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深海ゴールドラッシュへ「藻」で金回収に成功

深海ゴールドラッシュへ「藻」で金回収に成功

2023.10.19

「すごい!数値が振り切れたぞ!めちゃくちゃ高い」

 

分析結果を見守っていた研究者が叫んだ。
深海で噴き出す熱水から「金(きん)」の回収に成功したことが確認された瞬間だった。NHKは2年以上にわたって、この金回収プロジェクトに密着。その手法とは“藻“に金を吸着させて回収するという意表を突くものだった。ユニークなプロジェクトの舞台裏に迫った。

(参照記事:ゴールドラッシュおきるか 深海に眠る金鉱脈)

「藻」で「金」をとる

藻に吸着した金

「藻を使って深海の熱水から
   金を回収しようとしているのですが、興味ありませんか?」


2021年5月、横浜市内の喫茶店で私に語りかけたのは海底鉱物資源のスペシャリスト、海洋研究開発機構の野崎達生さんだ。

「おもしろいけど、そんなことできるのかな?」

記者としての直感が働いたが、同時に無謀な挑戦だとも思った。
しかし、野崎さんが言うからには、なにか勝算があるに違いない。
2年以上にわたるNHKの密着取材がこの日から始まった。

深海から世界トップクラスの金が噴出

撮影 海洋研究開発機構 青ヶ島の熱水噴出孔

東京・都心から南へおよそ400キロ。青ヶ島沖の水深700メートルの深海には海底下のマグマによって温められた270度ほどの高温の熱水が噴き出す”熱水噴出孔“が2015年に発見されている。

熱水噴出孔自体は伊豆諸島や沖縄など、ほかの深海でも数多く見つかっていて、それほど珍しいものではないが、これまでの研究から青ヶ島の熱水噴出孔の周辺の岩石には平均で1トンあたり17グラムと、ほかよりもずば抜けて高い「金」が濃集していることがわかっている。

熱水噴出孔の“養殖”に挑戦するも…

撮影 海洋研究開発機構 2016年 熱水噴出孔の”養殖”試験

この青ヶ島に目をつけたのが野崎さんだった。原点は2010年にさかのぼる。当時、沖縄の熱水活動域を調査するために、地球深部探査船「ちきゅう」を使って水深1000メートルの海底を掘削したことがきっかけだった。掘削から4か月後、再びその場所を訪れると、高さ4メートルにもなる熱水噴出孔が偶然できていたのだ。これを見た野崎さんは「海底に穴をあけておけば、人工的に熱水噴出孔を作り出せるのではないか?」とひらめいた。

熱水噴出孔には高濃度の金属鉱物が含まれているため、人工的に作り出すことができれば新たな鉱物資源として利用できるに違いないと考えたのだ。2016年、沖縄の深海で熱水噴出孔を“養殖”するという前代未聞のプロジェクトが実施された。狙いどおり熱水噴出孔はできた。しかし、その成分を詳しく分析してみると、鉄や銅、亜鉛などがほとんどを占めていた。これでは採算がとてもあわない。

「金でもないとやはり厳しい…」

そう感じていたところ、高濃度の金が濃集している青ヶ島のことを知ったという。

金を吸着する特殊な藻のシート

大量に培養された「藻」

熱水活動は通常、水深が1000メートルを超える場所で見られることが多く、中には3000メートルを超える深海でも確認されている。一方、青ヶ島の水深は700メートルと比較的浅く、都心からも近いため、将来、資源化を考える上で地理的に有利に働く。それでも水深700メートルの壁は高い。海底から金を含んだ岩石を引き揚げるにはどうしても莫大なコストがかかってしまう。

野崎さんが悩んでいた時に出会ったのが大手機械メーカー、IHIの福島康之さんのアイデアだ。福島さんは「ラン藻」と呼ばれる原始的な藻の一種を使って金だけを吸着する特殊なシートを開発していた。

どのように金が吸着するのか?

イメージ 金と塩化物イオンの結合を外す藻
イメージ 金と藻が電気的に引き合う様子

一体、どうやって藻が金を吸着するのか?

福島さんによると、熱水などの中で、金はおもに塩化物イオンと結合して「塩化金」という形で存在している。まず最初に「藻」が塩化金に吸着することで、少しづつ「塩化金」の結合を外して「金」だけの状態にする。その上でさらに「金」はプラスの電気を、「藻」はマイナスの電気を帯びているため、お互いに引き寄せあうという。最終的に1000度の高温で加熱すると、藻だけが燃え尽きて金が残るという仕組みだ。 福島さんは藻をそのままではなく、シート状に加工したり、光を当てたりすると反応が促進されて、金の吸着の効率がさらに上がることも発見していた。

鉱物資源と金吸着のスペシャリストが組む

シート状に加工された藻
左:IHI 福島康之さん 右:海洋研究開発機構 野崎達生さん

残る課題は「実際の現場でも、本当に金が吸着できるのか?」ということだった。しかし、ふつうの海水ではあまりにも金の濃度が低すぎて、おそらくうまくいかない。もっと金の濃度が高い場所はないだろうか?と悩んでいた。

そんな時、福島さんの会社で行われた研修会に野崎さんが講師として招かれ、そこでお互いの研究内容を初めて知ることとなる。異なる研究分野の2人だが、目指すゴールが同じであることは一目瞭然だった。2人はすぐに意気投合し、青ヶ島の熱水噴出孔に藻のシートを設置して金を回収するという壮大なプロジェクトは一気に前進することとなる。

2021年8月 「藻」シートの設置

撮影 海洋研究開発機構  青ヶ島の熱水噴出孔に設置される藻のシート

2021年8月。無人潜水艇を使って、青ヶ島の深海の熱水噴出孔付近に藻のシートが設置された。金属製のカゴの中に入れられたシートには、吸着効率を上げるためのLEDライトも取り付けられている。

さん

藻を使ったシートで金が回収できることを証明したい

2022年9月に回収する予定なので、結果が楽しみです

2022年9月 台風で潜航できず

撮影 福島康之さん 船上から見た青ヶ島

設置から1年がたった2022年9月。いよいよ待ちに待った回収の日が来た。乗船取材ができなかった記者は出航する2人を見送りに船が停泊する東京・お台場へと向かった。しかし、2人ともなぜか表情がくもっている。

海洋研究開発機構 野崎達生さん
「回収を楽しみにしていてください!と言いたいのですが台風が来ていて…」

不安は的中した。青ヶ島沖に船は到着できたものの、台風の影響などで海が荒れたのだ。結局、1度も潜航することができないまま回収を断念。研究航海はおよそ1年前から運航スケジュールが綿密に計画・管理されるため、すぐに再挑戦することもできず、結局この年は過ぎた。

2023年6月 2年ぶりの回収

撮影 福島康之さん 2023年6月 潜航する無人潜水艇

再び機会が訪れたのは2023年6月。設置からすでに2年近くが経過していた。270度ほどの高温の熱水が噴き出す過酷な環境でシートは無事なのか?

潜航開始から1時間、無人潜水艇の前には勢い良く吹き上げる熱水噴出孔が姿を現した。しかし、肝心の設置したはずの「藻」のシートが見つからない。船上では焦る気持ちを抑えながら研究者が深海の様子を映し出すモニターに目をこらす。

その時、全員が立ち上がってモニターを指さした。

「これじゃないか?これだよね!間違いない」 

深海モニターを見守る研究者たち
撮影 海洋研究開発機構 「藻」が入ったカゴを回収

すぐに潜水艇に取り付けられたロボットアームを使って持ち上げようと試みる。しかし、今度は「藻」のシートをいれていたカゴが崩れ始めた。ここでシートを落としてしまうと、回収はほぼ不可能になってしまう。これまでの苦労がまさに水の泡になってしまう。慎重に作業を進めること数分。熟練の操作技術によって無事、回収された。

2023年9月 “振り切れた”金濃度 

撮影 福島康之さん 回収された藻のシート

3か月後、回収されたシートの分析が行われた。2023年8月からカナダに長期滞在を始めた野崎さんに代わり、分析は東京大学の髙谷雄太郎准教授が行った。取材班もその瞬間に立ち会うべくカメラを回し始めた。いよいよ結果が明らかになる。これまでにないピリピリとした緊張感が伝わってくる。分析用に処理された「藻」のシートが専用の分析機器に投入されて30秒後のことだった。

「おお、すごい!数値が振り切れた!高い、めちゃくちゃ高い」

測定数値が予想を超え、装置のメーターが上限を振り切ったのだ。計算した結果、金の濃度は最大でおよそ7ppm、1トンあたり7グラムに相当する。これは世界の主要な金鉱山で採れる鉱石の平均濃度をおよそ2倍の値だ。熱水に含まれる金を「藻」で回収したのは世界で初めてだと研究グループは胸を張る。

「金」だけじゃなかった?

分析結果を見守る福島康之さんと東京大学 髙谷雄太郎さん

さらに、予想外の出来事はこれだけではなかった。

東京大学 髙谷雄太郎准教授
「あれ?銀がたくさんひっついている」

シートには金だけでなく、銀も吸着していたことが判明した。濃度は最大140ppmあまり、1トンあたり140グラムの高濃度だ。研究グループも銀の吸着はまったく予想していなかった。詳細なメカニズムは調査中だが、福島さんによると基本的には金の吸着と同じとみられるという。

さん

IHI 福島康之さん
「2年以上にわたる挑戦がうまくいってほっとしている。まさかあれほどとれているとは想像していなかった。なにより金や銀が溶けていれば、藻で回収できるということを現場で初めて実証できたことに意義がある。藻の吸着効率をもっと高めて、工場レベルで大量生産していくためにはまだまだ課題があるが、1つ1つクリアして、これが新たな金の回収方法になればと思う」。

海洋研究開発機構 野崎達生さん
「金をターゲットにしていたが、銀も吸着したのは予想外だった。結果的に深海に2年も設置することになったが、吸着には本来、そこまで時間はかからないと思う。どれくらいの期間で吸着が完了するのか今後は調べる予定だ。すぐに商業化に結び付くものではないが、この技術は温泉などほかの場所でも応用が可能とみられ、技術開発をさらに進めることで新たな道を開く可能性があると思う。また岩石や熱水そのものを詳しく調べて、なぜ青ヶ島に大量の金や銀が濃集しているのか、そのメカニズムの解明も目指したい」。

ゴールドラッシュは実現するのか?

2年がかりの壮大なプロジェクトは成功に終わった。それでも、越えなければならない壁はまだいくつもある。都心から比較的近いとはいえ、青ヶ島沖の深海に潜航するには、1日あたり推定でおよそ700万円の費用がかかる試算だ。現状では到底採算があわない。

しかし、「藻」で金を回収できたという事実は大きい。

海外では金の採掘に水銀を使うことが多く、深刻な健康被害が報告されているが、藻を使う方法にはそういった心配はない。研究グループはすでにこの技術を深海だけでなく、陸上の温泉にも応用している。実際に金を回収することにも成功した。さらに今後は都市部の下水や鉱山の湧き水などでも実証試験を検討しているという。

いま「金」の価格は高騰の一途だ。2023年8月には金1グラムの小売価格がついに1万円を突破した。将来的には「藻」を使った金の回収が新たな金資源の開拓につながる可能性は十分にあると感じた。

「令和のゴールドラッシュ」は実現するのか?

彼らの挑戦をこれからも取材していきたい。

(10月19日 NHKニュースで放送)

当初の分析では金が最大で20ppm、銀がおよそ7000ppm回収できたとしていましたが、海洋研究開発機構が2024年2月23日までに再計算した結果、金は最大で7ppm、銀はおよそ140ppmに訂正しています。

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