おととし、東京・池袋で車を暴走させて、母親と子どもを死亡させたほか、9人に重軽傷を負わせた罪に問われた90歳の被告に、東京地方裁判所は、禁錮5年の実刑判決を言い渡しました。
事故から2年5か月。
愛する妻と娘を失った遺族は、同じ思いを誰にもしてほしくないと事故防止を訴えてきました。
2021年9月2日事故
おととし、東京・池袋で車を暴走させて、母親と子どもを死亡させたほか、9人に重軽傷を負わせた罪に問われた90歳の被告に、東京地方裁判所は、禁錮5年の実刑判決を言い渡しました。
事故から2年5か月。
愛する妻と娘を失った遺族は、同じ思いを誰にもしてほしくないと事故防止を訴えてきました。
妻の真菜さんと娘の莉子(りこ)ちゃんを亡くした松永拓也さん(35)。
自宅はいまも家族3人で暮らしていた当時のままです。
3歳の莉子ちゃんが大好きだったおままごとセットや、紙いっぱいに描かれた3人の似顔絵などが残されています。
莉子ちゃんが生まれてから1000日以上、真菜さんが1日も欠かさず書いていたという育児日記には、「すべり台を1人ですべれた」とか「3人で水族館へ。お魚見て興奮していた」など幸せな日常がつづられていました。
妻と幼い娘を失ったことによる葛藤は消えることがないという松永さん。
胸の内を明かします。
松永さん
「この手で触れられたら、抱きしめられたら、愛してるってこの口で直接言えたら、それだけ言えたらどれだけいいだろうかと思う自分もいれば、過去に縛られていたら2人は逆に心配してしまうのではないかと思う自分もいて、そのせめぎ合いです。
僕の人生は、これとずっと付き合っていくと思います」
家族の日常を一変させた事故。
絶望を感じながらも松永さんは事故の直後から記者会見を開くなどして思いを語ってきました。
気持ちを支えたのは、2人の命をむだにしたくないという決意です。
松永さん
「一歩外へ出れば誰もが真菜と莉子のようになってしまう可能性がある。そんなこと起きてはいけない。
『2人の命を糧にして1つでも事故を防いだんだよ、お父さんすごいでしょ』と2人に言いたい」
「世の中の人が交通安全を考えるきっかけにしたい」と事故の3か月後に始めた署名活動は大きな反響を呼び、40万近い署名が全国から寄せられました。
松永さんの思いに応えるかのように、事故があったおととしには運転免許の返納が急増し、過去最多となるなど、高齢ドライバーの問題に対する社会の関心が高まりました。
その後も交通事故の遺族などでつくる会の一員として事故防止の活動に取り組み、8月にはオンライン講演会を実施。
およそ100人に向かって「交通事故は愛する人と突然別れることになるだけでなく、遺体の無残さがひどい。愛する人のその姿を見ることはことばにできない悲しみで、誰にもこんな経験をしてほしくない。被害者にも、遺族にも、加害者にもなってほしくない」と呼びかけました。
そして、去年10月から始まった裁判ではほかの遺族とともに審理に参加。
意見陳述では毎晩涙を流しながら書いたという文章を読み上げ、次のように訴えました。
「仕事から帰ると必ず莉子が玄関で待っていてくれて、『おかえりなさい』とお辞儀をしてくれるのがかわいくて、うれしくて幸せでした。
真菜と莉子の命は戻りません。私たち遺族が前を向いて生きていくためにも裁判所には重い判決を下していただきたい」
今後、事故防止の活動に全力を注ぐためにもこれ以上、法廷では争いたくないと考えています。
松永さん
「交通事故は裁判が終わったあともたぶん起き続けるので、活動には終わりがないと思うし逆に僕の生きる力になっています。
2人もそれを見たら安心すると思うんです。生きる力になっているならそれでいいと思うよって言ってくれてる気がするんです。だから活動を続けたいと思っています」
判決のあと、松永さんは記者会見を開きました。
松永さんは「2人の命が戻ってくれたらとむなしさも感じますが、きょうの判決は、私たち遺族が少しでも前を向いて生きていくきっかけとなり得ると思います。
裁判長が遺族の苦悩や悲痛に寄り添うことばをかけてくれてやれることをやってよかったと思いました」と話しました。
その上で、「被告には、判決という客観的なかたちで事実が認められたことを受け止め、もう一度、自分自身に問いかけてほしいです。被告が控訴するかどうか、この先どうなるかはわかりませんが、これからも、2人の命を無駄にしないために裁判も、交通事故の撲滅に向けた取り組みも、私にできることはすべてやっていきたい」と話しました。
また、真菜さんの父親の上原義教さん(64)は「被告には心からの謝罪をしてほしい。人は間違いがある、この判決で自分が間違っていたという思いになってほしい。私たちの心を惨めにし、苦しめる控訴だけはしてほしくないと思います」と話していました。
2人で敬礼する写真。左が父親の池内卓夫さん。隣に写る長男の将吾さんの結婚式で撮影したものです。将吾さんは父親に憧れて警察官になりました。立てこもり事件で殉職した父に伝えたいことがあります。
2023年5月29日
裁判員制度が始まって今月で14年。ことしから新たに18歳と19歳も対象となり、高校生も裁判員に選ばれる可能性があります。被告や被害者の人生を左右する責任は重く、辞退率も6割にのぼっています。「でも、参加して気づいたことがある」そう語る裁判員経験者たち。その後の人生にも変化が起きていました。
東京・池袋で高齢ドライバーの車が暴走し、11人が死傷した事故から4年。突然の事故で最愛の妻と娘を失い、絶望と混乱に陥ったという遺族の松永拓也さん。「もうこんな思いを誰にもしてほしくない」その決意を支えたのは1冊のノートでした。
2023年4月19日