ダニエル・ヤーギン氏に聞くエネルギー情勢 日本がとるべき戦略は

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ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギーの安定調達が世界的な課題となっています。エネルギー分析の権威で、数多くの著書でも知られるダニエル・ヤーギンさんに、当面のエネルギー情勢の見通しと、日本がとるべき戦略を神子田章博キャスターが聞きました。

ウクライナ侵攻が変えた世界の「資源地図」

神子田
―本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございます。まずロシアによるウクライナ侵攻についてです。始まってから既に9か月がたち、いつ終わるのか誰にも分かりません。世界のエネルギー市場に及ぼす影響についてどう思いますか?また、これは日本にどのような影響を与えるのでしょうか?

ダニエル・ヤーギン氏
ウクライナ侵攻は世界のエネルギー市場を混乱させていると同時に、世界のエネルギーの新しい地図を形づくったと思っています。特に世界の天然ガス、LNG(液化天然ガス)市場は大きな混乱に巻き込まれています。

ダニエル・ヤーギン氏

―これまでロシアの大きな顧客だったヨーロッパの国々は、今、ロシアの石油と天然ガスの輸入を禁止し、中東を含め、世界のほかの地域の新しいエネルギー供給源から輸入しようとしています。これは日本のエネルギー安全保障にどう影響するでしょうか?

何が起きたかと言いますと、ヨーロッパの国々が「もうロシアの石油は買いたくない」と言い、ロシアのプーチン大統領は「もうヨーロッパに天然ガスは売らない」と言ったわけです。この2つが混乱を引き起こし、石油の価格と供給量の面から日本にも影響が出ています。エネルギー安全保障のリスクが確実に高まりました。日本は今、新たな段階に入ったと言えるでしょう。

―日本はエネルギーのほとんどを海外からの輸入に依存しています。現在、エネルギー価格が高騰し、日本国民は物価高騰に苦しんでいます。エネルギー価格の上昇はいつまで続くと思いますか?

いつまで続くかは不透明です。要因は複数あり、まず世界経済が失速していることが挙げられます。アメリカもヨーロッパも不況に陥っており、これがエネルギー価格を引き下げる圧力をかけています。ほかにも政治が絡んできます。ウクライナ侵攻はどうなるのか、ロシアはどんな新しい手段を講じてくるのか。
現時点のエネルギー価格は消費者の観点から見たら改善しています。世界的に景気が後退しているからです。世界的な不況はエネルギー価格を引き下げるはずです。しかし、石油輸出国、いわゆるOPECプラスの国々は、価格がさらに下落すれば減産し、石油価格を下支えしようとするでしょう。彼らも利益が欲しいですからね。

―つまり、不透明ということですね。

不透明です。来年、世界経済はおそらく1.5%しか成長しません。これが需要の圧力、ひいては物価上昇の圧力を緩和させるはずです。経済原理が働けば、価格は下がります。
でも、次の冬を待ってみないと分かりません。ヨーロッパが再びLNGを購入し始め、世界中でLNGを探し回るようになれば、価格は再び上昇するでしょう。

どうなるエネルギー安全保障

―日本を含む欧米諸国は現在、一丸となって団結し、ロシアに抗議しているように見えます。エネルギー価格の高騰やエネルギー供給量の不安定さが、この団結力の維持を困難にしていくと思いますか?

それがプーチン大統領の作戦なのです。プーチン大統領は意図的にヨーロッパへの天然ガスの供給を停止することで価格を上昇させ、経済的に厳しい状況をつくり出し、社会を混乱させ、同盟関係を弱体化させることをねらっているのです。彼はこれをやり続けるでしょう。私は、むしろ同盟関係の強さにとても驚いています。もう9か月もたつというのに、欧米諸国はウクライナを支援するために団結し続けています。

―団結し続けられると思いますか?

努力が必要だとは思いますが、ロシアがウクライナに対して行っている蛮行を思えば、団結し続けられると私は考えています。冬が近づいている中で、ロシアは発電所を破壊しています。ウクライナ人を凍え死にさせようとしているのです。

―日本はロシアによるウクライナ侵攻に抗議しつつも、ロシアから天然ガスを引き続き輸入しています。ロシアへの経済制裁に抜け道があると指摘する人もいます。戦争が終わるまで日本はこれを続けられるのでしょうか?

日本は天然ガスの10%ほどをロシアから輸入しています。日本がこれを輸入できなければ、世界の天然ガス市場、LNG市場はますます厳しくなり、さらに混乱するでしょう。複雑な話ではありますが、日本と欧米諸国のエネルギー安全保障のためにも、今は、ロシア産のものを含め日本が天然ガスを輸入し続けられることが重要だと思います。

―日本のエネルギー業界の中には、ロシアが突然、日本への天然ガスの供給を停止することを懸念する人たちもいます。その可能性はありますか?

供給を停止する口実を見つければ、ロシアは何だってやる可能性があります。これまでもやっています。ヨーロッパへの供給を減らそうとしたときも、あれこれ理由をつけてきました。ですからロシアを信頼できる供給源として頼ることはできません。50年にわたり、ロシアとその前身のソビエトは「我々は信頼できるエネルギー供給国だ」と主張してきましたが、現在、欧米諸国は「ロシアは信頼できる供給国ではない」と考えており、常に緊張感を持つ必要があります。

―そうなったらロシアから輸入できなくなります。日本は天然ガスの9%をロシアから輸入しているので、もしロシアが供給を停止したら、アジアや中東などほかの供給源を探さないといけません。一方でドイツも天然ガスを輸入しようとしているので、競争は激化しています。日本はどうしたらいいのでしょうか?

これが新たな現実なのです。ヨーロッパやアジアの国々がLNG、天然ガスを競って輸入する状況は、次の冬も、また、冬になる前から起きるでしょう。それが価格にも影響します。新しい天然ガス供給国も登場するでしょうけれども、そういった国々が出てくるのには2年近くかかります。需要の抑制やエネルギーの効率化が不可欠になってきます。

―最近、日本政府は電気・ガス料金を引き下げるための補助金を投入しました。これは市場原理に反すると主張する人たちもいます。電気・ガス料金が上がれば、人は電気・ガスを節約する努力をするけれども、政府が料金を引き下げてしまったら節約する努力をしないので、これは日本のエネルギー安全保障にとって良くないことだと。これについてどう思いますか?

日本は西ヨーロッパ諸国が直面しているのと同じ問題に直面していると思います。エネルギー料金の上昇は消費者に大きな打撃を与えます。その対策として補助金を投入し、乗り切ってもらおうとしているのです。国民の購買力を維持することで、ほかのものにお金を使うようにと。ただ、日本は先進国の中でも省エネに関しては最も進んでいますし、こうした状況下ではさらに省エネが進むと思います。

脱炭素化の成功のカギは?

ー続いて脱炭素について。途上国の脱炭素化を支援する新しい基金創設の合意を含めたCOP27の結果をどのように評価しますか?

新しい基金は意味があると思っています。途上国はそれを求めてきましたからね。でも、途上国はほかにも、天然ガスのパイプライン建設費用も要求してきました。彼らは、先進国や金融機関が、彼らの必要とするもののための資金を出してくれないことに大変失望しています。例えば、屋内で調理するのに薪を使わないで済むよう、天然ガスのパイプラインを建設してほしい、といったことなどです。
COP27は新興国の問題の一部には取り組みましたが、残りの部分には取り組みませんでした。というのも、気候問題について新興国は先進国とは違う見方をしていますからね。途上国は途上国なりの別の問題を抱えているのです。
もう一点COP27で明らかになったのが、先進国と途上国との間に新たな南北の分断ができたことです。エネルギー転換に対して、態度やアプローチが異なるのです。途上国は「ヨーロッパは自分たちの制度や価値を私たちに押しつけるな。ヨーロッパのほうが経済的に豊かで、別の発展段階にいるのだから」と主張しています。途上国のこうした声は今後ますます大きくなっていくと私は思いますし、声高になっていくでしょう。

私はつい最近、東南アジアの人たちとのディスカッションに参加したのですが、彼らは「私たちはベルギーやドイツとは違う問題を抱えているし、気候やエネルギー転換に対して異なるアプローチを取らないといけない」と言っていました。

―ロシアによるウクライナ侵攻によって先進国の脱炭素化の機運が弱まっているように見えます。ドイツはロシアの天然ガスを使う代わりに石炭を使い始めています。アメリカはインフレ対策として石油の増産を検討していると言われています。ウクライナ侵攻は脱炭素化にどのように影響しているのでしょうか?また国際エネルギー市場にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?

2つの異なる影響があります。
第一に、ドイツのような国は、LNGが必要であることに突如気付き、エネルギーの転換は想定していたよりも困難であることに気付いたのです。というのも、ドイツはロシアのガスをたくさん使っていたのです。それと同時に再生可能エネルギーにも投資していました。エネルギーが供給されないと、エネルギーの転換はずっと困難であることに気付いたのです。
同時に、ウクライナ侵攻は再生可能エネルギー、特に大規模な再生可能エネルギーを手がけていた国に新たな勢いをつけました。なぜなら、問題は気候変動や二酸化炭素だけではなく、エネルギーの多様化でもあるからです。

―ウクライナ侵攻により、多くの国が以前よりも化石燃料を必要としています。その一方で、エネルギー業界は、脱炭素化を進めないといけないため大規模な投資をためらっています。ですから、なかなか進めません。安定してエネルギーを調達しながら脱炭素化を進めるという、この矛盾を解消するにはどうしたらよいと思いますか?

世界中の石油・ガス業界は脱炭素化に力を注いでいますし、事業の脱炭素化を進めています。しかし最も投資を阻んでいるのは投資家です。株主たちは「もっと利益を還元してくれ」とか「石油やガスの掘削にばく大な投資をするな」などと言ってきます。その結果、石油・ガスへの投資不足が起きています。このまま石油・ガスへの過小投資が続いたら、エネルギー危機は次々と起きるでしょう。

―脱炭素化に成功する上で重要なカギとなるのは何でしょうか?脱炭素化の成功のカギは?

脱炭素化の成功のカギとなるものをひと言で言うならば、技術革新です。解決には10年、20年かかるかもしれませんが、研究開発が最も重要なのです。物事を成し遂げるには時間がかかります。ソーラー技術が廉価になるのに30年かかりましたが、今は安くなっています。今はまだ芽生えたばかりの技術でも、それが2040年か2050年には重要なものになっていく技術を考える必要があります。

日本のエネルギー どうあるべきか

―ヤーギンさんの著書の中で、太陽光発電と風力発電は、ばく大な鉱物資源が必要で、そのほとんどは一部の国でしか産出されていないと指摘しています。日本のエネルギー安全保障への影響と絡めて、この点について詳しく教えてください。

ヤーギン氏の著書

そうですね、あまりよく理解されていないのが、太陽光や風力発電には鉱物資源がたくさん必要だということです。あるいは電気自動車にしても、通常の自動車の2.5倍の銅を必要とします。つまり、石油・ガスの使用を減らすことを目指しても、代わりに大量の鉱物資源や金属を使うことになるのです。
例えば電化に必要な金属である銅ですが、銅の38%はチリとペルーの2つの国が産出しています。そして鉱物資源や金属のサプライチェーンを支配しているのはどこかと言うと、中国です。このように、政治的な要素が入ってくることを皆、見落としています。エネルギーの転換が続くかぎり「どこから調達するのか」「開発するのにどれくらいの時間がかかるのか」など、ますます金属や鉱物資源に注目が集まるでしょう。
これらの要因が脱炭素化の動きを阻む可能性もあります。石油やガスは掘削するものだと思われていますが、今後の鉱物資源の採掘の重要性については考えられていないのです。

―続いての質問は原子力エネルギーの供給についてです。日本は原子力エネルギーを増やすことを検討しています。現在、ドイツは原子力発電所を閉鎖していっています。原子力発電所は日本にとって不可欠なものなのでしょうか?日本の原子力エネルギー政策にどのようなアドバイスを送りますか?

当然ながら、日本では原子力エネルギーに賛否両論あることは承知しています。ただ停電などを防ぐためにも、日本の電力供給に原子力エネルギーは必要だと思います。また、原子力エネルギーを活用することで、従来のエネルギー源やLNGの需要の圧力を軽減できるでしょう。ですから何か所かの原子力発電所の稼働を段階的に再開することで、日本のエネルギー安全保障に貢献できるはずです。
興味深いことにドイツは原子力発電所を完全に閉鎖しましたが、ウクライナ侵攻があったことで、ここにきて稼働していた最後の3基は残すことに決めました。今となっては、一晩ですべての原子力発電所を閉鎖することを決めたドイツの決断は間違っていたという声も出ています。今、ドイツよりも日本の方が稼働中の原子力発電所が多いですからね。

―最後の質問です。私たちには化石燃料、再生可能エネルギー、原子力エネルギーなど様々な選択肢があります。日本が将来的に安定的に需要に応え、適正な価格でエネルギーを供給するために、最善のエネルギーミックスは何だと思いますか?

日本に必要なのは、供給源の多様化です。1年半前には現在のLNG市場の混乱を誰も予想していませんでした。日本は契約の性質上、ある意味、守られています。不測の事態は起きるものです。ですから日本にとっては、まさにエネルギーのミックスが必要だと思います。そこに新たなエネルギー源も入ってくるでしょう。
日本は水素で世界をリードしています。そしてエネルギーミックスに水素が何かしらの形で入ってくることで、見通しは明るいと楽観視する見方もあります。再生可能エネルギーも日本にとって重要ではありますが、例えばアメリカやサウジアラビアのように太陽光がたくさんある国と比べ、日本はあまり恵まれていません。再生可能エネルギーにおいては、日本はほかの国よりも限定されるでしょう。
ただ日本の場合は、今の日本をつくり上げた技術者の人材がいます。その才能をいかし、水素エネルギーなどを推し進めていくことができます。そういう意味では、日本の将来的なエネルギーミックスには、水素が大きな役割を果たしていくと私は思います。
【2022年11月25日放送】

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