追跡 記者のノートから【詳報】大口病院 点滴連続殺人裁判 ~元看護師に何が

2021年10月4日裁判 事件

「すべて間違いありません」

法廷に立った旧大口病院の元看護師、久保木愛弓(あゆみ)被告ははっきりとした声で入院患者3人を殺害したことを認めました。

終末期の患者を受け入れてきた病院で起きた連続中毒死。

事件の背景や動機について何が語られるのか。

裁判を詳報します。

(点滴連続殺人事件 取材班)

2016年9月、横浜市の旧大口病院に勤務していた元看護師が、高齢の入院患者3人の点滴に消毒液を混入して殺害、別の4人に投与する予定だった点滴袋などにも消毒液を入れたとして、殺人と殺人予備の罪で起訴された(2018年12月)。

逮捕前の取材に「快適に過ごしてもらえるよう」

逮捕される10か月前、被告は自宅近くで取材に応じていました。

そこでは事件への関与を否定する一方、終末期の高齢患者が多く入院する病棟での仕事について、こう話しました。

「療養病棟は寝たきりの人も多く、コミュニケーションがとれない人も多かったが、少しでも快適に過ごしてもらえるようお手伝いをすることが仕事と思ってやっていた」

警察の任意の取り調べにも関与を否定していましたが、一転して殺害を認めて逮捕された被告。

動機については「患者が死亡した際の遺族への説明が自分にできるのか常に不安だった」と自分の勤務時間外に患者が死亡するよう狙ったという趣旨の供述をしていました。

事件から5年 法廷に入った被告は

台風16号が関東地方に接近して雨風が強まるなか、横浜地方裁判所で始まった裁判員裁判。

グレーのスーツ姿でめがねをかけ、長く伸びた髪を後ろで束ねた被告はまっすぐ前を向いて法廷に入りました。

<人定質問>
最初に行われるのが、名前や職業などを尋ねる「人定質問」です。

裁判長

久保木愛弓さんで間違いありませんか

はい、久保木愛弓です

被告
裁判長

住所不定、無職で間違いありませんか

はい

被告

証言台の前に立った被告は、裁判長の質問に小さな声で答えていました。

<起訴状朗読>
続いて検察官が起訴状を読み上げ、3人を殺害した殺人の罪と未使用の点滴袋などに消毒液を入れた殺人予備の罪について説明します。

被告は姿勢を動かさず、じっと聞いていました。

はっきりとした声で「すべて間違いありません」

<罪状認否>
次に行われるのが「罪状認否」です。
起訴された内容について、裁判長が直接尋ねます。

裁判長

今(検察官に)読まれた事実について、違っているところがあれば述べてください

すべて間違いありません

被告

はっきりとした声で答えました。
左手でしっかりとハンカチを握りしめているのが印象に残りました。

一方で、弁護士はこう主張しました。

「事実に争いはありません。責任能力について争います。被告は当時、統合失調症による著しい影響があり、心神こう弱の状態にあった

心神こう弱とは、物事の善悪を判断する能力が著しく衰えた状態のことです。
事件当時、刑事責任能力が十分ではなく、刑を軽くするべきという主張です。

検察の主張~死亡した患者の家族が看護師を非難する場面

続いて行われた検察官の冒頭陳述
争点や事件までの経緯などが明らかにされました。

<争点>
裁判の争点については、「責任能力の程度」と「刑の重さ、量刑」の2点と説明。

<被告の経歴と犯行に至る経緯>
被告は高校を卒業後、看護専門学校に入り、2008年4月に看護師の免許を取得した。

最初に勤務した別の病院で、患者の容体が急変した際に処置に手間取り、家族から責められる経験をした。

事件の前の年の2015年から大口病院で働き始める。

事件から半年ほど前の2016年4月ごろ、容体が急変して死亡した患者の家族が医師や看護師を非難している場面に居合わせた。

終末期の患者が多く入院していた病棟で勤務していた被告は、同じように患者の家族から責められるのではないかと不安を募らせるようになった。

事件2週間前の2016年9月1日には、被告が消毒液のボトルを持っているのを内勤の看護師に目撃された。

検察の主張~3人殺害の具体的な経緯

<1人目の被害者(興津朝江さん)>

2016年9月15日の午前8時前、日勤として出勤。
興津朝江さん(78)を担当し、脈拍や血圧などを測る業務に入る。

興津さんは整形外科の患者で、無断で外出しようとしたため被告が連れ戻した。
再び外出してけがをすれば自分の責任になると考え、次の勤務日の9月18日より前に殺害しようと、投与する予定だった点滴袋に注射器で消毒液を混入した。

翌日の16日午前10時ごろ、ほかの看護師が静脈から点滴を投与。
午後1時ごろに死亡。病死とされた。

<2人目の被害者(西川惣藏さん)>

西川惣藏さん

興津さんが死亡した2日後の18日午後3時ごろ、夜勤のため出勤。
個室に入院していた西川惣藏さん(88)を担当することに。

容体が悪化していたことは把握していて、日勤の看護師がいる間に死亡させれば、家族に自分が説明をするのは避けられると考え、投与中の点滴に消毒液を混入した。

午後5時前、西川さんの心肺が停止。
日勤の看護師が家族に連絡し、その後の対応も行った。
午後7時ごろに死亡確認。病死とされた。

<3人目の被害者(八巻信雄さん)>

八巻信雄さん

同じ18日の夜、ほかの入院患者についても次の勤務日の9月21日より前に死亡させようと考え、翌19日に八巻信雄さん(88)に投与予定だった点滴袋に消毒液を混入。
ほかの看護師が投与した結果、20日午前5時ごろに死亡した。

<ほかの入院患者4人への殺人予備罪>
18日に夜勤として勤務した際には、19日から20日にかけてほかの4人の患者に投与予定だった点滴袋などにも注射器で消毒薬を混入した。

<発覚の経緯>
八巻さんが亡くなったあと、点滴が泡立っているのを同僚の看護師が不審に思った。
保管中の点滴を確認するとゴム栓部分に穴が空いているのを発見。病院が警察に通報。

被告は参考人として取り調べを受けた際、犯人であることを申告しなかったが、事件から半年後に被告のナース服から消毒液の成分が検出。2018年6月に自供を始めた。

検察の主張~完全責任能力がある

送検時

被告は起訴される前後に2回、精神鑑定を受けています。

このうち起訴前に鑑定した医師は、被告が犯行時、対人関係を築くのが苦手な「自閉スペクトラム症=ASD」の特徴があったが程度は軽く、犯行動機の遠因にすぎないと指摘しました。

一方、起訴後に裁判所が行った鑑定では犯行時はうつ病を患っていて、統合失調症が発症し始めていた可能性があると指摘していました。

検察官は起訴前の鑑定は信用でき、被告は正常な心理で判断や行動をしていて完全責任能力があると主張しました。

検察官の主張の間、弁護士の隣に座っていた被告はひざの上に手を置きじっと前を見つめていました。

弁護士の主張~心神こう弱の状態

検察官に続き、弁護士も冒頭陳述を行いました。
改めて事実関係は争わないこと、「責任能力」と「量刑」について争うと主張しました。

<責任能力>
当時は統合失調症を患っていて、心神こう弱の状態だった。
統合失調症は被害妄想や人格水準の低下などがみられ、原因は不明だが神経機能障害が影響しているものとみられる。

弁護士の主張~事件の前“看護師が殺した”と非難される

<精神状態が悪化した経緯>
2008年に看護師免許を取得し、大口病院とは別の病院に就職した被告は、リハビリテーション病棟に配属された。

2011年に患者の死に直面し、「自分の看護が行き届かなかったせいだ」と思い悩むようになり、睡眠薬を処方されるようになった。

2014年に高齢者介護の部門に異動し、抑うつと診断されて休職。翌年に退職した。

2015年5月、大口病院に就職。

2016年3月、被告は死亡した患者の家族から「看護師が殺した」と非難される
ショックを受けて抑うつなどの状態になり、仕事を急に休んだりするようになった。

2016年9月に事件が発覚。
この年の終わりにはPTSDの診断を受け、睡眠薬やうつ病の薬などを服用するようになった。

そして冒頭陳述の最後に、弁護士は裁判員に向かってこう訴えました。

「犯行に至る動機や原因についても考えてほしい。被告の生育歴や職場環境、心理状態のほか、被害者に対する賠償、罪悪感がどのように変化していったかなどに着目してほしい」

遺族の思い

初公判を終えて、遺族が弁護士を通じてコメントを寄せました。

西川惣藏さんの長女
まずは、被告がすべての罪を認めたということ自体についてはほっとしました。ただ精神病によって人を殺したという罪が軽くなってしまうという主張については、納得することができません。自分の罪を認めた以上はこれからの裁判で包み隠すことなく、すべてを正直に話してほしいと思います。それによってなぜ被告がひとを殺そうと考えたのか少しでも明らかになってほしいと願っています。

八巻信雄さんの長男
被告が事実を認めたことは一歩前進だと思います。なぜ父がこんな目に遭わなければならなかったのか、被告の口から語られることを期待します。

また、興津朝江さんの92歳の姉は、初公判を前に弁護士を通じて次のようにコメントしていました。

興津朝江さんの姉
この裁判を見るまでは生きなければとの思いで過ごしてきました。
妹は帰ってきませんが、なぜこんなことが起きたのかきちんと見届けたいと思います。

注目の裁判 今後は

横浜地方裁判所

初公判には14の傍聴席を求めて371人が集まり、注目の高さがうかがえました。

横浜市から来たという40代の女性は、「大学生の娘が看護師を目指しているので、どんな気持ちで点滴に消毒液を入れたのか気になりました。理不尽なかたちで亡くなった被害者のご遺族はつらい思いをしていると思うので、被告には正直に述べてほしい」と話していました。

初公判を含めて審理は11回行われる予定で、判決は11月9日に言い渡されます。

被告人質問で事件に至る経緯や動機についてどんな言葉で語られるのかなど、注目していきたいと思います。

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