「被告人を無期懲役に処する」
裁判長は主文を2回繰り返しました。
そして最後、久保木愛弓(あゆみ)被告にこう語りかけました。
「慎重に検討し、われわれ全員で出した結論です。生涯をかけて償ってほしい」
検察の求刑は死刑。
争点だった被告の「完全責任能力」を認めながら、無期懲役となった理由は。
判決を詳報します。
2021年11月9日司法 裁判 事件
「被告人を無期懲役に処する」
裁判長は主文を2回繰り返しました。
そして最後、久保木愛弓(あゆみ)被告にこう語りかけました。
「慎重に検討し、われわれ全員で出した結論です。生涯をかけて償ってほしい」
検察の求刑は死刑。
争点だった被告の「完全責任能力」を認めながら、無期懲役となった理由は。
判決を詳報します。
殺人予備
・殺人を犯す目的で準備をすること。起訴
・検察官が裁判所に刑事裁判を開くよう訴えを起こすこと。2021年11月9日 -横浜地方裁判所101号法廷-
被告はグレーのスーツ姿で入廷しました。
遺族は検察官の後ろの席に座っています。
午後1時30分に開廷。
被告人は証言台の前に来て下さい。
主文は理由を言い渡したあとに最後に告げます。
裁判長は結論にあたる「主文」を述べずに、判決の理由を先に読み上げました。
被告は証言台の前の席に座り、じっと聞いています。
責任能力
・物事の是非や善悪を判断し、これに従って行動する能力。起訴前に行われたT医師による鑑定結果をもとに、被告は軽度の「ASD=自閉スペクトラム症」かその特性があったが、完全責任能力はあった。
看護師という患者の命に尽くすべき仕事に従事しながら、落ち度のない被害者3人を次々に殺害した。
極刑を選択すること以外の選択の余地はない。
死刑を求刑します。
起訴後に行われたI医師による鑑定結果をもとに、被告は「統合失調症」を患っていて、心神こう弱の状態だった。
終末期患者の多い病院でたびたび患者の死に直面し、精神的に追い詰められていた。
今は犯行に向き合い真摯に反省している。
無期懲役が相当だ。
裁判長は起訴された内容については間違いなく認定できるとしたうえで、争点の「責任能力」の判断について、次のように述べました。
複数のことが同時に処理できない、対人関係の対応力に難がある、問題解決の視野が狭く自己中心的であるといった点から、被告には「自閉スペクトラム症(ASD)」の特性は認められる。
当時、うつ状態にあったと認められるものの、看護師としての業務を行えていたことや犯行を実行するために考えを巡らせることができていたこと、その後の症状の経過などから「統合失調症」を発症していたとは認めがたい。
・勤務時間中に患者が死亡して家族に責められたくないという動機は、根本的な解決にならないことを考慮しても十分に了解可能。
・犯行手段を選択し発覚しないように注意して犯行に及んでいて、違法な行為と認識していた。
・これらのことから被告人の行動制御能力は著しく減退しておらず、完全責任能力が認められる。
検察が主張していた「完全責任能力」を認めたうえで、ここから「量刑」についての検討結果が述べられました。
・3人は退院して今までどおりの暮らしを送ったり、穏やかな最期を迎えたりするはずだったのに、不条理にも被告人の犯行により突然、生命が絶たれてしまった結果は極めて重大。
・遺族は悲痛な心情と厳しい処罰感情を述べているが、当然のことと理解できる。
・看護師としての知見と立場を利用。計画性が認められ、生命軽視の度合いも強く、悪質だ。
・患者の家族への対応をしなくても済むようにという動機は身勝手極まりなく、酌むべき点は認められない。
・以上の事情によれば、被告人の刑事責任は誠に重大というほかない。
裁判長は科すべき刑は「死刑」または「無期懲役」だとしたうえで、死刑を選択することがやむをえない事案と言えるかどうか、さらに検討を加えると述べました。
・看護師としての適性がないことは自覚していたが、患者が死亡した際に家族に怒鳴られたことなどから、うつ状態となった。
・退職を考えたものの決断がつかないまま仕事を続けてストレスをため込み、担当する患者を消し去るしかないという短絡的な発想に至った。
・このような動機形成の過程には、被告人の努力ではいかんともしがたい事情が色濃く影響している。
・もともと反社会的な価値観や性格傾向を有していたとは認められない。
・犯罪事実をすべて認め、犯行当時は罪悪感や後悔の気持ちはなかったことなど、不利益な事情を含めて記憶をたどりながら素直に供述している。
・被害者や遺族に謝罪の言葉を述べ、被告人質問では「償いのしかたがわからない」と述べていたが、最終陳述では「死んで償いたい」と述べるに至り、更生可能性も認められる。
・以上の事情を総合考慮すると、被告人に死刑を選択することには躊躇を感じざるをえず、死刑を科すことがやむをえないとまでは言えない。
・生涯をかけて犯した罪の重さと向き合わせることにより、更生の道を歩ませるのが相当であると判断した。
そして主文が言い渡されます。
主文。
被告人を無期懲役に処する。
裁判所の判断です。
わかりましたか。
(小さな声で)はい。
判決の読み上げの間、裁判長のほうをじっと見ていた被告。
裁判長は最後にこう語りかけました。
それぞれの犯行について慎重に検討しました。苦しい評議でしたが、われわれ全員で出した結論が無期懲役です。生涯をかけて償ってほしい。
亡くなった被害者のうち、西川惣藏さん(88)の長女は、弁護士を通じて次のようなコメントを出しました。
3人を殺害したという事実や、完全な責任能力があることなどはすべて認められたのに、謝罪を述べたことや、公判の最後に「死んで償う」と述べたこと、被告人の経歴、性格などから無期懲役の選択がされたという判断には、納得がいきません。
極刑がすべてではなく、無期懲役が厳しい刑罰であることは十分理解していますが、裁判所の価値判断によって結論が出されたという印象を拭い去れません。死刑が選択されなかったことを納得できる理由は判決の中で説明されていませんでした。
被告人は、少なくとも生きていくことは許されたわけですが、ではこれからどうやって償っていくのかという思いです。
判決のあと、横浜地方検察庁は控訴するかどうかについて、「判決内容を精査し、上級庁とも協議のうえ適切に対応したい」とコメントしました。(2021年11月9日現在)
判決の前に行った取材で、大口病院で被告と同僚だった看護師は、被告の「自分の勤務時間外に患者が亡くなれば、家族からの非難を避けられると考えた」という動機について、次のように話しました。
(元同僚の看護師)
「彼女が感じた苦しみは私にもあるし、ほかの看護師にも同じような苦しみはあると思う。でもどんなに苦しかったとしても患者を殺害するというのはおかしいし絶対にやってはいけないし、看護の知識を悪用して抵抗できない人を狙ったところに特に憤りを感じます」
「彼女がもう限界、つらい、病院に行きたくないということを打ち明けられる相手がいたら、違う結果になったのではないか。同じような事件が起きないためにどうしたらいいのか、医療に携わる人たちみんなに一緒に考えてほしいと思いました」
※2024年6月20日・7月8日追記
この裁判で検察と弁護側の双方が控訴、2024年6月19日、2審の東京高等裁判所で、1審に続いて被告に無期懲役が言い渡され、その後、判決が確定しました。
横浜放送局記者
笹谷岳史 平成17年入局
警視庁担当などを経て、横浜局で県警や司法を担当
社会部記者
寺島光海 2013年入局
長崎局、福岡局、横浜局で
警察・司法取材を担当
現在、社会部で労働分野を取材
横浜放送局記者
豊嶋真太郎 令和元年入局
横浜局で県警や司法を担当。11月から小田原支局
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