証言 当事者たちの声トンネルで娘が死んだ~事故の責任はどこに

2021年12月1日事故

「9人が亡くなっても、罪に問われない」

この事故で、娘を失った両親は“理不尽”な思いを今も胸に抱き続けていました。

トンネル事故を防げなかった責任は、企業にもあるのではないか…。

両親たちが”実現したい”と訴え始めたのが、今の日本の法律にはない「組織罰」の導入です。

(甲府放送局記者 神田詩月)
※12月1日更新 事故から9年となるのを前に父親から手記が寄せられました。こちらからご覧ください。

失われた9人の命

トンネルの天井が落ちてくる。
そのかつてない事故が起きたのは、冬の早朝でした。

2012年12月2日、中央自動車道の笹子トンネルで、9人の命が奪われました。

高速道路を走っていた4台の車が突然、トンネルから落ちてきた天井板に巻き込まれたのです。

この事故で亡くなった1人、松本玲さんです。

当時、社会人2年目の28歳。

「何事にも積極的で、行動する娘だった」という玲さんは、大学院生のときにドイツに留学して音響工学を学んでいました。

そして東京で、ずっと夢だった音響関係のエンジニアの仕事についたばかりでした。

事故に巻き込まれたのは、山梨県に遊びに出かけた帰り道。

一緒に住んでいたシェアハウスの仲間たち5人と、ワゴン車に乗っているときでした。

「トンネルに殺された」

玲さんの両親・松本邦夫さんと和代さんが、事故の知らせを聞いたのは、その日の夕方です。

一刻も早く玲さんに会いたい。

新幹線や特急を乗り継いで山梨県に着いた2人を、つらい現実が待っていました。

玲さんの遺体は激しく損傷し、DNA鑑定をしなければ確認ができないほどだったのです。

邦夫さんと和代さんは、再会した玲さんに、覆いの上から触れることしかできませんでした。

邦夫さん
「もう本当に信じられない。その一言でした」

和代さん
「『これが娘なのか』っていうショックが大きかったです。普通の交通事故だとまったく思えなかった。『殺された』という思いでした。

『トンネルに殺されたな』って…」

後日、玲さんが乗っていた車両に衝撃を受けました。
それは、焼け焦げた「残骸」のようになっていたのです。

高速会社の不十分な維持管理が明らかに

突然の事故で、娘の命を奪われた邦夫さんと和代さん。

2人が衝撃を受けたのは、トンネルを管理する中日本高速道路の不十分な維持管理の実態でした。

事故は、天井板などを固定していたボルトが抜け落ちたことで起きました。

国などの調査で、その事故現場のボルトの付近が12年もの間、詳しく点検されてこなかったことがわかったのです。

国の事故調査委員会の報告も、「中日本高速道路の点検内容、維持管理体制は不十分だった」と指摘しています。

さらに、中日本高速道路などに対して遺族らが損害賠償を求めた民事裁判では、会社の過失が認められました。

2015年、横浜地方裁判所は「有効な点検を行っていれば、事故は回避できた」として、賠償を命じる判決を言い渡しました。
その後、判決は確定しています。

2015年12月 民事裁判の判決で裁判所に入る松本さんら遺族

一方、刑事事件では、松本さん夫妻が思いもしない経過をたどりました。

「誰も罪に問われない」 遺族が直面した“理不尽”

遺族らは、中日本高速道路の元役員やその子会社の幹部らを刑事告訴。2017年、8人が業務上過失致死傷の疑いで書類送検されましたが、全員起訴となったのです。

事故直後の笹子トンネル内

その後、現場責任者2人について検察審査会が「起訴は不当」と議決し、検察が改めて捜査しましたが、去年4月、改めて起訴に。

刑事裁判の場で企業の責任は問われないまま、この事故の捜査は終結しました。

起訴を受け中日本高速道路は、「お客様の安全を最優先すべき会社として、決してあってはならない重大事故を起こしたことを深く反省し、事故の教訓をしっかりと踏まえグループ一体となって安全性向上に取り組んでまいります」とコメントしました。

検察の担当者は、起訴の理由について遺族に対し、「元役員らが、天井板が落ちることを知りながら、防ぐ手立てをとらなかった過失を証明できなかった。法人を処罰できる法律があれば、我々もできるのですが、今はこれ以上できません」と説明したといいます。

ただ、この「誰も罪に問われない」ままの捜査の終結は、邦夫さんと和代さんにとっては、信じられない事態でした。

松本邦夫さん
「『理不尽だ』と思いましたし、絶対、日本の司法制度の欠陥だと思いました。刑事裁判が開かれれば詳しく色々な証言が出てくるし、なぜ事故を防げなかったのかが明らかになるはずでした。

裁判すら開かれないという現実の中で、私たちにできることがなくなってしまったのです」

日本の司法制度の抱える“問題点”

この現実を前に2人が出会ったのが、JR福知山線脱線事故の遺族たちです。
実は、松本さん夫妻と同じような思いを、抱えていました。

JR福知山線脱線事故の現場(2005年4月)

107人が亡くなったこの事故でも、JR西日本の歴代社長3人が業務上過失致死傷の罪で起訴され裁判が行われましたが、全員無罪となったのです。

「企業の刑事責任を問うことが難しい」

遺族たちは、ここに日本の司法制度のひとつの問題点があると考えていました。

今の日本の刑法では、事故を起こした過失責任を問えるのは個人のみで、企業など組織の刑事責任を問う規定はありません。

また、個人の責任についても、組織が大きくなるほど役割や立場が細分化され、トップなどの刑事責任を問うのはハードルが高いのが実情です。

動き出した遺族 「組織罰」の導入を

同じような事故を防げる社会を作るには、どうすればいいのか。

松本さん夫妻が弁護士などの専門家やほかの事故の遺族らとともに必要だと考えたのが「組織罰」です。

何度も議論して、この言葉を自分たちで作り出し、今年4月には本にまとめました。

「組織罰はなぜ必要か」という題で、松本さんたち遺族や、弁護士などの専門家が、その必要性を論じています。

「組織罰」とは?イギリスでは上限のない罰金も

松本さんたちの求める「組織罰」とは、死亡事故など重大な事故が起こったとき、企業など「組織」の刑事責任を問えるようにするものです。

総資産額に応じた高額な罰金を科すことができることなどが考えられています。

企業が事故を防ぐため、安全管理の体制などに力を入れるようにすることが目的です。

執筆した専門家によると、こうした「組織罰」(法人処罰)は、企業の影響力が強くなっていったことを受け、20世紀末ごろからイギリス・フランス・ベルギー・イタリアなどで次々と法律が制定されました。

こうした国のひとつ、イギリスでの導入のきっかけは、1987年、192人の乗客らが死亡したフェリーの事故で、フェリーを所有する法人の責任が問われなかったことでした。

イギリスの法律では、法人に上限のない罰金を科すことができるようになっているということです。

「命を大切にする社会に」 松本さんの訴え

出版にあたって開かれた記者会見で、松本邦夫さんは、次のように訴えました。

左が松本邦夫さん

松本邦夫さん
「笹子トンネルの事故だけではなく大切な人命が失われる事故は、ほかにもたくさん起きている。すべての事故の本質として、背景に組織や企業の利益優先というものが流れている。

ひとりひとりの命を大切にする社会になるために、どんなふうに考えたらいいんだと思っていただける手がかりになってほしいと思います」

本の最後で、松本さんたちは次のように呼びかけています。

「理不尽な事故によって大切な命が奪われたことを、事故を起こした当事者をはじめ、すべての方々に、ぜひ自分の身に起こったこととして、考えていただきたい。
 
この事故を教訓として、今後このような悲惨な事故が二度と起こらないこと、同じ悲しみを味わう遺族が二度と現れないことを祈るばかりである」

事故から9年 「遺族としてできることを」

笹子トンネル事故から12月2日で9年となるのを前に、松本邦夫さんから手記が寄せられました。ご紹介します。

笹子トンネル事故から9年が経過した。事故で亡くなった娘が生きていれば37歳になっていたわけで、生きていればどんな人生を歩んでいたのかと思わない日はない。

多くの人間の命を奪っただけでなく、遺族の人生も狂わせてしまった事故の罪深さには計り知れないものがあると思わずにいられない。

事故を引き起こした当事者は、時が経過すれば事故のことを忘れ去ることができるかもしれないが、遺族は一度遺族となってしまうと、この世を去るまで遺族であり続けることになる。

遺族としての悲しみや無念さ、喪失感などの辛い思いは晴らしようがないまま時は止まり続けるのである。

この遺族としての深くせつない思いは遺族になったものでしかわからない。

けれども、人の命を奪うような重大事故は発生し、悲しみの底に突き落とされる遺族は生まれ続けるのが現状である。

その中で、遺族としてできることは何かと考えてきた。

事故の真相究明など、笹子トンネル事故固有の問題に対処することは民事裁判などを通じて行ってきたが、刑事裁判を求める告訴は結局起訴となり、事故の真相は闇に葬られてしまうことになる。

これは、今の日本の司法制度には、刑事告訴として個人を訴えるしか方法が無いからである。

複雑大規模な構造となった現代の大企業などの起こす組織事故においては、個人の過失責任の立証が極めて困難となる。

事故を起こした罪を問い真相を解明することはできない可能性が増大するばかりで、重大事故の再発防止や未然防止にはつながらない。

そこで、組織そのものを訴えることのできる仕組みが必要であると考えるに至った。

私と妻は、事故後「組織罰を考える勉強会」に2014年から参加し、JR福知山線事故の遺族らとともに「組織罰を実現する会」を2016年に立ち上げて、組織罰創設に向けて街頭署名活動や講演会・シンポジウム、勉強会などにとり組んできた。

そして、これまでの会の勉強の成果を取りまとめて、本年4月に『組織罰はなぜ必要か 事故のない安心・安全な社会をつくるために』というブックレットを公刊した。読んでいただくと、組織罰のことについて一通りおわかりいただける構成となっていると思う。
 
笹子トンネル事故やその後のことどもについては、この冊子でそれなりに整理して記述できたように思われる。

しかし「真実は細部に宿る」という言葉もあるとおり、なかなか文章だけでは意を尽くせないところがあることも事実である。

それらのこぼれ落ちた大切なものどもについては、日々の生活を営んでいく中で納得を重ねていくしかないのかも知れないと思うこの頃である。

ともかく、今後とも、私たちと同じような悲しみを味わう方々が現れないように、事故遺族としてできることをやっていこうと思っている。

取材後記

「あの道路を使う誰もが犠牲になる可能性がある」

松本さんは取材中にそう話しました。

私も、車で笹子トンネルを通ることがありますが、当時、まさか天井板が落ちてくるなんて考えなかったと思います。もちろん、亡くなった松本玲さんも…

このような事故を二度と起こさないようにしたいという、松本さんたちの思いに応えられる社会を作るのは、どうすればいいのか。

私たちひとりひとりが真剣に向き合っていかなければいけない重い課題だと感じます。

  • 甲府放送局記者 神田詩月 2020年入局 県警・司法を担当
    大学時代は途上国の経済などを勉強

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