裁を受けて、国際的な原油価格と比べて3割ほど安く取り引きされていると言われています。

サウジアラビアは、自主減産によってみずから原油生産に歯止めをかけているので、輸出を自由に増やして収入を増やすことはできません。

そこで、ロシア産の割安の石油製品を購入して国内消費に回し、その分、自国産の原油を国際的な取り引き価格で輸出すれば収支を改善させることができる。どうやらこう考えたとみられているのです。いわば原油の価格差を利用した“錬金術”とでも呼ぶべき戦略でしょうか。

サウジアラビア ムハンマド皇太子

アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、「サウジアラビアなどが割安のロシアの製品を国内消費で利用し、自国の製品を輸出に回して、利益を増やしている」とする見方を伝えています。

専門家も次のように指摘します。

野神首席エコノミスト
「原油の生産量が限られているサウジアラビアとしては、安いロシアの製品を国内の消費に回せば、より多くの原油や石油製品を輸出に回し、より収益が得られる価格で販売できる。収益を得られるところは収益を得ていくという姿勢をサウジアラビアは追求している」

自国産石油製品は欧州に

サウジアラビアは国際価格で売れる自国産の石油製品をどこに売っているのか。調査会社KPLERのデータからは、ヨーロッパの国々が購入を増やしている実態も見えてきました。

ことし上半期にサウジアラビアから各国が輸入した石油製品は、前の年の同じ時期に比べて、オランダで5.9倍、ベルギーで2.3倍、フランスで1.8倍などとなり、ヨーロッパの国で増加が目立っていました。

「脱ロシア」を進めるEU加盟国やイギリスは、サウジアラビアにとって、価格交渉で強く出られる相手です。サウジアラビアとしては、ディーゼル燃料を中心に夏場に石油製品の需要が高まるヨーロッパ市場への輸出を伸ばして、収益を上げようとしているとも指摘されています。

アメリカのメディア、ブルームバーグも「サウジアラビアがロシア産ディーゼル燃料の調達を増やす一方、自国産ディーゼル燃料をヨーロッパに供給している」と報じています。

巧みな政治力

原油の生産量を決める産油国の会議、OPECプラスを主導してきたサウジアラビアとロシア。2023年6月の会議では、減産を主張するサウジアラビアに対し、軍事費の確保のためにも生産量を維持したいロシアの間で折り合いがつかず、「最近では最も激しく対立した会合」とも報じられました。

会場に入るサウジアラビアのアブドルアジズ エネルギー相(左)とロシアのノバク副首相(ウィーン・2023年6月)

しかし、裏では、がっちりと手を握っていることが取材からは浮かび上がります。ロシア産の石油製品をサウジアラビアが安値で買い、サウジアラビア産の石油製品を国際価格に準拠した高値でヨーロッパ各国に売る。欧米などがロシアに対して必死に制裁措置をとるなか、ロシアと欧米の両方につながりを持つサウジアラビアが巧みな政治力でバランスを取りながら、結果としてロシアの石油収入を支えているものとみられています。

ウクライナ侵攻の開始からまもなく1年半。いまだ、戦争に終わりは見えず、ウクライナの人々は死と隣り合わせの不安な日々を送っています。

こうしたなかでも、世界は、軍事費を支えるロシアの石油輸出を止められずにいます。この現実から目をそらさないようにしていきたいと思っています。

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