証言 当事者たちの声なぜあいつが俺を… 当事者たちの告白

2021年6月29日事件

日本に導入されてから今月で3年がたった「司法取引」。

犯罪に関わった人物が、共犯者についての捜査に協力すれば、自らの起訴が見送られるなどする制度でこれまでに日産自動車・ゴーン元会長の事件などあわせて3件で適用された。

私たちはすべての事件の当事者たちを徹底取材。

見えてきたのは「組織」と「個人」の関係が大きく変わろうとしている今の日本社会の姿だった。

“なぜ部下が俺を” 元カリスマ社長は語る

「なぜあいつが。いきなり俺を売った理由が分からない」

私たちの取材にこう打ち明けたのは東京・渋谷区のアパレル会社「GLADHAND」の元社長、幸田大祐被告だ。

司法取引が適用された事件で、会社の資金を横領した罪に問われ、ことし3月、東京地方裁判所で実刑判決を受けた。
判決を不服として控訴し現在は保釈中だ。

会社の年商は6億円あまり。

アメリカンカジュアルのデザインが男性を中心に人気を集め、幸田元社長はアパレル業界ではカリスマ社長として知る人ぞ知る存在だった。

その自宅や会社が東京地検特捜部の捜索を受けたのは、おととし11月。

当時、幸田元社長は元部下が検察と司法取引をしていることには全く気付いていなかったという。

幸田大祐元社長
部下とは家族ぐるみで付き合いがあり、自分の子供も下の名前で呼ぶほど懐いていました。
 
部下とのメールのやりとりを見返しても前兆は感じなかった。なぜあのタイミングでいきなり俺を売ったのか理由がわかりません。

「司法取引」とは

司法取引は「大きな悪を摘発するために小さな悪は見逃してもいい」とする捜査手法で、海外では広く使われている。

日本に導入されたきっかけは、2010年に厚生労働省の元局長、村木厚子さんが無罪になったえん罪事件など検察不祥事だった。

村木厚子さん

検察が描いた筋書きを、密室で無理に押しつける取り調べのあり方が強い批判を浴び、取り調べに過度に頼らず証拠を集める手段として、司法取引が導入された。

例えば、上司や同僚の犯罪に自分が関わっていた場合、その捜査に協力すれば、見返りに起訴が見送られたり、求刑が軽くなったりする。

部下はなぜ 「司法取引」したのか

幸田元社長の元部下はなぜ特捜部と取引したのか。

元部下の裁判での証言や関係者への取材によると元部下は給料が少ないことや、元社長から私的な雑用を押しつけられることなどに不満を抱いていた。

さらに元社長の横領に加担させられることに精神的に追い詰められていたという。

元部下は、会社の別の幹部に不正を打ち明けた上で弁護士にも相談していた。

司法取引した元部下(法廷メモより)
当時、遺書を書くほど悩んでいました。司法取引のことは、弁護士に言われて初めて知りました。すべてを話す前提であれば僕の罪は考慮されると言われ、取り引きすることにしました。

幸田元社長が問われたのは、会社の売上金、合わせて3300万円を横領した罪。

元部下は現金を運ぶ役割を担い、共犯として逮捕・起訴されるおそれがあった。

そこで元部下は、検察に不正を申告し、捜査に協力し、元社長から、現金を運ぶよう指示されたメールなどの証拠を提出。

元部下は見返りに起訴になったのだ。

元部下“単独”の 不正も不問に

実はこの事件で「司法取引」の対象とされたのは元社長の共犯とされた横領だけでなかった。

元部下が単独で行った横領についても不問に付されたのだ。

検察の調べの中で、元部下自身も会社の資金からあわせて220万円を横領していたことが明らかになったが、検察は、元社長の捜査に協力する見返りに、単独の横領についても起訴しないことで元部下と合意していた。

こうした経緯から元部下の証言は信用できないとする幸田元社長。

裁判では「会社の金を抜き取ったのは将来の業績悪化に備えるためで横領の意図は無かった」と無罪を主張した。

裁判所の判断は

1審の判決は、懲役3年6か月の実刑。

裁判所は司法取引に応じた元部下の供述については「信用性の判断に際しては相当慎重な姿勢で臨む必要があると考えられ、極力、争点の判断材料としては用いない」という考え方を示した。

その上で「金額が記載されたノートなど客観証拠の信用性は高い。犯行の主な動機は私的な蓄財であると認められ、主謀者として責任は最も重い」として弁護側の主張を退けた。

「司法取引」という新たな制度によって立場が分かれた上司と元部下。事件をどのように受け止めているのか。

司法取引をした元部下(法廷メモより)
(元社長を)恨む気持ちはありません。自分を拾ってくれた恩もありますし、つきあいも長いですし。こういう状況になってしまい残念です。

幸田元社長

幸田元社長
やっぱり僕自身は、本当に家族同様に一緒に過ごしてきて、(元部下を)どうしても恨むことはできない。いまだに部下を信じている自分がいます。

「司法取引」は ゴーン元会長の事件でも

「司法取引」の制度は企業犯罪や組織犯罪で上層部の不正の解明に役立つことが期待され、導入された。

世界を驚かせた日産自動車の元会長ゴーン被告の事件でも適用され、元会長は、みずからの報酬を有価証券報告書に、あわせて91億円少なく記載した

金融商品取引法違反などの罪に問わている。

ゴーン元会長が逃亡し、主役不在の裁判が続く中、元会長の共犯としてともに逮捕・起訴された元代表取締役のグレッグ・ケリー被告がNHKの取材に応じた。

ケリー元代表取締役は保釈中で、一貫して無罪を主張している。

元代表取締役 グレッグ・ケリー被告

ケリー元代表取締役
逮捕されたときは何が起きているか理解できずとても驚きました。
私は犯罪には関与していません。司法取引をした部下にどんな圧力がかけられたのか知るよしもありません。

検察庁の幹部は、NHKの取材に対し、大企業の内部で秘密裏に行われた不正を司法取引なしで摘発するのは難しかったと指摘する。

検察幹部
当時ゴーン元会長の呪縛は絶大で、社内で解決しようとしていたらもみ消されて終わっていただろう。
大企業の内部資料、しかも経営陣に直結する重要書類を司法取引で入手できたのは大きい。

ゴーン元会長の部下はどのような経緯で検察と司法取引をしたのか。

検察がゴーン元会長の不正の疑いを把握したのは、2018年の6月。

社内で調査をしていた日産幹部からの申告だった。

社内調査では、日産のオランダの子会社を通じてブラジルやレバノンに高級住宅が購入されるなど元会長が会社の資金を私物化していた疑いが次々に浮かび上がっていた。

しかし、検察は持ち込まれた情報だけでは不正の確度は高くないとして、日産幹部らにさらなる証拠を求めた。

社内の調査チームは不正に関与した疑いのあるゴーン元会長の2人の部下に、検察への協力を持ちかけ、2人はこれに応じて証拠となるメールや書類などを検察に提出。

これがゴーン元会長の逮捕の決め手となった。

捜査に協力した元部下2人は、検察との司法取引で起訴となった。

元部下の1人は、ケリー元代表取締役の裁判に証人として出廷し、司法取引に応じたことについて次のように証言している。

司法取引した元部下の1人(法廷メモより)
検察にきちんと真実の話をすることで、罪が軽減される可能性があると言われました。
起訴になります』と言われたときは、安心しました。

一方ケリー元代表取締役は、今回の取材で自身も逮捕後に面会した弁護士の1人から司法取引を勧められていたことを明らかにした。

グレッグ・ケリー元代表取締役
逮捕された後、私が会った弁護士の1人が司法取引が可能だと勧めてきました。
私は罪を犯していません。
裁判で争う以外の選択肢はありません。

「司法取引」 成果と課題は

「司法取引」が適用された事件はこれまで3年間でわずか3件。

ゴーン元会長の事件は1審の判決も出ていない。

このため制度の是非を評価するにはまだ時期尚早だ。

ただ、検察内部からは、企業の内部の不正を解明する捜査では効果は高いと評価する声も聞かれる。

中でも、検察の捜査権が及ばない海外を舞台にしたグローバル企業の捜査では「司法取引」で社内に協力者を作ることができれば、海外の拠点を通じて資料やデータを入手するできるため、メリットは大きいという。

一方で課題もある。
捜査に協力する側の立場で考えると、検察と司法取引することで刑事罰は免れられても、株主から損害賠償を求められるなど民事上のリスクは残る。

また日産の事件では、検察は社内の権力闘争の一方側に加担しているのではないかという批判も出た。

「司法取引」という制度の性質上、こうした批判や疑念が出ることは今後も想定される。

さらに犯罪に関わった人物が自分の罪を免れるため、うその供述をして無実の人を巻き込み、えん罪を生むのではないか、という懸念も制度の導入前から指摘されている。

「司法取引」について検察当局は、制度を使うことに国民の理解が得られる事件に限るという方針を示している。

検察トップの林眞琴検事総長にこれまでの運用の評価や今後の方針について考えを聞いた。

林眞琴検事総長
従来の捜査手法では成果を得るのが困難だった組織犯罪の首謀者の関与の解明に資することが期待されていましたが、実際に運用してみてそのような有効性があったと考えています。
 
制度の適用に当たっては協力者の供述に裏付け証拠が十分にあるかなどを吟味した上で運用を慎重に行っていく必要があります。
 
1つ1つ運用実績を積み重ねながら慎重かつ着実に制度を定着させたい。

会社が社員を…。「組織」と「個人」の関係は

「司法取引」が適用されるのは部下が組織の上層部の不正を申告する、いわば「下が上を売る」パターンだけではない。

会社が社員の不正を申告し、捜査に協力することで見返りに法人としての会社が刑事罰を免れるというケースもあり得る。

日本で適用された3件のうち、残る1つはこのパターンだ。

タイの発電所建設をめぐって大手発電機器メーカー三菱日立パワーシステムズ(当時の社名)の幹部らが現地の港湾当局の公務員におよそ3900万円の賄賂を渡したとされる事件。

賄賂は現地の公務員から要求され、応じなければ工期が遅れ1日4000万円を超える損害金が生じるおそれがあった。

外国公務員への賄賂は、不正競争防止法で禁じられている。

摘発されれば、賄賂を渡した社員だけでなく、法人としての会社にも3億円以下の罰金が科され、ほかの入札に参加できなくなるおそれもある。

この不正を内部通報で把握した会社は検察に申告。

検察側からの提案で司法取引を行った。

不正に関わった幹部らを検察に出頭させ、すべての資料を提出するなど捜査に協力する見返りに法人としての会社の起訴は見送られた。
その結果、幹部3人だけが罪に問われた。

裁判では起訴された3人のうち2人が起訴内容を認め執行猶予のついた有罪判決が確定した。

有罪となった幹部の担当弁護士が、本人に代わってNHKの取材に応じた。

田代政弘弁護士

田代政弘弁護士
「自分が会社に売られたという感情はないんですか」と私も本人に聞きました。

それに対して『そういう感情はありません。賄賂を渡したことは当時は会社のためと思っていました。

しかし、目の前で損失が生まれてもコンプライアンスや法律を順守するということが長い目で見れば会社のためになったんだ。自分の判断は誤りだった』と話していました

しかし、起訴された3人のうち1人は「賄賂を支払うことは了承していない」と無罪を主張。

法廷では司法取引について次のように証言した。

弁護士
(取材メモより)

会社があなたを含めた役員や従業員を売って、罰金や行政処分を免れたように見えますが、そのことについて思うところはありますか

思うところはありますけれども 今、言及することは差し控えさせていただきたいと思います。

元取締役 内田聡被告
(取材メモより)

司法取引をしたことについて、会社はNHKの取材に対し、次のように回答している。

三菱パワー(現在の社名)
当社では、以前から法令遵守のための諸施策を講じてまいりました。
(司法取引)制度が適用されなかったとしても、3名が起訴されること自体は変わらなかったと理解しております。
その意味で、当社が意図的に従業員に罪を押しつけ、当社自身の起訴を免れたとは考えておりません。

この事件について東南アジアで働く日本の会社員からは不安の声も聞かれた。

東南アジアで働く会社員
再三再四、研修を通じたりだとか、いろいろな形でコンプライアンスや社員の行動規則は末端まで指導されている。

逆に言えば、指導しているにもかかわらず起きた事象に対してどこまで末端の社員を守ってくれるのかは、やっぱり最後、トカゲの尻尾を切られてしまうんじゃないか。 
ちょっと怖くなるところはあります。

検察改革にも関わった組織論の専門家は、司法取引の制度の存在は、企業や個人の関係にも変化をもたらすと指摘する。

慶應義塾大学大学院 高橋俊介特任教授

慶應義塾大学大学院 高橋俊介特任教授
不正に加担してしまったときの 最後の手段として、司法取引があるということは会社と個人の間の緊張関係のきっかけになり得る。
 
会社の論理よりも職業倫理を持っている人、そういう人たちが第一線で頑張る組織にならないと、そもそもビジネスで勝てない分野が増えてきている。

「司法取引」は何を変えるのか 小説家・真山仁さんに聞く

「司法取引」に関わった当事者たちへの取材を通じて見えてきた「組織」と「個人」の関係の変化。

さまざまな企業を舞台にした作品を手がけてきた小説家の真山仁さんは戦後の日本が築き上げてきた企業文化を超えた生き方を1人1人が模索することが求められると指摘する。

小説家 真山仁さん

真山仁さん
3つの事件には、それぞれ3本の小説が書けそうなぐらいドラマがあります。

ずいぶん人間くさいなと感じました。組織の論理だったり、個人の良心の葛藤だったり、人間関係があったり。
片一方が思っていなくても恨みを買うこともある。恨みを晴らすことが法律かというとそれは違いますよね。

価値観が広がってグローバル化しているので、今過渡期なんですよ。
われわれは昔ながらの日本のルールで生きるべきなのか、外国がやっているような冷たい、でもフェアな法律の下によって生きていくのか、この令和の間にもっと判断しないといけないことがたくさん出てくると思います。

では、私たちはどのような心持ちでこれからの時代を生きていけばいいのか。

小説家 真山仁さん
片足は企業・組織に、片足は自分の生き方に置いておかないといけない。
今の人はほぼ90%以上、組織に重心を置いてしまっている。

組織にいるけれど自分にとって譲れないものは何で、組織から出ていくことによって多くを失うとしてもやっぱり自分はそれを守るんだという生き方をしなきゃいけない時代になっている。

これは嫌なように聞こえますけど、自分を曲げない信念が、最終的にはその人を豊かにすると思います。
大切なのは、(信念を)心の片隅に持っていること。
何かあったときに自問自答できるか、これは私が 本当にやりたいことなのか、こういうことを見過ごしていいのか、いつもどこか何かあったときには考えれなければいけない。

取材後記

制度導入から3年という節目で司法取引の成果や課題を検証しようと始めた今回の取材。

その結果、見えてきたのは「組織」と「個人」の関係が日本でも大きく変わる時代に差し掛かっているということだった。

「司法取引」は欧米では当たり前に行われ、海外の日本企業や現地の日本人が当事者になるケースはもはや珍しくない。

経済のグローバル化がさらに進むことも避けられない。

日本社会の中で新たな時代に対応した「組織」と「個人」の関係がどう築かれていくのか。
今後も注目して取材を続けたい。

  • 社会部 橋本佳名美 平成22年入局
    大津局、神戸局を経て社会部遊軍

  • 社会部 守屋裕樹 平成24年入局
    仙台局、気仙沼支局を経て社会部司法担当

  • 社会部 山﨑啓 平成27年入局
    福岡局、久留米支局を経て社会部司法担当

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