2018年 ピョンチャンオリンピック 日本は過去最多13のメダル

前回2018年の冬のオリンピック、ピョンチャン大会で、日本は4個の金メダルを含む冬の大会で史上最多となる合わせて13のメダルを獲得。 8位までの入賞も最も多い43にのぼりました。
前回ピョンチャン大会の日本選手の活躍を振り返ります。

目次

    原大智 男子モーグルで初のメダル

    ピョンチャン大会で日本に最初のメダルをもたらしたのは、男子モーグルの原大智選手でした。

    当時20歳の原選手は、準決勝を1位で通過。決勝で順位を落としましたが、ピョンチャン大会で日本勢最初となる銅メダルを獲得。また冬のオリンピックの男子モーグルで日本選手最初のメダルとなりました。

    銅メダル 原大智選手

    「すごく楽しかった。失敗する気はまったくしなかった。メダルの色は金メダルがよかったけど、初めての表彰台がオリンピックだったのでメダルの色は関係なくうれしかった」

    高梨沙羅 2回目のオリンピック“ほっとした気持ちもあるが…”

    スキージャンプ女子ノーマルヒルでは、日本のエース、高梨沙羅選手が銅メダルを獲得しました。高梨選手は2回目のオリンピックで初のメダル。この種目で日本の選手がメダルを獲得するのは初めてでした。

    前回のソチ大会は4位だった高梨選手。
    1回目で103メートル50を飛んで3位につけ、2回目も1回目と同じ103メートル50を飛んで3位を守り初めての銅メダルを獲得しました。

    銅メダル 高梨沙羅選手

    「(2014年)ソチオリンピックが終わってからの4年間は、悔しさをバネに練習に取り組んできた。銅メダルをいただくことができて、ほっとした気持ちもあるが、目標にしてきた金メダルを取れなかった。ソチオリンピックからの悔しさを晴らせた部分もあるが、次に向けて頑張りたい」

    “メダル量産” スピードスケート

    ピョンチャン大会で、スピードスケートは金メダル3個、銀メダル2個、銅メダル1個と史上最多のメダル獲得となりました。

    3回目のオリンピック出場となった小平奈緒選手。
    前回のソチ大会はメダルに届きませんでしたが、ピョンチャン大会では女子500メートルで、スピードスケート史上日本女子で初めてとなる金メダルを獲得、さらに女子1000メートルで銀メダルを獲得しました。

    小平奈緒選手(金・銀)

    「夢に描いていたものを成し遂げることができてうれしい。金メダルをもらうのは名誉なことだが、支えていただいた人たちに早く見ていただきたい」

    また女子500mのレース後、小平選手がライバルで銀メダルを獲得した韓国のイ・サンファ選手の肩を抱いて健闘をたたえ合った姿も注目を集め、SNSには「これぞスポーツだ。美しくすばらしい光景だ」などといったスポーツマンシップを称賛する投稿が相次ぎました。

    高木美帆選手は、ピョンチャン大会で金・銀、銅の3個のメダルを獲得しました。

    高木選手は15歳のときに初めてオリンピックに出場。その後も活躍を期待されましたがソチ大会では、代表落ちを経験しました。それでも、世界で戦うために必要なトレーニングを積み重ね、ピョンチャン大会では個人種目の女子1500メートルで銀メダル、女子1000メートルで銅メダルを獲得。さらに姉の高木菜那選手、佐藤綾乃選手、そして菊池彩花選手の4人のメンバーで臨んだ女子団体パシュートで金メダルを獲得しました。

    高木美帆選手(金・銀・銅)

    「(団体パシュートは)個人種目と違ってチームでしか成し遂げることができない種目で金メダルを取ることができてよかった。個人種目ではオランダ勢が金メダルを数多く取っているが、今回の結果で、この先、同じスケート選手として挑んでいけるのではないかと感じたので、大きな価値があると思う」

    さらにピョンチャン大会では高木美帆選手の姉の高木菜那選手が、団体パシュートに続き、個人種目の女子マススタートで金メダルを獲得しました。

    高木菜那選手(金・金)

    「この種目(マススタート)は他の大会で、銀メダルや銅メダルをとったことはあったが、オリンピックで初めていちばん高いところに立てて本当にうれしい。準決勝で転倒した佐藤綾乃選手の分も自分が金メダルを狙おうと思っていた。団体パシュートとあわせて最高の滑りができて、最高のオリンピックにすることができた」

    渡部暁斗 届かなかった金メダル

    スキーノルディック複合の渡部暁斗選手は、個人ノーマルヒルで2大会連続の銀メダルを獲得しました。

    前半のジャンプを終え3位。後半のクロスカントリーはトップと28秒差でスタートしました。レースは渡部選手とソチ大会の金メダリスト、ドイツのエリック・フレンツェル選手などが集団で先頭を争う展開。1人、また1人が脱落し残り1キロ。ペースを上げたフレンツェル選手に渡部選手も食らいつき2人のマッチレースになりました。しかし、最後の上り坂を迎えたところでフレンツェル選手が猛スパート。渡部選手は、離されまいと必死に追いましたがスタジアムに戻ってきた時、差は大きく広がっていました。

    渡部選手は、4秒差で敗れた前回のソチ大会と同じように最後の最後でフレンツェル選手に敗れ、2大会連続の銀メダルでした。

    銀メダル 渡部暁斗選手

    「メダルを取れてほっとしているのが半分と、あとちょっと自分が目指していたところに届かなかった悔しさが半分」
    「僕たちの競技は、4年に1回のオリンピックで注目され、そこえメダルを獲得することが今後の活動にも影響を与えるので、メダル獲得は大きな意味がある」

    「全員でつなぐカーリング」で銅メダル

    カーリング女子の日本代表は3位決定戦で、イギリスを破り、冬のオリンピックで男女を通じて初めてとなる銅メダルを獲得しました。我慢に我慢を重ね、最後は「全員でつなぐカーリング」で歴史的な勝利をあげました。

    3位決定戦、3対3の同点で迎えた第9エンドでした。
    日本は不利な先攻ながら1点を奪いに行き、リードの吉田夕梨花選手からストーンを狙った位置に止めるドローショットで攻めに出ました。たとえ、相手にストーンをはじき出されてもセカンドの鈴木夕湖選手、サードの吉田知那美選手スイープも駆使しながらほぼ完璧なショットでつないでいきました。そして、スキップ藤澤五月選手の最後の1投はハウスの一番近くを捉え、しかも、コースを塞ぐガードに隠れる最高のショットになりました。
    このあとイギリスにミスが出て、日本は「全員でつなぐカーリング」で1点を奪い初めてリードしました。
    最終の第10エンドも日本は不利な先攻でしたが、イギリスのミスもあって日本は5対3で競り勝ち、銅メダルを手にしました。

    スキップ 藤澤五月選手

    「強豪のイギリスを相手に最後までどちらが勝ってもおかしくない試合ができたことを誇りに思う。最後にメダルが取れたことは 私たちがやってきたことは間違いではないと証明した形になった」

    カーリングでは、日本の選手たちの試合中の言葉「そだねー」が2018年の新語・流行語大賞に選ばれたほか、ハーフタイムにいちごなどのおやつを食べる様子が「もぐもぐタイム」と言われ話題になりました。

    最後に逆転され 2大会連続の銀

    スノーボード男子ハーフパイプで当時19歳の平野歩夢選手が銀メダルを獲得。前回のソチ大会に続き2大会連続の銀メダルでした。

    平野選手は、決勝の2回目で、縦に2回転、横に4回転の大技、「ダブルコーク1440」を含む4回転の技を連続で決めてトップに立ちましたが、決勝の3回目の最後に、アメリカのショーン・ホワイト選手が、4回転の技を連続で決めて逆転され、金メダルには届きませんでした。

    銀メダル 平野歩夢選手

    「これまで練習してきたことをすべて出せて、その中での結果だった。それでも悔しさは残っているので、またゼロからやり直していきたいと思う」

    歴史的な2連覇 フィギュア初の金と銀

    ピョンチャン大会で日本に最初の金メダルをもたらしたのは、フィギュアスケート、男子シングルの羽生結弦選手でした。この種目では66年ぶりとなるオリンピック2連覇。宇野昌磨選手も銀メダルを獲得し、オリンピックのフィギュアスケートでは初めて日本勢が2人で表彰台に上がりました。

    羽生選手は前の年の11月に右足首を痛めピョンチャン大会が復帰戦でした。それでも、ショートプログラムで自身が持つ世界最高得点に迫る111.68をマークしてトップに。後半のフリーは4回転ジャンプ4つのうち、連続ジャンプで予定していた4回転トーループで着氷が乱れましたが、それ以外の4回転ジャンプは成功。緩急をつけた演技で表現力も高く評価され、フリーで2位の得点をマークし2大会連続で金メダルを獲得しました。

    金メダル 羽生結弦選手

    「今回は勝つこと、そして、結果が一番だと思っていたので、結果を出せたことが一番の誇りです」
    「今回は初めて自分をコントロールしながら作戦を立てながら、自分でつかみとった金メダルだったと言えると思う」

    ショートプログラムで3位だった宇野選手は、フリーで冒頭の4回転ループで転倒。それでも、その後の3つの4回転ジャンプは着氷。順位を一つあげ銀メダルを獲得しました。

    銀メダル 宇野昌磨選手

    「どれだけ体調が悪くてもどれだけ疲れていてもミスを1つ以内に抑えることを目指して練習し続けてきたので、それが試合に出た。自分がやってきたことが間違っていなかったことを証明できた」
    「久々に羽生選手の演技を生で見ることができて、自分に足りないものに気づかされたし『いつか超えたい』と思った」

    その他の特集

      ニュース