2023年10月24日
パレスチナ イスラエル 中東

イスラエル情報機関元トップが語る「ハマスを怪物にしたのは?」

「ハマスとは軍事部門だけではなく、イデオロギーそのものでもある。イデオロギーは軍事力では破壊できない」

そう語るのは、イスラエルの情報機関で長官を務めたアミ・アヤロン氏です。

ハマスせん滅を掲げ、地上作戦に向けて突き進むイスラエル。双方の犠牲者が増え続け、憎しみの連鎖が続く今回の事態をどう見るのか。

アヤロン氏から聞いたのは「現在の状況を招いたのは他ならぬイスラエル自身だ」という、意外な言葉でした。

(国際部記者 飯島大輔)

話を聞いたのは

モサドと並ぶイスラエルの情報機関の1つで、国内情報を担当する「シンベト」の長官を務めたアミ・アヤロン氏です。

イスラエル情報機関「シンベト」元長官 アミ・アヤロン氏

アヤロン氏はイスラエル海軍で指揮官などを歴任。その後、占領下においてきたパレスチナの抵抗運動に関する情報を一手に握るシンベトの長官を1996年から4年間、務めました。

2000年に退任した後は一転して、イスラエルとパレスチナの2国家共存による中東和平の必要性を強く訴えてきました。

パレスチナと対峙する最前線から和平推進派に転身したアヤロン氏は、ハマスによる大規模な奇襲攻撃、その後のイスラエルによる報復をどう見ているのか。事態収束の道筋をどう考えているのか。話を聞きました。

(以下、アヤロン氏の話。インタビューは10月18日に行いました)

なぜハマスの攻撃を防げなかったのか?

情報機関はハマスの攻撃を防ぐことはできたはずですが、それを怠りました。問題はなぜできなかったかではなく、なぜしようとしなかったのか、ということです。

エレズの検問所を襲撃するハマスの軍事部門カッサム旅団の戦闘員(2023年10月)

今まさに、治安機関、軍、そしてシンベトの多くの関係者が検証しているでしょう。私はその情報を持ち合わせていませんが、私の理解では「我々の想定が完全に間違っていた」ということだと思います。

そして、その間違った想定とは「ハマスは攻撃してこないだろう」というものです。

なぜハマスが攻撃しないのか。

「ハマスは2年前の5月21日※に軍事的に大きな失敗を犯した。ハマスはガザでの権力を維持するためならどんなことでもする。もしイスラエルを攻撃すれば、ガザでの指導的な立場を失うことを理解している。だからイスラエルを攻撃することはない」

これがイスラエル側の想定、思い込み、でした。

このため、情報機関は、たとえ何かを見たとしても、ガザの支配者であるハマスが自らを犠牲にすることはないだろうと考えました。そして、それは完全に間違っていたのです。

(※ハマスとイスラエル軍は2021年5月10日から21日にかけて攻撃の応酬を繰り返したが、エジプトが仲介を主導し11日間で停戦となった)

攻撃を察知できなかった背景は?

イスラエルの諜報活動は「SIGINT(通信傍受など)」や「HUMINT(人的情報収集)」などを基本としています。

ですが、ガザでは人的な情報収集という面では弱い、と言わざるを得ません。

そして、ハマスは十分に賢く、インターネットや携帯電話を使いませんでした。今回の攻撃の全体像を正確に把握していたのは、ハマスの中でも10人いるかいないかだと思います。

カッサム旅団の動力付きパラグライダー部隊(2023年10月)

どの部隊も自分たちが何をしなければならないかを正確に知っていました。しかし、彼らはそれがいつなのか、そして、全体像については知りませんでした。少人数の指揮官だけが、直接会って話をしていたのです。

インターネットや携帯電話、そんなものは何も使う必要がありませんでした。そして、我々は何も知ることができなかったのです。これは諜報活動の大失態でした。

これまでのガザ政策は間違いだった?

パレスチナ ガザ地区(2023年10月)

私は20年以上前にシンベトを去りましたが、多くの軍司令官、特にシンベトの長官はみな「ガザに対する政策は間違っている」と言い続けました。

間違った前提に基づいた政策であり、そもそもハマスの理論と戦略を理解していない人たちによる政策だったのです。

選挙で選ばれたのだから何をやってもいい、という考えに基づくもので、そうした政策は15年続きました。

「中東和平交渉の基本方針となってきた2国家共存の実現の阻止、イスラエルの隣にパレスチナ国家が誕生するのを阻止するためなら何でもする」という考え。

そのためには、パレスチナの人々を分断しなければなりませんでした。

この15年間、ネタニヤフ首相率いるイスラエル政府にとって、ハマスが支配するガザとパレスチナ自治政府のヨルダン川西岸を分断することは、非常に都合のいいことでした。

「パレスチナ人には統一した政府、指導部がない。だから、私たちは交渉することができない」

国際社会に対しても、国内向けにも「交渉したいのはやまやまだが、どうすればいいのか。話し合う相手がいない。話すことは何もない」と簡単に言うことができたのです。

しかし、これは完全に間違っています。

パレスチナの人々は自分たちを1つの民族とみなしています。よりよい経済やよりよい教育だけを求めているのではありません。自由を勝ち取り、占領が終わることを求めているのです。

ハマスとファタハをどんなに分断させようとも、少なくとも占領を終わらせるということに関して、彼らが分断されることはないのです。

ガザ地区北部から避難するパレスチナの人々(2023年10月)

首相はハマスを“怪物”と言ったが?

ハマスは怪物になりましたが、それはネタニヤフ首相の“助け”があったからです。

その意味で、ネタニヤフ首相に責任があります。そのことは、イスラエルの誰もが理解しています。

イスラエル ネタニヤフ首相

率直に言って、今回のハマスによる攻撃がイスラエルの人々に、そしてイスラエルの社会にどんな影響を与えるのか、想像もつきません。

今のところは恐怖です。社会全体が恐怖に覆われ、ショック状態にあります。多くのイスラエル人が恐怖を感じ、そして、復讐を求めています。

何が起こったのか、本当に理解するには長い時間がかかると思います。

音楽イベントの参加者を拘束するパレスチナ人の戦闘員

「ガザからハマスを一掃」できるのか?

その質問に答えるには、まず「ハマスとは何か」を理解する必要があります。

ハマスとは、イスラム教の、非常に過激な原理主義者の集団です。

ハマスの軍事部門 カッサム旅団(2015年)

しかし、ハマスとは軍事部門だけではなく、イデオロギーそのものでもあります。イデオロギーを破壊することはできません。軍事力を使いすぎると、逆にイデオロギーに力を与えてしまうこともあります。人々の意思を抑圧することはできないのです。

ハマスの軍事部門を壊滅することはできるでしょう。私が理解するところでは、これが今回の戦争のイスラエル政府の目的です。

イスラエル、パレスチナ双方に非常に大きな痛みを伴いますが、達成することは可能です。

しかし、政治的、イデオロギー的な組織であるハマス、そして多くのパレスチナ人が支持しているハマスを打ち負かすには、人々によりよい選択肢を提示するしかありません。

「ハマス」の選挙での勝利を喜ぶ人々(ガザ地区 2006年)

よりよい選択肢とは?

ハマスと戦う唯一の方法は、2つの国家という政治的地平をパレスチナ人に提示することだと思います。

国際決議に従って、イスラエルの隣に国家を持ち、2つの民族のための2つの国家を実現するのです。

1990年代、パレスチナ人の80%がオスロ合意を受け入れていました。

「オスロ合意」(1993年)

それは「シオニズム運動に賛同した」ということではなく、パレスチナ人はパレスチナ人の国家を望んでいた、占領が終わる日を待ち望んでいたということなのです。

今回の戦争の政治的な目標は、イスラエル人とパレスチナ人、双方にとってよりよい現実をつくることであるべきです。

私たちは今こそ、イスラエルとパレスチナという、2国家共存を実現させなければならないのです。

悲劇を和平のチャンスに変えられるか?

私はできると信じています。

今月でヨム・キプール戦争(第4次中東戦争)から50年になります。ヨム・キプール戦争では3週間足らずの間に2700人近くを失いました。

第4次中東戦争(1973年)

私たちの世代にとっては、地域に対する理解の仕方が変わった瞬間でした。

そして、この血みどろの戦争から4年後にはエジプトのサダト大統領がエルサレムにやってきて私たちと話をすることになり、その2年後にはエジプトとの和平協定が調印されました。

エルサレムを訪れ イスラエル ベギン元首相(左)とともに会見する エジプト サダト元大統領(1977年)

戦争と平和には、直接的な相関関係があります。

イスラエル、パレスチナ、近隣諸国、そしてアメリカにとって、いまこそ、和平を実現するチャンスなのです。

トラウマや恐怖、大きな危機を乗り越えた先に、パレスチナ人とイスラエル人にとってより良い地平、政治的地平をつくるチャンスがあります。

それができるかどうかは、私たち次第です。

和平実現のために必要なことは?

交渉のテーブルにつくことが決定的に重要です。

交渉なしには何も達成できません。より多くの暴力、より多くの戦闘、そしてより多くの人が死んでいくことになるでしょう。

ただ、和平への機運はイスラエルからもパレスチナからも出てこないでしょう。私たちは痛みを感じ、不幸なことに、イスラエルもパレスチナも憎しみ、復讐を求めているからです。

和平こそが、私たちが求めていかなければならない唯一の未来であると理解していても、誰も口にしないのです。

ですから、和平への機運は国際社会から生まれるべきであり、バイデン大統領にはリーダーシップを発揮する能力があります。

アメリカ バイデン大統領

過去にも同じことがありました。エジプトとの和平協定はアメリカで調印されたのです。

アメリカのカーター大統領が主導し、サダト大統領、そしてベギン首相が成し遂げた和平は、国際社会の仲介なしには達成できませんでした。

アメリカ カーター元大統領(中央)の仲介のもと 和平協定に調印したサダト元大統領とベギン元首相(ワシントン 1979年)

今回もその責任はアメリカ大統領にあります。

それは、イスラエルを気にかけているというだけではなく、世界的な紛争を避けるため、そして、軍隊を派遣することなく、この地域でのアメリカのリーダーシップを発揮するために、バイデン大統領はその責任を負わなければならないのです。

(10月22日 おはよう日本などで放送)

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