追跡 記者のノートから【詳報】東名あおり運転裁判 やり直しなぜ 被告は無罪主張

2022年2月9日司法 裁判 事故

5年前に東名高速で家族4人が死傷した事故。
あおり運転が原因だとして被告に1審で有罪判決が言い渡されましたが、裁判をやりなおすことに。

「事故になるような危険な運転はしていない」
石橋和歩被告は危険運転の罪について無罪を主張しました。
裁判を詳報します。

(横浜放送局記者 笹谷岳史)

2017年6月、神奈川県の東名高速道路で停車したワゴン車に後続のトラックが追突し、夫の萩山嘉久さん(45)と妻の友香さん(39)が死亡、長女(15)と次女(11)がけがをした。

萩山友香さんと嘉久さん

“あおり運転”によって高速道路上に車を止めさせたことが原因だとして、危険運転致死傷の罪に問われた被告に対し、1審の横浜地裁は懲役18年を言い渡した。一方、2審の東京高裁は1審の手続きに違法な点があったとして審理をやりなおすよう命じた。

「人が亡くなるようなことはしていない」

被告(2017年10月)

-2022年1月27日 横浜地方裁判所 101号法廷-

最初からやりなおすことになった裁判員裁判。
石橋被告(30)は青いネクタイに黒のスーツ姿で法廷に入りました。

<起訴状朗読>
名前や職業などを尋ねる「人定質問」のあと、検察官が起訴状を読み上げます。
被告はまっすぐ前を向いて聞いていました。

<罪状認否>
次に行われるのが「罪状認否」です。
起訴された内容について、裁判長が直接尋ねます。

被告は東名高速の事故の前後に、山口県であおり運転などによる別の事件を起こし「強要未遂」と「器物損壊」の罪にも問われているため、裁判長はまずその起訴内容について聞きました。

裁判長

強要未遂と器物損壊の罪について違うところはありますか?

まちがいありません。

被告

では危険運転致死傷については?

自分は事故になるような危険な運転はしていません。
人が亡くなったり、けがをしたりするようなことはしていません。

弁護人の意見は?

強要未遂や器物損壊については有罪だと認めます。

弁護士

東名高速の危険運転致死傷については、被告は危険運転行為をしていません。

夫妻が死亡して娘さんがけがをしたのは、被告の運転が原因ではありません。
後続のトラックが前の車に気付かずに衝突したのが原因です。

弁護士

危険運転致死傷の罪については、前回に続いて無罪を主張しました。

<危険運転致死傷罪の妨害運転>
走行する車に割り込みや接近し、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為。
2020年の法改正で走行中の車の前で停止したり、高速道路で停車するなどの方法で走行中の車を停止または徐行させたりする行為を処罰対象に追加。

なぜ 異例の裁判やりなおし

横浜地方裁判所

なぜ今回、審理をやりなおすことになったのか。

問題となったのは、裁判の前に裁判官と検察官、弁護士が争点を整理する「公判前整理手続き」です。

2018年の1審では、被告が車を止めたあとに起きた事故に危険運転の罪が適用できるどうかが争点となりました。

判決で横浜地裁は「適用できる」という判断を示し、懲役18年を言い渡しました。

しかし2審(2019年)の東京高裁は、次のように指摘しました。

裁判の前の手続きで、裁判所が検察と弁護側の双方に「危険運転の罪にあたらない」という見解を表明したのは違法で明らかな越権行為だ。

量刑に影響を与えた可能性がなかったとは言えず、被告に主張の機会を十分に確保しなかった点も違法だ。

つまり「危険運転にあたらない」という見解を裁判所が事前に示していたのに、判決で「適用できる」という逆の結論を出したことを問題視し、地裁で審理をやり直すよう命じたのです。

検察の主張 ~恐怖で「車を止めるしかない」

やりなおしの裁判は、前回とは裁判官や裁判員もかわっています。
検察官は冒頭陳述で事故に至る状況を示しました。

検察官

<発端(中井パーキングエリア)>
-2017年6月5日の夜-

・被告の車が東名高速の中井パーキングエリアに入る。通路部分に車を止めると、被告は降りてタバコを吸い始める。

・続いて夫妻の車がパーキングエリアに入る。夫から妻に運転を交代。車には長女と次女も乗っている。

・夫妻の車が発進するも、被告の車が通路部分に止まっていたため徐行しながら横を通り抜ける。その際、夫は被告に対し「邪魔だ、ぼけ」と言う。

・憤慨した被告は夫妻の車を停止させようと追跡を開始。

<走行中(パーキングエリアから約700メートルの区間)>
-午後9時33分~34分ごろ-

・被告の車が時速およそ100キロほどで追い越して夫妻の車の前に入り、減速して車を接近させる。

・夫妻の車が追い越し車線に移ると、被告の車も車線変更して前方に入る。

・被告は夫妻の車に対し、4回にわたって妨害運転を行った。

・運転していた妻は衝突の危険を感じて恐怖を覚え、「車を止めるしかない」と判断。

・双方の車は減速を続け、相前後して高速道路上に停止。

<停止中(追い越し車線上)>

・被告が車から降りて夫妻の車のほうに向かう。夫は被告に対応するため、左側のスライドドアを開ける。

・被告は「けんか売ってんのか」「高速道路に投げ入れてやんぞ」などと夫をどなりつけ、車外に引きずりだそうとする。

・夫は被告に謝罪。引きずり出されないように抵抗。

-午後9時36分ごろ-
・同乗者になだめられた被告が夫妻の車両から離れて車に戻ろうとする。

・追い越し車線を走ってきた大型トラックが夫妻の車に衝突。車外にいた夫妻は死亡、車内にいた娘2人もけがをした。

検察の主張 ~被告の妨害運転が事故招く

<争点>
続いて検察官は、争点について説明します。
今回の裁判では、危険運転の罪が成立するかどうかが争われています。

被告に危険運転致死傷罪を適用する場合、「妨害運転」によって「家族4人が死傷した」という実行行為と結果を結びつける因果関係を立証する必要があります。

被告の妨害運転によって夫妻は車の停止を余儀なくされ、事故を招いた。
因果関係はあるというのが検察官の主張です。

弁護士の主張 ~危険運転はしていない

弁護士と被告(中央)

検察官に続き、被告の弁護士も冒頭陳述を行いました。
事故に至る状況の説明では、夫妻の車が先に止まったと主張しました。

<事故に至る状況>
・被告は交際相手を乗せて名古屋に向かう途中、交際相手の気分が悪くなったことからパーキングエリアに入った。

・売店前の通路の端に止めて休憩して電話するなどしていると、被害者夫妻の車が突然来て、怒鳴りつけられた。

・夫妻の車を追いかけて後ろにつけてパッシングしても、車は止まらなかった。

・夫妻の車は徐々に速度を落としていき止まったので、前に止めた。

・追い越し車線には後続車が次々に止まり、渋滞になった。後続車は車線変更して現場を離れていった。

・被告は夫妻の車のスライドドアが開いたのを見つけ近づいた。被告が「けんか売ってるのか」と言うと、男性(夫)は「言われて当然だろ」と言った。

・その後、同乗していた交際相手が近づき、運転していた女性(妻)も近づいた。
・交際相手が助手席に子どもがいるのに気付いて「泣いているからやめて」と言ったので、被告はやめることにした。

・男性(夫)も「すみません」と言い、被告も「すみません」と言って車に戻りかけたところ、大きな衝突音がしてトラックが衝突した。

<危険運転はしていない>
被告が問われている「危険運転致死傷罪」では、処罰の対象となる運転について次のように規定されています。

「車の通行を妨害する目的で、走行中の車の直前に進入し、その他通行中の車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為」

弁護士は被告の車のGPSデータを分析した結果、直前に割り込んでもいないし、一気に減速して著しく接近もさせていないと主張しています。

弁護士の主張 ~事故を起こしたのは衝突したトラック

弁護士はさらに被告の運転が仮に危険運転だったとしても、その運転が原因で夫妻が死亡したと言えなければ無罪だと述べました。

そのうえで先に減速して止まったのは夫妻の車であり、被告は(夫妻に対し)車の停止を余儀なくしていない

一方、衝突した大型トラックについては、走行が禁止されている追い越し車線を制限速度を上回る90キロ以上で走行し、車間距離は20メートルほどしかとっていなかったとしました。

夫妻が死亡したのはトラックの無謀運転による追突事故であり、被告の運転が原因ではなく、因果関係は否定されるというのが弁護士の主張です。

注目裁判 今後は

道路交通法の改正などあおり運転の厳罰化のきっかけにもなった今回の事故。

2審の東京高裁で裁判のやりなおしが決まったとき、遺族は「被告に早く刑に服してほしいと思っていただけに裁判が長引くのは歯がゆい気持ちです」と話していました。

裁判はこのあと被告人質問や遺族の意見陳述などが行われ、4月以降に判決が言い渡される見通しです。

危険運転について裁判所がどう判断するのか注目されます。

  • 横浜放送局記者 笹谷岳史 平成17年入局
    警視庁担当などを経て、横浜局で県警や司法を担当

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