
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けたフィンランドとスウェーデンのNATOへの加盟申請。
それまで難色を示していたトルコが一転、支持に回り大きく動き出しました。
なぜトルコは支持に回ったのか。舞台裏では何が起きていたのか。
水面下の駆け引きを詳しく解説します。
(イスタンブール支局長 佐野圭崇/ロンドン支局長 向井麻里)
トルコが一転支持 現場では何が?
「4者協議がまとまったらしい!」
NATO首脳会議の前日6月28日の午後8時ごろ、スペインの首都マドリードに設けられたメディアセンターで200人を超える世界各国の記者やカメラマンが慌ただしく動き始めました。

「4者協議」というのは、フィンランドとスウェーデンの加盟申請をめぐって、この2か国の首脳とNATOのストルテンベルグ事務総長、それにトルコのエルドアン大統領を交えて行われた話し合いのことです。
午後4時から始まった協議は1時間という当初の予定を大幅に超えて行われ、各国メディアがその結果を注視していました。
そして、突然「3か国が合意文書の署名式を行う」という発表があり、冒頭の騒然とした状況になったのです。
隣に座っていたトルコのテレビ局のキャスターが「『交渉は難航』というリポートを2本用意していたのに、これで両方ともボツだよ」とぼやいていましたが、まさに想定外の展開でした。
そもそも、なぜトルコは難色?

「スカンジナビアの国々はテロ組織のゲストハウスのようなものだ」
エルドアン大統領が5月、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請への態度を問われ、記者団に語った言葉です。
トルコの主張は、両国が少数民族クルド人の武装組織「PKK=クルド労働者党」を支援しているというもの。
PKKはトルコからの分離独立を目指して80年代以降、闘争を繰り広げ、トルコだけでなくアメリカやEUもテロ組織に指定しています。
トルコとしては、安全保障の同盟であるはずのNATOにテロ組織の支援国が入ってくるなどということは許されない、というのです。
トルコの支持がないとNATOに入れないの?
NATO加盟については、以下のような規定があります。
「締約国は全会一致の合意により、本条約の諸原則を促進し、北大西洋地域の安全保障に貢献することができるほかのいかなる欧州の国を本条約に加入するよう招請することができる」
(北大西洋条約第10条)
つまり30か国のNATO加盟国のうち1か国でも反対すれば、新たな加盟は実現しないのです。
フィンランドとスウェーデンはテロ組織を支援してるの?
2か国は「あらゆる形のテロリズムを非難する」などと主張してきました。
ただ、トルコ当局がPKK対策という名目でクルド人への取り締まりを強化した結果、クルド人の活動家や知識人がヨーロッパ各国へ逃れてきたという歴史があります。
中でも、難民に寛容なスウェーデンは母語教育としてクルド語を学ぶことができます。
1980年代、トルコではクルド語教育が禁止されていたことから「クルド人のアイデンティティーはスウェーデンで育まれた」という分析もあるほど、手厚くクルド人を受け入れてきました。
トルコのねらいはほかにもあったの?
2023年に大統領選挙があるという国内事情、そしてアメリカからの譲歩も引き出そうとしていたのではないか、と専門家は分析しています。

トルコは年間70%を超えるインフレが市民生活を直撃し、経済が低迷しています。
ジェトロ・アジア経済研究所の今井宏平研究員は、選挙を前にこの問題で成果を出し、与党の支持率を上げたいというエルドアン大統領の思惑が透けて見えると言います。

ジェトロ・アジア経済研究所 今井宏平研究員
「NATOの問題というよりもPKK、クルド民族主義問題という方が、トルコ国民からすると注目度が高まります。フィンランドとスウェーデンを妥協させることができれば、大きな政治的成果として現政権への追い風になるのです」
また、トルコがロシアから地対空ミサイルシステムを購入したため、アメリカは最新鋭のステルス戦闘機F35の多国間共同開発計画からトルコを排除。
こうした状況の改善も視野にあったのではないかと指摘します。
今井宏平研究員
「トルコはアメリカ製戦闘機F16の購入や、最新鋭戦闘機F35の開発プログラムへの再参加などについて、この問題を通して達成したいと思っていたような節がみられます。
両国のNATO加盟の動きをきっかけに、アメリカからも得られるものは得たいという考えがあったのではないかと思います」
4者協議での合意、トルコの受け止めは?
エルドアン大統領は「外交的勝利だ」として成果を強調しました。

合意のポイント
▽フィンランドとスウェーデン(以下2か国)はPKKを非合法のテロ組織と確認
▽2か国はテロ容疑者の身柄引き渡し要請に迅速かつ十分に対応する
▽身柄引き渡しのための法的枠組みを整備する
トルコメディアも今回の合意について「マドリードでの勝利だ」などと好意的に伝えるなど、トルコとしては、フィンランドとスウェーデンの加盟申請を支持する条件として要求してきたことが一通り受け入れられたとみています。
フィンランドとスウェーデンはどう評価?
今回、どこまで譲歩したと考えているのか。
フィンランド政府の関係者に話を聞いてみました。
しかし、返ってきたのは「トルコに対して大きく譲歩したわけではない」という答えでした。
一見したところ、トルコを満足させる条件を受け入れ、ロシアの脅威が増す中で早期のNATO加盟を優先させた決断にみえます。
ただ、この関係者は「トルコのテロとのたたかいを支持する」などとした今回の合意内容は、これまでフィンランド、スウェーデン両国が繰り返し伝えてきた内容とそれほど変わるものではないと強調しました。

この関係者によると、実務者レベルの交渉はこの数週間に3回にわたって行われてきましたが、トルコからの出席者には決定権はなく、それを握っていたのはエルドアン大統領だったといいます。
その大統領がこれ以上は両国から得られないと判断し、今回、合意に至ったとみています。
また、「表だった動きは見えなかったかもしれないがアメリカの説得は強力だった」と指摘し、アメリカを含む加盟各国からの働きかけも今回の合意を後押ししたと話していました。
アメリカの役割とは?

合意の翌日、アメリカのバイデン大統領はエルドアン大統領と会談。
「フィンランドとスウェーデンの状況をまとめてくれたことに感謝したい」と伝えました。
さらに、トルコへF16戦闘機を売却する意向も明らかにしました。
トルコが態度を一転させた背景には、アメリカによる“見返り”が約束されていたこともあったのではないかという見方も出ています。
これで加盟手続きは進むの?
両国がこのまますんなり加盟できるとは限りません。
加盟が認められるためには、今後すべての加盟国が「加盟議定書」に署名したうえで、それぞれの国内で批准する必要があります。

6月29日、スウェーデンのアンデション首相は合意内容にある“テロ容疑者の身柄引き渡し”について、ロイター通信に対し「その人物についてどのような情報がトルコから提供されるかしだいだ。引き渡しはすべてスウェーデンの国内法や国際法に基づいて判断される」と述べ、引き渡しはあくまでも法律に基づいて行われると強調しました。
これに対し、エルドアン大統領は30日の会見で「合意文書の約束が守られなければ加盟はできない」と述べ、さっそく両国に対して合意を守るようけん制しました。
さらにエルドアン大統領は「スウェーデンには73人のテロ容疑者がいて、スウェーデンは彼らを引き渡すことを約束している」と述べ、さらに踏み込んだ対応を要求しています。
ロシアと1300キロにわたって国境を接するフィンランド、そしてその隣のスウェーデンは、軍事的な中立を守ってきましたが、兵役もあり、最新の兵器も配備しています。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く中、NATOの防衛力の強化につながるとされる両国の加盟実現に向けて、一致した姿勢を打ち出していけるのか。
NATOの結束が試されることになります。