証言 当事者たちの声妻が死んだのは“単なる事故”じゃない

2021年3月23日事故

孫に囲まれて幸せそうな笑顔を浮かべる妻の写真です。

小学校で同級生だった私たちは、中学生のときに交際を始め、50年一緒に人生を歩んできました。

ところが2020年12月、突然の事故。

「妻が死んだのは単なる事故じゃない」

原因の究明が妻のためにできることだと思っています。

(2022年8月23日追記)

思い出のオルゴール

亡くなった妻が大切にしていたものがあります。

バレリーナの人形が「白鳥の湖」のメロディーに合わせて踊る、古いオルゴール。
私がその昔、妻の誕生日に贈った初めてのプレゼントです。

よく見てください。
傷や汚れひとつありません。

孫に宝物はなあに?と聞かれた時、「“じい”にもらったオルゴール」と答えたそうです。

妻は、大事に大事に持っていてくれたんだと、後になって知りました。

叶わなかった50回目の記念日

中学生当時の2人

私と妻は、同じ小学校に通う同級生でした。
中学3年のときに交際を始め、25歳で結婚。

縫製会社を営む私を、妻が経理などを担当してサポートしてくれました。

苦労したこともうれしかったことも、ずっと分かち合ってきました。
何も言わなくても通じ合える“同志”と言える存在でした。

そんな私たちにとって、ことしは特別な年になるはずでした。

「1月30日の誕生日は、オルゴールをもらってから50回目の誕生日」(SNSより)

私がオルゴールを贈ったのは、妻の15歳の誕生日。
ことしの1月30日は、それから50回目の記念日だったのです。

その記念日を前に、悲劇は起きました。

2020年12月13日でした。

「出発は午前3時半 見送りはいいからね」

三田静雄さん

取材に応じてくれた三田静雄さん(65歳)です。

去年12月の北関東自動車道の事故で、妻の昌子さん(当時64歳)を亡くしました。

前日の夜、静雄さんは昌子さんと2人で夕食をとりました。
3人の子どもは結婚して実家を離れたので、夫婦にとってはいつもと変わらない光景でした。

そこでは、こんなやりとりがあったそうです。

「あした友人3人と旅行に行ってくるね。車で山梨方面に行って、お寺を4つくらい回ってきます。午前3時半に出発するので早いし、見送りはいいからね」

「わかった。いってらっしゃい」

これが2人の最後の会話となりました。

当日の朝。
静雄さんは布団から出て1人で朝食を食べ、いつものように2匹の愛犬の世話をしていました。

そういえば朝から携帯を見ていなかった。

そう思って寝室で充電していた携帯電話を見ると、息子たちからの大量の不在着信が。
嫌な予感がしてすぐに折り返すと、信じられないことばが耳に飛び込んできました。

「お母さんが事故で亡くなった。すぐに病院に来て」

昌子さん

寝ているような安らかな顔で

病院に到着したとき、処置室前の廊下には長男と次男がいました。
まだ入れないと言われ一緒に待とうとすると、群馬県警の警察官が歩み寄ってきました。

「三田静雄さんですか?」
「昌子さんは高速道路を運転中にガードレールに衝突して亡くなりました」

ようやく処置室に通されると、昌子さんはベッドに横になっていました。
まるで寝ているかのように安らかな顔だったといいます。

静雄さん
「正直、顔を見るまでは信じられなかったんです。警察官が事故について説明してくれたんですが、そんなわけないと。でも見ちゃったらもう現実として受け止めるしかなくて。でも受け止めきれなくて、ただただ呆然としていました」

4人死傷の“単独事故”

当日、事故はどのようにして起きたのでしょうか。

警察の調べによりますと、午前3時半ごろ、昌子さんの自宅に友人3人が集合し、そのまま昌子さんが運転する乗用車で出発。
4人が乗った車は、近くのインターから北関東自動車道に入りました。

そして午前3時50分ごろ。
伊勢崎インターチェンジ付近にさしかかったところでした。

4人が乗った車は、本線と出口に向かう車線との分岐点にあるガードレールに衝突。

運転していた昌子さんと後部座席に乗っていた50代の女性が死亡し、ほかの2人も重軽傷を負いました。

事故現場は、片側2車線の見通しのいい直線道路でした。

捜査関係者によりますと、ブレーキの跡がなく、車体にほかの車と接触した傷も見つからなかったことから、“単独事故”とみられていました。

500キロも平気で運転 なぜ妻が

「なぜ妻が事故を起こしたのか」
静雄さんは、ずっと疑問でした。

明るく活発で社交的だった昌子さんは、子どもたちが巣立ったあとは、時間があれば友人と旅行に出かけていました。
出雲大社や伊勢神宮など昌子さんの運転で各地を回りました。

数年前には、新しいことに挑戦したいとダイビングの免許を取るため、伊豆まで車を走らせましたが、これまで事故を起こしたことはなかったといいます。

静雄さん
「妻は運転が好きで、それこそ1日に300キロでも500キロでも平気で運転していました。夜間、高速道路で運転することもあったので慣れていないということも全くないと思います。自宅を出て20分ほどで事故を起こしたので、『なぜ』というのが一番でした」

同乗者が証言 「幅寄せされた」

そんな静雄さんに、新たな情報がもたらされたのは事故の数日後でした。
助手席に乗っていた女性が退院し、遺族に話をしたいと申し出たのです。

静雄さんの自宅を訪れた女性は、時折ことばを詰まらせながら話したそうです。

その場には、後部座席で亡くなった女性の遺族も同席しました。

そこで語られたのは、警察からも聞かされていなかった事故直前の状況でした。

静雄さんが女性の許可を得て録音した内容です。

(女性の証言より)
「三田さんのお宅で待ち合わせをして皆がそろったところで、じゃあ行くよと出かけました。高速には太田藪塚インターから乗って、すぐだったのでそんなにスピードは出ていませんでした」

「彼女(昌子さん)は運転が上手ですから(ふだんは)バーって行っちゃうんですけど、あの日は走行車線をゆっくり走っていたんです。トラックに何台か追い越されましたが、車はそんなに走っていませんでした」

そして事故には、「別の車が関係していた」と証言しました。

「私たちの車は走行車線を走っていたんですが、白っぽい、クリーム色に緑のラインが入った、バンではないけど乗用車でもない感じの車が、並行するような形で少し前(追い越し車線)を走っていました」

「そしたら急に中に入ってきて、みんなが『危ない』とか『おいおいおい』って言っているうちにどんどん走行車線に入って来て、その瞬間にぶつかる感じでした」

「そのときはよけるとか、ブレーキを踏むとか、そんな感じではなかった。一瞬のことで気がついたときには、分岐にある大きな丸いものに衝突していました」

下の動画は、証言をもとに状況を再現したCGです。

証言をもとにした再現CG クリックすると動画が再生します

ドライブレコーダーを付けていれば

昌子さんが乗っていた車

「やっぱり妻が死んだのは単なる事故じゃなかった」

そう思った静雄さんが後悔したのが、ドライブレコーダーを取り付けていなかったことでした。

あおり運転のニュースなどを受けて、事故の数か月前から購入しようと夫婦で相談していて、カタログなどを見て機種も決めていたそうです。

静雄さん
「事故が1か月後だったら付けていたかもしれない。それが1番の心残りです。後悔してもしかたないですが、付いてさえいれば別の車の存在もナンバーもわかったのかなと思うと残念でならないです」

「真実を知りたい」 警察に上申書を提出

静雄さんは同乗者の女性から話を聞いたあと、警察に上申書を提出しました。

ほかの遺族とともに「刑事責任を念頭にした捜査をお願いし、このような事故が2度と起きないことを望みます」と原因究明を求める内容です。

そして3月5日。

警察は現場周辺の高速道路を通行止めにして、実況見分を行いました。
証言をした女性にも立ち会ってもらい、事故の状況を再現したのです。

(2021年8月10日・8月31日 2022年8月23日追記)
警察は、現場付近を走行していた車の絞り込みなど捜査を進め、2021年8月10日、過失運転致死傷の疑いで栃木県の会社役員を逮捕しました。そして検察は2021年8月30日、タブレット端末の操作に気を取られて被害者の車に接近し、事故を誘発した過失運転致死傷の罪で起訴しました。

上申書を提出した理由について、静雄さんはこう語りました。

静雄さん
「追い越し車線の車の運転手が名乗り出ても責めるつもりはないです。妻が戻ってくるわけじゃないですから。人間だから故意じゃなく不注意というのも大いにあると思います。でも事故原因が分からないままだと妻も悔しいと思います。ただ真実を知りたい。せめて原因が究明されれば、妻も少しは浮かばれる気がします」

取材後記

取材を始めてから3か月あまり。

切実な思いを聞かせてくれた静雄さんが、今もはっきりと覚えていると振り返ったのは、事故の少し前に昌子さんが好きなお寿司を2人で食べに行ったときの何気ない会話です。

「時間ができて自分の好きなことがたくさんできるし、孫たちも本当にかわいい。今が一番幸せ」

昌子さんたちの命はなぜ失われたのか。
事故原因の究明に向けて取材を続けていきたいと思います。

(2022年8月23日追記)
この事件の裁判で前橋地方裁判所は2022年8月、「注意深い運転が要求される高速道路で録画番組を見ていたタブレットを操作したのは全くの不注意な行動で過失の程度は大きい」として元会社役員に禁錮2年の実刑判決を言い渡しました。

  • 前橋放送局記者 中藤貴常 2019年入局 県警・司法を担当 愛媛県出身