
「もっと母体の具合が悪くならないと処置できません」
妊娠18週で破水した女性。
病院に向かい、初めて授かった子どもはほぼ助からないと医師に告げられました。
このままでは、自分の命も危険にさらしかねない。
悩んだ末に、医療的な処置を求めた女性に医師が発したのが、冒頭の言葉でした。
孫だけでなく、娘の命も失っていたかもしれない。
「トランプ氏に投じた1票は一生の恥」
女性の義理の母親は、トランプ前大統領によって女性のからだの自己決定権を巡る状況はさらに悪化しつつあると考えています。
(アメリカ総局 佐藤真莉子)
「中絶をめぐる規制で命が危険に」
こう語るのは、アメリカ南部テキサス州に住むケリー・ウェラーさんです。

ケリーさんの息子、ジェームズさんとその妻のエリザベスさんは4年前に結婚。ケリーさんの自宅から車で30分ほどの場所に住み、夫婦そろってよく顔を見せに来ていたといいます。

その2人にいったい何が起きたのか。順を追って説明してくれました。
ケリーさん
「息子夫婦が年明けにやってきたときのことです。小さな箱を取り出しました。開けてみると、中には小さなベビー服が入っていました。最初、私は何が起きたのかわかりませんでした。でも、私のパートナーはすぐに理解しました。彼らは、待望の赤ちゃんを授かった、と伝えに来たのです」
「私たちはとても喜びました。息子たちがずっと赤ちゃんをほしがっていたのを知っていたので、自分たちのことのようにとてもうれしくなりました。彼らは子ども部屋を作り、ベビー服を買い、着々と、赤ちゃんを迎えるための準備をしていました」

「妊娠18週目になったとき、息子から『エリザベスが破水した』と電話がありました。私は長年、看護師として働いているので、それが何を意味するかすぐにわかります。妊娠18週での破水では、まず赤ちゃんは助からない。母体が感染症にかかるのを防ぐため、すぐに手術をする必要があると思いました」

「ところが、病院にかけつけると、先に着いていた息子から衝撃的な一言を伝えられました。『母体の具合がもっと悪くならないと処置はできません』と言われたというのです。私は、理解ができませんでした。なぜなら、すぐにでも処置をしないと、赤ちゃんの命だけではなく、エリザベスの命までもが危険な状況だったからです」
「母体の命が危険」の定義とは
なぜ、病院はエリザベスさんに対する処置をためらったのか。
その理由は、2021年9月にテキサス州で施行された中絶に関する法律にありました。
法律では「胎児の心拍が確認できてからの中絶はすべて禁止する」と規定されています。
エリザベスさんは「破水した後も赤ちゃんの心拍は確認できていたため、選択的な中絶と同じような扱いを受けた」と考えています。
例外となるのは「母体の命が危険にさらされている」場合のみですが、どういう状態であれば「母体の命が危険」なのかははっきりと定義されていません。
エリザベスさんは自宅に戻されましたが、体調はどんどん悪化。
破水から4日後に再度、病院に行き、ようやく処置を受けられました。
赤ちゃんは母胎から出たあと、すぐに亡くなりました。

このとき、注目を集めていたのが人工妊娠中絶をめぐる連邦最高裁判所の判断の行方でした。
「連邦最高裁が近く、女性が中絶をする権利を認めた過去の判断を覆す」
そんな文書が5月、政治専門サイトにすっぱ抜かれたのです。

半世紀にわたって認められてきた女性の権利が覆されるという報道が大きな波紋を呼んでいました。
過去の判断が覆った場合、テキサス州では、胎児の心拍が確認できるかどうかにかかわらず「すべての中絶を禁止する」という、さらに厳しい法律が施行されることになっていました。
この法律では中絶を行った医師に対しても、罰金のみならず最大で禁錮刑になるとしています。
「トランプへの1票は一生の恥」
そして、ことし6月。
妊娠中絶の権利を認めないとする連邦最高裁の新たな判断が下されました。

連邦最高裁の9人の判事のうち保守派は6人、リベラル派は3人。判事は終身制で、死亡するか、みずから退任した場合のみ、大統領が後任を指名します。
トランプ前大統領が任期中に保守派の判事3人を相次いで指名したことで、保守派が多数派となったのです。
自分の家族に起きたような事態が今後、ほかの州でも起きるかもしれない。
その責任は保守派の判事を増やしたトランプ前大統領にあるのではないか。これまで共和党を支持し、すべての選挙で共和党に投票してきたケリーさんですが、今回は、人生で初めて、民主党に投票するといいます。
ケリーさん
「これまでの人生、ずっと共和党に投票してきました。トランプ氏にも投票しました。でも、それも今となっては一生の恥です。今回の選挙では誰に投票するか、もう決まっています。エリザベスが必要な医療行為を受けられなかったのは共和党のせいです」
“中絶”の次は“同性婚”かも
ケリーさんが今回、初めて民主党の候補に投票するもう1つの理由。
それは、今回の“中絶の権利”に続いて“同性婚の権利”についての判断も覆されるのではないかと懸念しているからです。

ケリーさんは25年間、パートナーの女性と一緒に暮らしています。前の夫との間に生まれたジェームズさんもパートナーの女性と一緒に育ててきました。
ただ、正式に結婚が認められたのは、わずか7年前のことです。
オバマ政権時代に、連邦最高裁が同性婚をすべての州で認める判断を示した後、はじめて正式に結婚できたからです。
ケリーさん
「50年近く認められてきた中絶の権利が覆されたのだから、たった7年しかたっていない同性婚の権利なんて、すぐに覆されてしまうのではないかと懸念しています。中絶の次は同性婚です。やっと法的に結婚することができたのに。 今の民主党は共和党よりもずっと人権を重視していると思うので、民主党に投票しなくてはいけません」