高木美帆 Story
高木美帆 Story

スピードスケートの高木美帆選手。中学生の時にオリンピック初出場を果たし、注目を集めてきましたが、2014年のソチ大会は代表入りを逃しました。それでも挫折を力に変え、前回ピョンチャン大会では金・銀・銅の3つのメダルを獲得。出場すれば自身3回目のオリンピックとなる2022年北京大会ではさらに上を目指す覚悟です。

(スポーツニュース部 記者 猿渡連太郎)

目次

    高木美帆のストーリー
    高木美帆のストーリー

    スーパー中学生 “オリンピックは絶対に自分が行く大会”

    高木選手がスケートを始めたのは5歳の時でした。実力は当時から同じ学年の中では頭一つ抜けていて、小学生のころに出場した大会の映像を見ると、ダントツの1位でフィニッシュしているレースばかりです。NHKには「将来どんな選手になりたい?」と尋ねられた高木選手が「速い選手」と即答するVTRも残されています。

    その後も、着実に力をつけ中学生になるとジュニアの国際大会に出場できるようになりました。足腰の強さと運動神経の良さは折り紙付きで、夏場に取り組んでいたサッカーでは、男子と一緒にプレーしても当たり負けしないほどで、世代別の女子の北海道代表にも選ばれました。

    2009年12月、その名を全国に知らしめることになります。それがバンクーバーオリンピックの代表選考会でした。
    当時は中学3年生。大会前に意気込みをこう話していました。

    「スケートをやるうえで、オリンピックは絶対に自分が行く大会だと思っている」

    その言葉どおり、高木選手は出場した3種目すべてで表彰台にのぼり、オリンピックの切符をつかみ取りました。
    日本のスピードスケートで史上最年少15歳のオリンピアンは『スーパー中学生』として、一躍、時の人となったのです。

    初めてのオリンピックとなった2010年バンクーバー大会。
    しかし、結果は1000mで35位、1500mは23位でした。

    レース後、高木選手はまっすぐ前を見つめて話しました。

    「力を余すことがなかったので、頑張ったのかなという感じ。自分の滑りができた」

    まさかの五輪代表落選 “自分が変わるしかない”

    バンクーバー大会のあと、帯広市の商業高校に進学した高木選手は、初めてのオリンピックで味わった悔しさを胸に抱きながら「次のソチ大会は結果を残す」と誓い、氷をより強く蹴るためにフォーム改造に取り組みました。

    2010年のワールドカップに日本代表として初出場を果たし、2012年、2013年の世界ジュニア選手権では日本選手として初の連覇を成し遂げました。

    しかし、2013年の春に親元を離れて東京の大学に進学すると、身の回りの環境が大きく変わったこともあり不調に陥りました。
    年末、ソチオリンピックの代表選考会では出場したすべての種目で5位に終わり、まさかの代表落選となってしまいました。

    「日本代表にもなんだかんだ選ばれていたし、今までやってきたことをやっていれば大丈夫と思っていた。今までやってきたことを変えたくないと思っていた。向き合わないといけないところを逃げていた。」

    挑戦する意識が足りなかったと振り返った高木選手。
    自分が立つことができなかったオリンピックを国内の遠征先のホテルで見ていた時に危機感を募らせました。
    それが『日本と世界の差』。
    メダル無しに終わった日本に対して、スピードスケートの強豪オランダが金メダル5個を含む23個のメダルを獲得するなど、世界のライバルたちの力を見せつけられたのです。

    「きっと自分がオリンピックに出ても何もできないなっていうくらい世界は強い。だからこそ、このままじゃいけない。これで絶望的になっているようじゃ、その時点でもう勝ち目はない。自分が変わるしかない」

    決意を新たに4年後、2018年のピョンチャン大会に向けてスタートを切りました。

    “メダルはいろんなものが詰まっているからこそ、重たい”

    「4年間すべてをスケートに捧げると覚悟を決めた」

    高木選手は、国内のトップ選手を集めて年間300日以上の強化トレーニングを行うナショナルチームに選ばれました。オランダ人コーチのもと計画的な筋力トレーニングに着手。体幹や下半身の筋力が大幅にアップして滑りに安定感が増しました。
    その成果は2017-18年のピョンチャンオリンピックシーズンへとつながっていきます。
    オリンピック前のワールドカップで1500mや3000mなどの個人種目で5勝。さらに女子団体パシュートでもトップレベルの成績を残しました。

    日本の『中長距離のエース』と呼ばれるようになった高木選手。
    迎えた2018年ピョンチャン大会本番では1500mで銀メダルを獲得。ついにオリンピックで念願のメダルを手にします。
    その勢いそのままに1000mで銅メダル。さらに女子団体パシュートで金メダルを獲得する快挙を達成しました。

    「メダルはいろんなものが詰まっているからこそ、重たいと感じた。落選した4年前はここまで来ることを想像できていなかった。自分の中にこみ上げてくるものがあった」

    こう話した一方で高木選手は次なる目標を見据えていました。

    「個人で金メダルをとれなかったことは悔しかった」

    攻めきる滑り“守りに入ってしまう自分を越えたい”

    名実ともにトップスケーターとなった高木選手。歩みを止めることはありませんでした。

    2018年の世界オールラウンド選手権で、日本選手で初めて総合優勝を果たし、2019年のワールドカップでは、得意の1500mで世界記録を更新しました。

    2020-21年シーズンは新型コロナウイルスの影響で国際大会に出場できませんでしたが、全日本選手権で短距離の500mから長距離の5000mまでの5種目すべてを制する離れ業を成し遂げました。

    出場すれば自身3回目のオリンピックとなる2022年北京大会で高木選手が狙うのは個人種目の1500m、そして1000mでの金メダルです。
    そのために、必要だと感じているのが「攻めきる滑り」。
    高木選手は会見やインタビューなどでたびたび口にするフレーズです。
    しかし4年に1度の絶対にミスのできない緊迫したレースで、自分のフォームを崩しかねないぎりぎりのペースで滑りきることは至難の業です。

    「怖さもあるが、守りに入ってしまう自分を越えたい。前ほど結果を求めていないが、攻める滑りが本番でできれば、おのずと結果はついてくる」

    そのまなざしに迷いはありません。

    エピソード
    エピソード

    名前覚えていますか?

    取材をしていると新型コロナウイルスの影響で直接会う機会は減っていても、人柄を感じるシーンに出会うことがあります。記者が高木選手にインタビューをしたとき、顔を合わせるのはその日が2回目でした。高木選手を中学生の頃から取材しているカメラマンが、インタビューを始める前、高木選手に「この人(筆者)の名前、覚えている?」と尋ねました。
    1か月ほど前に1度だけあいさつした記者の名前を覚えているわけがない。内心そう思いましたが、高木選手は「もちろん覚えていますよ」と笑顔で名前を答え、あいさつを交わしました。トップアスリートとしての滑りだけでなく、その記憶力と礼儀正しさに驚きました。
    別の日、チーム練習を取材していると、1人の選手がけがをしてしまうアクシデントがありました。命に別状はありませんでしたが、けがをした選手は救急車で搬送されました。その後、練習は再開し取材も許可されましたが、高木選手は私たちに、こう声を掛けました。
    「チームメートがけがをして少し動揺している選手もいるので、取材をするときは、いつもより少しだけ配慮してもらえないでしょうか」
    メモを取っていた私の手が思わず止まりました。視野が広く、気配りのできる人だなと感じました。

    プロフィール
    プロフィール

    経歴

    名前 高木美帆
    出身地 北海道幕別町出身
    生年月日 1994年5月22日生
    一口メモ 趣味はコーヒー、読書やパズル。

    オリンピックの成績

    2010年 【バンクーバー大会】
    1000m 35位
    1500m 23位
    2018年 【ピョンチャン大会】
    団体パシュート 金メダル
    1500m 銀メダル
    1000m 銅メダル

    世界オールラウンド選手権の成績

    2017年 【ハーマル大会】
    銅メダル
    2018年 【アムステルダム大会】
    金メダル
    2019年 【カルガリー大会】
    銀メダル

    世界スプリント選手権の成績

    2019年 【ヘーレンフェーン大会】
    銀メダル
    2020年 【ハーマル大会】
    金メダル

    世界距離別選手権の成績

    2015年 【ヘーレンフェーン大会】
    団体パシュート 金メダル
    2016年 【コロムナ大会】
    団体パシュート 銀メダル
    2016年 【コロムナ大会】
    マススタート 銅メダル
    2017年 【江陵大会】
    団体パシュート 銀メダル
    2017年 【江陵大会】
    1500m 銅メダル
    2019年 【インツェル大会】
    1500m 銀メダル
    2019年 【インツェル大会】
    団体パシュート 金メダル
    2020年 【ソルトレーク大会】
    団体パシュート 金メダル
    2020年 【ソルトレーク大会】
    1000m 銅メダル

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