追跡 記者のノートから【詳報】大口病院 点滴連続殺人裁判 “死んで償いたい”

2021年10月25日裁判 事件

「被告人、証言台へ」

裁判長から促されると、久保木愛弓(あゆみ)被告は手にしたメモを読み上げました。

「看護師という命を守る職に就きながら、自分の弱さから事件を起こしてしまいました。身勝手な理由で大切な家族を奪ってしまい申し訳ありません。死んで償いたいと思います」

最後の審理が行われた10月22日の裁判を詳報します。

2016年9月、横浜市の旧大口病院に勤務していた元看護師が、高齢の入院患者3人の点滴に消毒液を混入して殺害、別の4人に投与する予定だった点滴袋などにも入れたとして殺人と殺人予備の罪で起訴された。裁判は2021年10月に開始。

遺族「父との最期の時間奪われた」

2021年10月22日-横浜地方裁判所101号法廷-

判決の前、最後の審理が行われたこの日、被告はグレーのスーツ姿で入廷しました。

検察官の求刑を前に、遺族の意見陳述が行われました。

殺害された3人のうちの1人、西川惣藏さん(88)の長女は時折涙を流し、声を震わせながら思いを述べました。

西川惣藏さんの長女は涙ながらに
西川さんの長女

孫思いのおじいちゃんでした。運動会も見に来てくれ、孫たちの順番になると一番よく見える席につき、黙ってほほえんでいた父の姿は忘れられない思い出です。

西川さんの長女

救急病院から転院することになったとき、いくつか転院先の候補があり、その中の1つが大口病院でした。

見学に行ったところ、体調がよければ横になったまま浴槽に入ることができるお風呂があると言われ、実際にお風呂の様子を見せてもらいました。
父は入院してからずっと「風呂に入りたい」と言っていたのでここならと思い、転院先を大口病院に決めたのです。

西川さんの長女

その結果、ただ静かに人生を終えるはずだったのに安らかに最期を迎えることができず、被告の自分勝手な都合で突然人生を終えることになってしまいました。

私が大口病院を選んでしまったことは今でも父に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

西川さんの長女

裁判の資料をいくら読んでも被告が殺人に至るまでの気持ちが全くわかりませんでした。

殺人を犯すほどの理由がどこにあるのでしょうか。
私の父はそれほどひどいことを被告にしたのでしょうか。

西川さんの長女

被告は、私たち家族がどのようなタイプの人間かわからないけれど「何か問い詰められたり責められたりするかもしれないと思い、父を殺害した」と言いました。

しかし母は「お世話になったから」と病院に菓子折りを持って行くよう私に頼んだので、私は父が殺された翌日、菓子折りを持って「ありがとうございました」と頭を下げにナースステーションに行きました。
何も知らなかったとはいえ、悔しくてたまりません。

西川さんの長女

父は最期に母と2人で話すことも私たち子どもや孫に言葉を残すこともできずに、1人きりで亡くなってしまいました。被告に突然、最期の時間を奪われたのです。

被告は「看護師を辞めたらどのように生活していけばいいのかわからない」と答えていました。
看護師を辞める、つまり殺人をやめるということよりも生活を維持するために、自分の都合で人殺しを続けていくことを選んだということに強い憤りを感じます。

被告には、死をもって償ってもらいたいと思います。

争点は“責任能力の程度”

送検時

被告は殺害の事実を認めているため、裁判では責任能力の程度が争点となっています。

検察官

起訴前に行われたT医師による鑑定結果をもとに、被告は「ASD=自閉スペクトラム症」だったが程度は軽く、完全責任能力があった。

起訴後に行われたI医師による鑑定結果をもとに、被告は「統合失調症」を患っていて、心神こう弱の状態だった。

弁護士

具体的には、
▼事件当時、被告にどのような精神障害(「ASD」や「うつ病・統合失調症」)があったのか。
▼精神障害が犯行にどのように影響したのかという点です。

検察「犯行手段 合理的に選択」

遺族陳述のあと行われたのが、検察による「論告」そして「求刑」です。

<統合失調症ではなくASD>

検察官

・まぶたを閉じる反復的行動、臨機応変に対処できない、手を洗ってから物に触りたいなどのこだわり、音に過敏といった点は「ASD」の診断基準に当てはまり、「ASD」の特性はある。

・犯行当時はうつ状態ではあったが、「うつ病」ではなかった。うつ状態は「統合失調症」の前兆とは特定できない。

・犯行当時、「統合失調症」の診断基準を満たす幻覚や妄想などの症状は認められなかった。

検察官

つまり被告は犯行当時、軽度の「ASD」であったか、少なくともその特性があったと認められる。「うつ病」や「統合失調症」の前兆ではない。うつ状態はあったがそれは精神障害ではない。

<精神障害の影響は極めて小さい>

検察官

・遺族が医師や看護師を非難する場面を目撃したことがきっかけで、自分の勤務時間外に患者が亡くなれば非難を避けられると考えたという動機は現実に即していて理解可能。嫌なことがあると攻撃的行動に出るという被告の人格とも合致する。

犯行の手段や方法を合理的に選択し、見つからないよう注意深く行った。同種行為を繰り返したが、犯行手段は使い分けていて、「ASD」が影響したとまでみるべきではない。

・精神障害が犯行に及ぼした影響は極めて小さく、心神こう弱の状態にあったとはおよそ言えず、完全責任能力があった

極刑を選択する以外の選択の余地ない

検察官

<生命の冒とくで残虐な行為>

検察官

看護師という患者の命に尽くすべき仕事に従事しながら、落ち度のない被害者3人を次々に殺害した。

死亡した3人のうち2人は終末期の患者だったが、家族と共有することもできた残された時間や安らかに天寿を全うする権利を勝手に奪われる理由はない。

人生の終幕を他人が殺害によって左右することはどんな場合でも生命の冒とくで、点滴に致死性のある消毒液を投与し、苦痛とともに絶命させた残虐な行為だ。

検察官

あらゆる事情を検討した結果、極刑を選択すること以外の選択の余地はない
死刑を求刑します。

被告は死刑を求刑された瞬間も表情を変えず、じっと聞いていました。

弁護士「不合理な行動は精神障害の影響」

一方弁護士は、「最終弁論」で動機や計画性などについて統合失調症の影響を主張しました。

<精神障害の影響ないと理解できない>

・被告は別の病院に勤務していたときから「統合失調症」を潜行的に患っていたが、幻覚や妄想、意識障害は出ておらず前兆期だった。

・患者が急変したときの対応を避けたいというが、目的達成のためには殺害を続ける必要があり根本的な解決にならない。そうした不合理な行動は、精神障害の影響を考慮してはじめて理解できる

弁護士

<善悪判断する能力低下>

当初は計画性があったが無差別になり、出勤してすぐに犯行を決めたり、どの患者の点滴か確認せずに混入したりするなど場当たり的で衝動的な面が多い。

「統合失調症」が影響し、善悪を判断する能力が著しく低下していたと認められる。

弁護士

無期懲役が相当

弁護士

<死に直面 精神的に追い詰められる>

弁護士は、量刑に関して考慮すべき事情を説明していきます。

・自己肯定感が低く、対人関係が苦手で看護師の仕事に不向きだった。抑うつ状態が悪化し、過食や服薬が増えることで自己嫌悪が強まる悪循環になっていた。

・大口病院は終末期患者の多い病院でたびたび患者の死に直面した。精神的に追い詰められて誰にも相談できなかったところに、「統合失調症」の影響が加わって犯行に至ったことは考慮すべき。

弁護士

<真摯に反省 心神こう弱の状態>

犯行時は罪悪感が薄かったが、今は犯行に向き合い真摯に反省している。

3人の命が奪われた結果の重大性を見れば有期懲役は選択肢ではない。しかし被告は当時、心神こう弱の状態で、死刑に処するのがやむを得ないとまでは言えない
無期懲役が相当だ。

弁護士

被告「死んで償いたい」

最後に被告の陳述が行われました。

裁判長

被告人、証言台へ。
用意したもの(メモ)があるんですよね。

はい

被告

看護師という命守る職につきながら、自分の弱さから事件を起こしてしまい深く反省しています。裁判の中で(被害者の)興津さんが苦しみながら亡くなったことを知りました。西川さん、八巻さんにも同じ苦しみを与え、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

私が消毒液を点滴に混入しなければ興津さんは元気に退院され、西川さんは家族に見守られ、八巻さんは(誕生日で)年を重ねるはずでした。罪を痛感して胸が苦しくなります。

身勝手な理由で大切な家族を奪ってしまい申し訳なく思っています。
死んで償いたいと思います。

被告

判決は11月9日に言い渡されます。

裁判長は被告人にきちんと聞いてもらいたいとして、判決の内容に関わらず主文は最後にすると告げ、閉廷しました。

遺族が残した言葉 “おじいちゃんに長生きしてほしい”

この日、法廷で語られた遺族の言葉です。

<八巻信雄さん(88)の長男の信行さん(61)>

八巻信雄さん

姉や私が自立したあとは、父は母と2人で暮らしていましたが、今回の事件の2年前に母が亡くなり、その後は私たち家族と暮らしていました。

別の病院の担当医から、「終末期医療を受ければ退院して自宅に戻るよりは、半月から数か月は長く生きられるでしょう」と症状の説明を受けて家族みんなで検討した結果、「1日でも長く生きていてほしい」という思いで、終末期病棟への転院を決めました。

そして母の死に目に会えなかったこともあり、父の最期だけは家族みんなで看取ってあげたいと思い、危篤状態になっても家族全員がすぐに駆けつけることのできる場所にあった大口病院を選びました。

(八巻信雄さんの長男)
皮肉にも父が亡くなった9月20日は、父の88歳の誕生日の日でした。

1日でも長く生きてくれることを願っていましたが、転院して数日で亡くなってしまい、私たち家族の思いは叶いませんでした。
本当に悔しくてなりません。

この裁判で被告の行為により父の死期が早まったこと、父の死に至るまでの経過や様子を知り、胸を押しつぶされる思いです。

もうあまりしゃべることもできなくなっていた父が「苦しい」と口にすることもできないまま、誰にも看取られず息を引き取ったことを思うと、父がかわいそうでなりません。

父の孫となる私の娘たちは「寝たきりでもいいからおじいちゃんに長生きしてほしい。1日でも長く一緒に過ごしたい。わがままだけどおじいちゃん可愛いから大好き!」と常日頃言っていました。

そんな父の命が他人の手によって、ましてや看護師という人の命を預かり支える職に就く人の手によって奪われるなんて、絶対に許せません。

生まれたばかりの赤ちゃんから死期の迫った高齢者まで命の重さに変わりはなく、被告人には人の命の尊さ、生きてきた人生の重さ、その人生に関わってきた人たちの思いをしっかりと受け止め、自分の犯した罪の重さを感じてほしいと思います。

<興津朝江さん(78)の姉(92)>

興津さんの92歳の姉は、弁護士が代読する形で陳述しました。

私は裁判を待つ間に90歳を超えましたが、妹がなぜこんなことになってしまったのか、この裁判を見るまでは死ねないと思って今日まできました。

久保木さん(被告)は朝江が外出したことで何かあったら同僚の看護師から責められると思って、妹がいなくなったらいいと考えて点滴に消毒液を混入したと言っていました。
被告の保身のために朝江は死んだのですね。

被告は朝江がいなくなったあとも責任を取らないでいいように計算して今回のことをやった知能犯だと思います。

この裁判で朝江が消毒液を点滴されたときにとても痛がったことやその後の壮絶な様子を聞いて本当につらかったです。
3時間近くも苦しみ続けたのだと思うと、朝江がかわいそうで仕方ありません。

被告は点滴に消毒液を入れるとき、朝江が苦しむのではないか私たち家族が悲しむのではないかなど、頭によぎったりもしなかったのですか。

事件から5年過ぎた今でも、悔しくて悲しくてたまりません。