2024年2月7日
アメリカ大統領選挙2024 トランプ前大統領 アメリカ 注目の人物

立候補できる?トランプ氏めぐる裁判の行方は?

ことし11月に行われるアメリカ大統領選挙。共和党の候補者選びで勝利を重ねるトランプ前大統領ですが、刑事、民事ともに裁判が進行中です。

その中でも注目されているのが、そもそも「立候補する資格があるのか」という点を問われている裁判。

いったいどのような裁判なのか。日本大学法学部の高畑英一郎教授の分析も交えて詳しく解説します。

(国際部 海老塚恵 / ワシントン支局 久枝和歌子 / アメリカ総局 佐藤真莉子)

裁判の経緯は

2023年9月、西部コロラド州で共和党員を含む6人の有権者が、「トランプ氏は連邦議会への乱入事件に関与した」などとして州の予備選挙への立候補資格を認めないよう訴えました。

トランプ氏支持者らによるアメリカ連邦議会乱入事件(2021年)

訴えの根拠とされたのが、合衆国憲法修正第14条3項の規定です。「欠格条項」とも呼ばれるこの規定は、南北戦争に敗北した南部連合の関係者が公職に就くことを制限するために1868年に定められたものです。

アメリカのメディアによりますと適用された例は非常に少なく、専門家の間でも解釈をめぐって見解が分かれています。

合衆国憲法修正第14条3項
連邦議会の議員、合衆国の公務員(officer)、州議会の議員、もしくは州の執行府または司法府の職員として、合衆国憲法を支持する宣誓をしながら、その後合衆国に対する反逆あるいは反乱に加わり、または合衆国の敵に援助もしくは便宜を与えた者は、連邦議会の上院または下院の議員、大統領及び副大統領の選挙人、文官、武官を問わず合衆国もしくは州の官職に就くことはできない。ただし、連邦議会は、各議院の3分の2の投票で、そのような欠格を解除することができる。
(訳:日本大学 高畑英一郎教授)

訴えたのはどんな人

原告の1人はコロラド州で長年、共和党の州議会議員を務めたノーマ・アンダーソンさん(91歳)です。

トランプ氏の立候補資格を認めないよう訴えを起こしたノーマ・アンダーソンさん

3年前の1月に起きた、連邦議会議事堂にトランプ前大統領の支持者らが乱入した事件に大きな衝撃を受けたというアンダーソンさん。トランプ氏が再び大統領選挙に立候補したことで、裁判を起こすことを決めたといいます。

立候補を表明するトランプ前大統領(2022年11月)

NHKの取材に対し、アンダーソンさんは「選挙の結果を覆そうと暴動を起こすなんて、アメリカでは許されない。起きていることにがく然とし、民主主義に対する挑戦だと感じた」と話しています。

コロラド州の裁判所の判断は

2023年11月、コロラド州の地方裁判所は原告側の訴えを退けました。

判決を不服とした原告側は上訴。

コロラド州の最高裁判所は2023年12月、連邦議会への乱入事件が「反乱」にあたり、トランプ氏が関与したと認定したうえで、州の予備選挙に立候補する資格がないという判断を示しました。

コロラド州最高裁判所の判決文

トランプ氏は2024年1月、コロラド州の最高裁の判決を不服として連邦最高裁判所に上訴しました。

訴えは他の州でも

アメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズによりますと、トランプ氏の立候補資格をめぐっては2月6日の時点で、少なくとも全米の半数以上にのぼる35の州で同様の訴えや申し立てが裁判所や州務長官などに対して行われています。

東部メーン州では2023年12月、州務長官がトランプ氏に立候補資格がないという判断を示し、トランプ氏が取り消しを求めて州の裁判所に訴えています。

このほか、16の州でまだ判断が示されていないということです。

連邦最高裁の判断はこうした州にも影響を与えるとみられるだけに、その行方に関心が集まっています。

裁判の争点は

今回の裁判の争点や意味合いについて、アメリカの憲法や連邦最高裁判所の判例に詳しい日本大学法学部の高畑英一郎教授に聞きました。

日本大学法学部 高畑英一郎教授

(以下、高畑教授の話)

トランプ前大統領が抱える裁判の中でも、この立候補資格を問う裁判について、どのように捉えていますか?

これは、現時点で大統領選挙の共和党の最有力候補に対して、「憲法を適用して立候補資格を制限する」ということの是非が問われる裁判です。

裁判で根拠となったのは、南北戦争の影響を受けて1868年に制定されたとても古い規定で、この規定が適用されることに、驚きをもってニュースを受け止めました。

今回の裁判、争われるのはどのような点になるのでしょうか?

3つ挙げられます。

争点① 大統領職は合衆国の「公務員(officer)」に該当するか。
争点② 「欠格条項」にあてはまる場合、自動的に資格を失うことになるのか。
争点③ 「反逆あるいは反乱」とは何か。そして、トランプ前大統領の行為はこれにあたるか。

争点① 大統領職が合衆国の「公務員(officer)」に該当するか

「職員」などとも訳されますが、原文でいう”officer”とは「誰かに任命される役職」と捉えて、選挙で選ばれる大統領は“officer”には当てはまらないという考え方もあります。

コロラド州の地方裁判所は、大統領は「公務員(officer)」ではないという判断を示し、原告側の請求を棄却しました。

一方で、州の最高裁判所はこの地方裁判所の判決を覆し、大統領は「公務員(officer)」に該当すると判断しています。

訴えを審理するコロラド州の裁判所の法廷(2023年10月)

争点② 「欠格条項」にあてはまる場合、自動的に有効となるのか

1919年にこの条項で下院議員が不適格とされ、解任されたことがありました。その時は、議会で決議が行われました。条項の他に、別途定められた連邦法があるか、もしくは議会での決議があるか、どちらかでなければ、連邦最高裁が判断したからといって、自動的に有効になるわけではないという考え方もあるのです。コロラド州の最高裁判所は、自動的に有効となる執行性があるのだということを認めたわけですが、この解釈については、専門家の間でも議論が残るところです。

争点③ 「反逆あるいは反乱」とは何か。そして、トランプ前大統領の行為はこれにあたるか

「欠格条項」は、南北戦争の結果、設計されたものです。ここでいう「反逆あるいは反乱」は南北戦争や、それに相当する大規模な合衆国に対しての反逆・反乱行為を想定するのだという見解がある一方、連邦政府の法の執行を妨げるような暴力的な集団行為を指すという見解もあり、解釈は分かれています。

実はすでに一度、2021年の連邦議会への乱入事件が「反逆あるいは反乱」に当たると判断された、と捉えられる判例もありました。2022年、ニューメキシコ州の最高裁判所がこの乱入事件に加わった公務員について、修正14条3項に基づいて適格ではないという判断を示して、実際に解任されています。

連邦議会への乱入事件をめぐって起訴されたトランプ前大統領、事件の審理はまだ始まっていません。先に立候補資格をめぐる裁判が進むことには問題ないのでしょうか?

刑事裁判の進行とは別にこの問題は議論できるとおおむね理解されています。「欠格条項」というのは刑事罰を科すものではないので、刑事裁判とは切り離して判断することができると捉えられています。コロラド州では刑事裁判と立候補資格に関する裁判は切り離すことができるという理解で裁判が進んできましたし、連邦最高裁も、切り離すことが可能であるという前提で事件を受理したはずです。

連邦最高裁判所

3つの争点がありましたが、そのうちどの点について連邦最高裁が判断を示すと見られるのでしょうか?

現在の連邦最高裁のロバーツ長官は、連邦最高裁の判決が持つ政治的インパクトを可能なかぎり小さくしたいという方針を掲げています。

おそらく、争点①公務員の定義や、②自動的に資格を失うことになるのかという憲法の条文の解釈に判断をとどめるのではないでしょうか。トランプ前大統領が議会乱入事件に関与したのかどうか、そしてそれが「反逆」や「反乱」にあたるのかということの判断には踏み込まないのではないでしょうか。

連邦最高裁 ロバーツ長官

現在の連邦最高裁の判事はトランプ前大統領が在任中に3人の保守派の判事を指名したことで、保守派が多い構成になっています。今回の判断にも影響を与えるのでしょうか?

たしかに、連邦最高裁の判事は、6人の保守派と、3人の中道リベラル派という構成になっています。ただ今回の裁判は、誰が任命したかや、どういうイデオロギーライン(政治・社会思想)なのかということとは別に、現時点で共和党の最有力大統領候補の人に対して、憲法を適用して立候補資格を制限するということの是非が問われる裁判になっていると思います。

連邦最高裁の判事(2022年10月)

もしトランプ前大統領が「反逆」や「反乱」に関わっていたということならば、政治的に国民が投票を通じ、「当選させない」という判断をすべきではないか、それ以前に、国民によって民主的に選ばれたわけではない裁判所が、法解釈を通じてその人物の立候補資格を制限するということは「反民主的」、あるいは「反多数的」ではないか、という批判は投げかけられるのではないでしょうか。

いずれの判断にしても、アメリカの民主制と、憲法規定を実際に適用していく裁判所のその立ち位置、ありようというものが問われることになります。

国際ニュース

国際ニュースランキング

    世界がわかるQ&A一覧へ戻る
    トップページへ戻る