科学

サイカル研究室

ストーンはどちらに曲がる?カーリングにまつわる「世紀の謎」

ストーンはどちらに曲がる?カーリングにまつわる「世紀の謎」

2023.01.28

「カーリングのストーンは曲がる」。

カーリングをテレビなどで見たことがある人は、これだけを聞いても疑問が湧いたり、不思議に思ったりはしないだろう。むしろ「何を当たり前のことを・・・」という反応の方が多いのではないか。

ところが、物理学者はストーンが曲がることに”気持ち悪さ”を感じるようなのだ。

正確に言うならば、ストーンが曲がる「方向」に気持ち悪さがあるらしい。

しかも、その気持ち悪さが100年近くにわたり、「世紀の謎」として学者たちを悩ませてきたという。

 

私の物理学の理解は高校時代で止まっている、と言いたいところだが、正直なところその理解すら怪しい。とはいえ、その「世紀の謎」が解明されたと聞けば取材せずにはいられないだろう。

まずは謎を謎としてとらえるところからはじめよう。

カーリングの”常識”とは?

カーリングは、取っ手の付いたおよそ20キロの石「ストーン」を、およそ37メートル先にある「ハウス」と呼ばれる円めがけて滑らせ、円の中心に最も近いところに静止させて得点を競う競技である。ハウスの中心にストーンを置くだけでなく、ブラシで氷をこする「スイープ」を駆使してストーンを誘導し、相手チームのストーンをかわしたり、弾き飛ばしたりする駆け引きが見どころでもある。
このとき、重要になるのが、滑るストーンを曲げる(カーブさせる)技術である。カーリングを見る機会があれば、ストーンを滑らせる選手の手もとを注意深く見てほしい。ストーンが手から離れる際、軽い回転をかけていることがわかるはずだ。選手に取材すると、このときの回転の向きによって、曲がる方向が変わってくる、というのがカーリングの“常識”なのだそうだ。

その“常識”を確かめようと、私は長野県軽井沢町にある「軽井沢アイスパーク」に足を運び、実際にカーリングを体験することにした。

「俺のストーンは曲がっている」

氷上でよく見るあの姿勢。衰えた筋力では立ち上がることすらままならない

氷上に立って痛感したことは、転ばないように気をつけながら立つ、動く、という動作にかかる負担の大きさだ。その上でストーンを滑らせ、ブラシで氷をこすらなくてはならない。そもそも私にはストーンを滑らせる姿勢を維持することすらできず、取材後数日は股関節の痛みに悩まされた。カーリングを形容する言葉として「氷上のチェス」という言葉が使われるが、頭脳だけない。フィジカルや技術も問われる競技であることを実感した上で、取材の本題に入る。
ストーンは、私が投げても曲げられるものなのか。

インストラクター「ストーンは時計回りに回転をかけると右に曲がります。反時計回りだと左に曲がります。回転をかけないで投げるとどちらに回転がかかるか分からなくなり、コントロールが難しくなります」

「そだね~」と調子を合わせてみたが、氷上だからスベることスベること・・・。気を取り直して、実際に時計回りに軽い回転をかけてまっすぐ滑らせると・・・確かに「俺のストーンは曲がっている」(参考記事:魔球の正体、スパコンでここまでわかった。~俺のフォークは落ちている~)。わずかではあるが、リリースポイント(ストーンから手を離すところ)から徐々に右に曲がっていくではないか。
謎の出発点はここだ。なぜ、まっすぐ滑らせた”はずの”カーリングのストーンが曲がっていくのだろうか。そして、どこに物理学的な「気持ち悪さ」があるのだろうか。

カーリングをめぐる「世紀の謎」とは?

謎に挑んだ立教大学理学部・村田次郎教授

カーリングの常識では、ストーンを時計回りに回転させると右方向に、反時計回りに回転させると左方向に曲がっていくとされている。普段、物体の回転について考えない私を含む多くの人は、回転させた方に曲がっていくことに不自然さは感じないのではないだろうか。
しかし、物理学の視点から見ると、実はカーリングの常識は非常識なのだと話すのは、「世紀の謎」の解明に挑んだ立教大学の村田次郎教授だ。村田教授は冒頭の「気持ち悪さ」を覚えた当事者である。

村田教授「学生だった1998年、軽井沢で行われた長野オリンピックのカーリングを見ていて、気持ち悪いと思ったんです。普通に考えると、時計回りに回したら左に、反時計回りに回したら右に行くと考える方が物理学的には自然なんです。」

物理学的に考えた場合はこうだ。

回転する物体は、進行方向側で強い摩擦力がかかると思われる。結果として回転方向とは反対向きに摩擦力がかかり、回転方向とは逆の方にずれながら滑っていくはずだ。村田教授は、実際に洗面器をなめらかなじゅうたんの上で回すデモンストレーションをしてくれた。確かに洗面器は村田教授の説明通り、回転方向とは反対の方向に曲がっていく。

「左右」?それとも「前後」?

では、なぜ、カーリングのストーンは物理学的に「不自然な」曲がり方をするのか。これこそが「世紀の謎」である。
今をさかのぼること100年近く前の1924年。カナダの科学雑誌に、カーリングのストーンの運動について考察した論文が発表された。この論文は、さまざまな検討の末、カーリングのストーンはなぜ物理学の常識とは反対方向に曲がるのかについて、ひとつの結論を導いている。

カーリングのストーンは、進行方向と同じ回転の向きになる側の速度が相対的に速く、反対側は相対的に遅い。結果として摩擦力は遅い側に強く、速い側は弱い。その結果徐々に回転方向と同じ向きに曲がっていくとしている。これを左右非対称説、と呼ぼう。

ところが、その論文に対し1931年に異論が出されると、前後して議論が巻き起こる。仮に左右の摩擦力が非対称でも、摩擦力は進行方向とは反対の向きにしか働かないので、ずれたり、曲がったりすることはないはずだというのだ。そこで新たに唱えられたのが「前後非対称説」だ。何らかの理由で前側よりも後ろ側の方が摩擦力が大きく、回転の方向と同じ向きに力が働いているのではないかという理論だ。しかし、この仮説は不自然ではある。もしそうだとするならば、なんらかの理由で後ろ側の摩擦力が前側よりも相当大きくなくてはいけないが、その合理的な説明が難しいのだ。

さらに、ストーンの底面が氷に引っかかって回る「旋回説」も唱えられたが、どの説もデータによる確固たる裏付けを得られないまま、カーリングの謎は、謎として100年近くが過ぎていった。

経験ゼロの教授、カーリングの謎に挑む

村田教授、専門は素粒子や高次元の物理学だ。

20年以上たっても「気持ち悪さ」を忘れていなかった村田教授。カーリングの回転の謎が、謎のままに残されていることを知り、移住先の「カーリングの聖地」軽井沢でこの謎に挑むことを決めた。

村田教授「ちょうど新型コロナの拡大が始まった頃で、県境を越えて大学に行くことも、海外で素粒子の実験をすることもできなくなってしまったんです。ならば、近所でできる実験をしようと。さらに、過去の論文を調べてみたら、実際にストーンの動きを観測してデータとして詳細に調べたものがほとんどなかったんです。自然科学というのは観察が第一で、当然データがあると思って調べたらあまり詳しくないデータだけで議論していたんです。私は実験の物理学が専門なので物を測るのは得意なんですね。だからまず測ってデータを公開して議論してもらいましょうと。」

村田教授は、まずカーリングの試合会場で、回転をかけてストーンを滑らせてみた。数回目に投げたときに、ストーンが、ある点を中心に旋回するような動きをすることに気づいた。「もしかして」。村田教授はつかんだヒントを元に、実験を開始した。

念のため書き記しておくが、村田教授の専門はカーリングではない。

村田教授「カーリング経験はゼロです。実はルールもよくわかっていない(笑)」

素粒子物理学や高次元の物理学を専門に研究している村田教授は、こうした分野の実験のために開発した、空間の精密な観測が可能な独自の解析システムを使い、ストーンの動きを1000分の1ミリ単位で分析。カーリングの試合会場で実際にストーンを回転させて撮影し、122回分のストーンの運動を精密に解析した。

その結果導き出したのは「ストーンが曲がる最大の理由は摩擦力ではない」という、意外な結論だった。

実験の動画 Scientific Reports volume 12, 15047 (2022)より

上の動画を見てほしい。ストーンが氷上を滑る途中、進行方向の左側にほとんど動かない点ができ、それが中心となって旋回して曲がっているのがわかる。その理由として考えられるのは、氷とストーンがかみ合って「振り子運動」をくり返し起こしているということだ。

氷上の凹凸。想像よりもでこぼこしている。

カーリングの試合会場では、しばしば水をまくシーンを目にする。こうすることで、わずかな氷のでこぼこ「ペブル」が作られている。ストーンと氷の接点が少ないほど摩擦がなくなり、ストーンがより滑りやすくなるのだ。

ストーンの底面。リング状の部分が「ランニングバンド」

また、ストーンの底部は中心に向けてくぼんでいて、リングのような部分「ランニングバンド」だけが氷に接するようになっている。この部分も実はなめらかに磨かれているわけではなく、わざとザラザラとした状態に保ってある。

でこぼこした氷とザラザラしたストーンが、氷上を滑りながら何度もぶつかり、そのたびにストーンにわずかな振り子運動が起きる。ここまでは「旋回説」で説明できる。さらに、回転するストーンは進行方向の左右で速度差が生じるという「左右非対称説」により、振り子運動の起きる頻度はどちらか片側のほうが多くなる。こうして、ストーンが徐々に曲がっていくと考えるのが、現象を説明する上で最も合理的だというのが村田教授のたどり着いた答えだ。実験で滑らせた距離は2メートルか3メートルほどだが、実際の競技中は、氷上を30メートル近くストーンが滑る間、わずかずつこのような運動が起きてストーンを曲げていくと村田教授は考えている。「左右非対称説」と「旋回説」をあわせた現象が、ストーンを曲げていたのだ。

村田教授
「謎が謎のままだった大きな理由は、曲がる理由をなめらかな摩擦力だけに求めたことだと思います。氷とストーンの間での接触が起きる回数が多く、左右で差がなければ後ろ向きの一様な摩擦力、なめらかな摩擦力として考えられますが、ペブルとストーンの接触はそれよりずっと数が少なく、左右での頻度も不均等です。なので、ストーンの底に突起があればそれが支点となって、振り子運動で支点の多い側に曲がるのです。」
「1924年の論文は、実は100点満点で99点くらいまでいっていたと思います。でも何が曲がる力になっているかというところのデータ、そして理想的な摩擦力と、支点が残る現実的な場合の関係の考察がなかった。今回、精密な観測によって得られたデータによってその力がどこから来るのかがわかった。支点が振り子の張力を与えていたわけです。データなくして議論してはいけない、バイアスなく物事を考えるべきという教訓だと思います。」

カーリングに革命は起きるか

村田教授は、今回の実験でカーリングの「世紀の謎」は解決したと考えている。では、この成果は競技としてのカーリングにどう生かされるのだろうか。

 去年9月、イギリスの科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ」に論文を発表すると、早速、村田教授のもとにはカーリングの競技団体や選手からの問い合わせが相次いだ。実験中も、同じカーリング場で練習する選手から「海外の強豪国では科学者と選手が一緒になって戦術を研究しているので、日本もそういう体制を作ってほしい」と言われていた村田教授。

次なるテーマは「スイープ」の効果だ。

もとは、ホウキで氷の上の石やゴミを掃くためにはじまったスイープ。いまは細かい繊維でできたパッド状となり、氷上の霜を取り除く、あるいは摩擦熱で溶かして水の膜を作って滑りやすくするのが目的になっているという。果たしてそれは本当なのか。もし本当だとして、スイープでストーンが曲がりやすくなるとすれば、どこを、どのようにスイープすればいいのか。

村田教授「私は知りませんでしたが、カーリング界の中でも見解が分かれていて、曲げたい方向の外側をスイープするチーム、内側をスイープするチームにわかれているようです。中には『右斜め前45度』という細かい選手もいます。さらには『曲がれという気持ち』も大事だという人もいました(笑)。」

日本カーリング協会は去年12月、カーリングの指導者の講習会に村田教授を招いて、今回の研究についての講演会を開催。その際に行われたアンケートでは、曲がる方向の外側をスイープすると曲がるという人が69%、内側をスイープする人が31%にわかれた。

村田教授の見解はこうだ。振り子運動の旋回の中心となる、ストーンと氷の「引っかかり」は、摩擦係数の高い内側の方が起きる頻度が高い、つまり引っかかりやすくなる。そこで、反対側となる回転の外側を磨いて摩擦係数を低くして、引っかかりにくくすれば、それだけ内側と外側で「引っかかり」の起きる回数の差が広がるというのだ。この説明をした後のアンケートでは、回転の外側をスイープすると答えた人は88%に増えたという。
 村田教授は、理論の実践のため、同じ立教大学に通う学生で、カーリングチーム「SC軽井沢」所属の園部日向子選手と、世界ジュニアカーリング選手権代表荻原詠理選手の2人とともに、カーリングの戦術研究をスタートしている。

園部日向子選手(左) 荻原詠理選手(中央)

レベルの高い2人の選手にかかっては、相手のストーンをかわしてハウスに静止させることくらい、なんということはない技術だ。でも、もっとピンポイントで、急激にストーンを曲げることができれば、さらに複雑に配置されたストーンをかわせるのではないか?
 村田教授はストーンを曲げたい方向の外側を、広めにこするのではなく、効果的と思われる部分を通常より帯状に集中的にこすることで、より曲がり方が急になるのではないかと考え、実際に2人に実践してもらった。
 すると...

いつもより多く曲がっております

曲がった。ストーンはこれまでとは明らかに急な角度でハウスに滑り込んできた。
選手2人も予想以上の結果に喜んでいる。

園部選手「曲がりについては本当にいろいろな説があって、毎年海外から違う考え方が入ってきます。実際どうすると曲がるのか、何が正しいのかあまり分からない部分もあって、ただ経験上、何となくトップの選手がやっていることをまねしてきていました。先生の研究によって理論的に曲がる仕組みが解明されたら試合でのスイープに生かせるのではないかと思っています。」
荻原選手「15年間カーリングを続けてきて、なぜ曲がるのかについては深く考えたことはありませんでした。先生の研究をもとに、曲がる仕組みやスイープの効果を自分でもよく考えた上で、効果的なスイープを考えていきたいなって思っています。」

”気持ち悪さ”から生まれるか 爽快なミラクルショット

実際にストーンを滑らせて滑りやすさを算出

さらに村田教授は今回の研究と並行して、氷の滑りやすさやでこぼこの状態を計測することで、よりフェアな氷の整備をするための研究もスタートした。カーリングは、観客の数で室内の湿度が変化するだけで氷の状態が変わり、滑る距離や曲がり方が変わってくるというくらい繊細なスポーツだ。氷の状態を数値化できれば、「経験」や「長年の勘」に頼ってきた作戦に裏付けができるようになる。ここにも日本カーリング界の期待がかかっている。

村田教授「物理学では、謎を解決しても、それがそのまま何の役に立つの?と言われることが多いのですが、今回の研究は成果がそのままカーリングに生かせるので、楽しいですね。科学は世界中の人の財産で、カーリングに関する科学的な研究成果はもちろん公開します。が、カーリングという競技に関して私は日本に肩入れしたい。技術と戦術はしばらくの間、日本チームだけのものにしておきたいとは思います(笑)。」

 ”気持ち悪さ”を解消したのは精密な観測だった。科学に裏付けられた技術によって、カーリングの常識を覆すような”爽快な”ミラクルショットを目にする日も近いかも知れない。

2023年1月29日 おはよう日本「サイカル研究室」で放送

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